第34話 レインハートⅰ
その建造物群は、リトマス連合国のほぼ中心に立ち並ぶ。
それら全ての直線に狂いはなく、エッジとエッジがぶつかる角は、極めて一つの点となる。
敷地内にある沢山の建物は、高さと幅は違えど、全てが四角形で統一されていた。
ここは、リトマス連合国の首都リストンにある【リストン王宮群】である。
そこには、国にとっての重要人物が集まっている。その数、数千人。
巨大国家である為に、この場所ではとても沢山の人間が働いており、そして、ここから指令と情報を各地へと伝達し、国を動かしているのだった。
その巨大な建造物に紛れ、迷路のような通路の奥には、とても小さな木造の建築物が立っている。
ほかの建物に比べるととても古く、今にも朽ち果ててしまいそうである。
それはまるで、忘れ去られたようにひっそりと佇み、誰も使っていないのか、窓ガラスも曇り、家の壁や玄関のドアも蔦まみれだった。
その家の庭には円柱状の石碑が三つ立っている。その前には、小さな花が供えてあった。
家は使われた形跡がないが、その小さな花はまだ新しく、誰かが最近持って来たものであろう。
そして、また今日も、隠れるような人影とともにその花は取り換えられるのだった。
リストン王宮群の中心には、他に比べて一際大きい建造物があり、その内部には王座とともに国王が座している。
しかし、アルファベットの拠点はここにはない。
リトマス連合国の地下には、数百万という数の通路が張り巡らされ、そこにある一つの扉から入り、特殊な移動魔法陣を通らなければアルファベットの拠点へと行くことが出来ない。アルファベットはもとより、その基地の存在も、国王の他数名しか知らず、彼らの所在は長い歴史の中で常に隠されてきた。
現在その秘密基地では、目を覆いたくなるほどの悲痛な出来事が起こり、それを何とかしたいと思う、抗う者が声を上げていた。
「こ、これは酷い! お、おい、大丈夫か? しっかりするんだ」
アルファベットの隊員名【ナンバーシックス】である、ライオンの頭部を持つ彼は、廊下に倒れている、意識のないアレクサンドラを抱きかかえ、自分の部屋まで連れていって、ベッドに寝かせた。
「これは、一体どういう事なのだ」
ナンバーシックスは椅子に座り、自分の両手を組みそれを額に当てて、心の奥底から湧き上がってくるような、疑問と不安と憤りに頭を巡らせる。
「ディンガ。自分を責めるのはやめて。そうでなくても、あなたの態度は悪目立ちしているのだから」
部屋の隅には、青黒いふさふさの羽に覆われたナンバートゥエルブがいる。くちばしは黒く美しい曲線で、目は大きく鋭いが、ふさふさのまつげの奥にある瞳には、どこかやさしさが滲み出ている。
「……分かっている。しかし、本名で呼ぶのは危険ではないか?」
ディンガはトゥエルブに目線を送る。その瞳は、黄色で大きい。ディンガもまた、鋭い目を持っているが、金色の体毛から覗くその瞳の奥には、アレクサンドラの事を心から心配する感情が見て取れる。
「大丈夫よ。既にこの部屋は私の領域になってるから、何かあればいち早く気付く事が出来る」
「そうか……ティアナ、お前はどう思う?」
「そうね。正直彼女が、何故このような状況に追い込まれているのか、上層部の考えは見当もつかないわ。しかし、この褒美とやらが、常軌を逸する過剰な行為であることは確かね。確実に彼女の生命を削る行為よ。このままでは彼女は持たないわ。ほらみて、限界まで魔力をそぎ落とされている。心臓の鼓動が弱く頼りない」
ティアナは、アレクサンドラの胸に手を当て、俯きがちに首を振る。
アレクサンドラは、白く薄い布の服一枚で、体の露出が高い。腕や足など見える部分には沢山の傷や、焼け焦げた跡などが見えた。
ティアナが、衣服を少しめくり確認する。
「……ひどいわ。何故こんな事を!」
すると、急にアレクサンドラの体がブルブルと震え始める。
「はぁあぁ。いや、やめて、やめて、もう、もう……!」
まだ意識はないが、何か悪夢でも見ているのだろうか。
「大丈夫! 大丈夫よ。もう安心していいの。だから、落ち着いて」
ティアナは、そのフワフワの腕でやさしく彼女を包み、必死にその耳元で話す。
次第に、アレクサンドラは落ち着き、静かに寝息を立て始めるのだった。
「しかし、このままではいけない。俺がどうかしなければ」
ディンガは、自らの力と勇気のなさに憤りを感じ、握りこんだ拳に思わず力が入る。
「ディンガ。何を考えているのか分からないけど、だめよ。それでなくても、あなたは上層部に嫌われている。実力的に【シークレットクラウン】に劣らないあなたが、上に上がれないのはそのせいでしょ。何か問題を起こせば、彼らは何かにつけあなたを潰しに来るはずよ」
「しかし、このままではアレクサンドラが!」
力いっぱい握った拳で自らの右腿を叩く。大きな音がその部屋に響く。
すると、静かにティアナは口を開く。
「ディンガ……あなたの事情と気持ちは理解しているつもりよ。でも、もう少しいい案を考えてみましょう。そうね……最悪、この国を敵に回したとしても三人で逃げればいい」
「そうだな、ありがとうティアナ。しかし……逃げ切れればの話だが……」
それ程にシークレットクラウンは脅威だった。ディンガは更に己の無力さを感じ、握りこんだ拳からは血が滲むのだった。
所変わって、森の中の城。
エマ達とレオナルドベア一行は、城の主に会っていた。
「なんと、国王様! このようなお姿になられたのですか!」
城の主であるミア・トレイシーは、その妖艶な切れ長の目を見開いて驚く。
艶のあるサラサラの黒髪は腰まであり、その毛先はとても綺麗に整えられている。その姿と立ち居振る舞いは、大人の女性の美しさを更に際立たせる。
「ミアよ。今まですまなかったな。また、お前の部下のミナとモナにも苦労を掛けた。お前たちがいなければ私はとうにこの世にはいなかっただろう」
ツンとした鼻と黒い目がかわいらしい、レオナルドベアは、ちょこまかと動きながら落ち着いたトーンでお礼を言った。
ミアとミナとモナはしゃがんでその言葉を聞いた。
「や、やめろ。俺は仮にも国王だった――」
そして、ミヤはレオナルドベアを手に取り撫でまわす。
ミヤは、黒いぴったりとした伸縮性がありそうな、最先端のドレスに包まれている。素材は所々半透明で、きらきらと輝いていた。ミナとモナも、同じような形のドレスだが、色がマヤとは対照的で真っ白だった。
「では、もう大丈夫だと考えてよろしいのでしょうか? これはいったいどういう魔法かわかりませんが」
ミヤは夢中で撫でまわしながら、エマに聞く。
「もっちろん、大丈夫よ! オールオッケイってなもんよ。しかも、壊れても縫えばいいし」
エマがそう言うと、全員の動きが止まる。
「えーごほん。大変失礼いたしました。うちの愚姉が。ご説明しますと、人格は完全に移行しておりますので、大丈夫です。分かりやすく説明しますと、魔法で架空の脳と心臓を作り、脳には人格をおさめ、心臓には【マハートマー】を入れて人形を動かしている状態です。ただ一つ問題がありまして――」
「マハートマーとは何ですか?」
不意にチャールズが口を挟む。
「えっ? まあ、言うならば魔法を司る核ですが、ご存じないですか?」
「はい、初めて聞きました」
(うーん、いよいよおかしいぞ。マハートマーがなければ魔力を作れるはずがない)
トマが考え込んでいると、チャールズが恐る恐る口を開く。
「何やら難しそうですね。しかし、その問題と言いますと?」
「あっ、はい。大変申し上げにくいのですが、この魔法はエマの魔力を使っているので、もちろんエマが死ねば魔法も解けます。つまり、国王様のマハートマーごと消失します。文字通りこの世での完全な消滅です」
その場を沈黙が支配する。
「少し説明しますと、マハートマーは魔力の源と考えて下さい。そして、マハートマーは通常私達の心臓に宿ります。そして、マハートマーから作られた魔力は血を媒介として体を巡る。こうして魔力は作られるのです。まあ、それはさておき、レオナルド様は、エマの魔力に依存しているということは、エマの眷属と言う扱いになります」
そこで、チャールズが口を挟む。
「け、眷属ですか? ではもしレオナルド様がお戻りになった際に、事実上我が国はエマ様の配下ということになるのでは?」
「うーん。まあ、エマは国づくりなんて興味ないと思いますので、一切その点は気にしないで良いですが、レオナルド様は一生エマから魔力を供給してもらう必要があります」
「は、はあ」
チャールズは気のない返事をする。この状況をどう捉えればいいものか判断に困っているようだ。
「まあ、なんとかいい方法を僕が考えますから、今の所は安心してくださいね」
トマが、笑顔で両手を広げてかわいく首を傾げ、なんとか誤魔化せないかな、と考えている。
「なんだ、なんだ、お前ら。せっかく俺がこんな元気な姿になったというのに、そんな顔をするんじゃない! いつ消滅するかもわからない状況だったんだから、これは大きな一歩と言えるじゃないか」
レオナルドベアは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう言った。
その言葉を聞くと、そこに居た者達は、不思議と心の靄も晴れるような気がした。
(やはり、この人には不思議な力があるようだな。何事も切り開き、前に進むための勇気を生む。導く力だ)
トマは、目線を落としてしっかりとレオナルドを見つめながらそう感じていた。




