第33話 キュートベア
「まあ、とりあえずぶっ倒せばいいんでしょ?」
エマが言うと、レオナルドは答える。
「はっ……はい。そうは言いましても、失礼ですが、私にはエマ殿の強さすらよく分からないのですが……失礼を承知で言いますが、私にはどう見ても年端のいかない、ただの子供達にしか見えません」
「ああ。能力が相手に影響しないように消してるからね。消しとかないと、トマがうっさいのよ」
エマは鬱陶しそうに、右手を顔の横に挙げてそれに合わせて眼を閉じて頭を振る。
「国王様。エマ様の強さは私が補償いたします。しかし、やはり、多勢に無勢。アルファベットや、バトラーにどんな隠し玉があるかわからない状態です。正面突破はさすがに無謀かと思います」
チャールズが言うと、エマは人差し指を顎に当てて、
「そっかな~、全然大丈夫だと思うけど。まあ、郷に入れば郷に従えって言うしね。私が勝手に動くとトマがうっさいから」
「もう、人聞きが悪いな。だいたい、いつもエマが悪いんだろ」
トマは呆れ気味にそっぽを向く。
「えへへ~、ごめん、ごめん。怒った? 冗談だって。うーんと、じゃあどうする? てか、それより、国王の脳ってあとどのくらい持つの?」
するとチャールズが答える。
「はい。少なく見積もっても半年程は大丈夫ではないかと思われます」
「えっ、そんなに短いの? やばいじゃん。でもさ、レオナルドがいなくなるとして、それでなんか不都合があるの?」
「そ、それはもう、もちろんです。現在この国の上層部は、私腹を肥やす輩で固められております。自分の為なら、他人の命などどうとも思わない人間です。このままでは間違いなく、国は破綻し、結果的に大勢の国民が死に追いやられるでしょう。そもそも、バトラーが国王になってから、裏ではかなりの悪事を行っているらしく、沢山の善良な生命が犠牲になっています。その体制を変える事が出来るのは、レオナルド様だけであります」
「変わりがいないほどの人格者ってわけね。脳だけでもわかるけど、魔法もかなりの使い手みたいだし。たしかに、この国には導く人間がいるわよね……どうしよっか……あっ、じゃあとりあえずこうしたら」
そう言いながら、エマが閃いたように拳で平手を打ったので、何やら言い出すのでは、と皆が注目して見ていると、突如モナが慌てだす。
「た、大変……国王様の……意識が、ない!」
続いてミナも騒ぎ出す。
「緊急事態です! 国王様の脳に、生命反応がありません。も、もしかしたら、お亡くなりになって……」
レオナルド国王の脳に向かって、両手をかざし、一心に呪文を唱え続けるミナとモナ。おそらく国王の脳へ意識を送っているのだろうが、その返答が一切ないらしい。
チャールズも慌てふためく。
「な、なんと、国王様、そんな……急に逝かれたのか! そ、そんな馬鹿な! まだ半年は大丈夫との事だったではないか! 脳より先に、人格が消滅したということか?」
ついにミナが泣き出す。
「そ、それが、私どもにもよく分かりません! 突如意識の信号が途切れました。もうすでに国王様の意識はここにはありません。しかし、半年というのも推測でしかなかったため、もしかしたらもう、国王様は……」
「レオナルド様……」
ミナの肩を抱き、モナも泣き出す。そして、ついにはチャールズも泣き出す。
「レ、レオナルド様! 何故、何故ですか! 私はまだ別れの言葉すら、おおぉお……」
チャールズはその場に突っ伏し号泣する。その時だった。
「呼んだ?」
何者かの声がその空間に響いたので、チャールズが不意に顔を上げると、目の前に一つのクマのぬいぐるみが立っていた。それは金色の毛がふわふわキュートな一体である。
そのふわふわわがチャールズの前で首を傾げている。
「へっ、何? 今……これが喋ったのですか?」
チャールズは、思いがけない事態に呆気に取られる。
「これとはなんだ! 俺はレオナルドだ」
かわいらしい人形から野太いおっさんの声がする。両手を上げて怒っている。
するとクマは、不意に視界に入った自分の腕をまじまじと見つめる。
「こ、この体はなんだ。お、俺は一体どうしてしまったのだ。し、しかし、この体は毛が……多すぎる!」
「今そこ気になる?」
フワフワの両手を器用に動かしながら、自分の体を見回し、確かめるそのおっさんベアの感想にエマが言い放つ。
どうやら突然起こった事態にレオナルド自身状況が呑み込めていないようだ。
「あ、エマ様……これは、一体どういう……」
チャールズは、余りに予想外の事態で全く状況が理解できないので、エマに助け舟を求める。
「え、どういうって、レオナルドの人格を、この超絶かわいいクマのぬいぐるみに移したのよ」
トマはその一部始終を見て、右手を自分の顔に当て首を左右に振っている。
「ほら見て、めっちゃプリティキュートでしょ。それにふわっふわだし。だってさ、あんな威厳たらしい声で、脳みそが喋ってたら怖いよねえ」
エマは、クマの人形を手に取り頬ずりする。
「エマ姉だけずるい。私も私も!」
ルナは飛び跳ね、エマからクマを奪う。
「お、俺は仮にも国王であったのだが、なんとも……」
レオナルドベアはもはや、なすがままになっている。
「な、なんてことしてくれたんですっ……?」
ミナは勢いでなんとなく、怒ってみるが、この状況が良いのか悪いのかいまだ判断がつかない。
「……かわいい……私も触りたい……」
モナは、ゆっくりと近づいて行きルナごと抱き上げ、頬ずりする。
「しかし、そんなことが出来るとは」
リチャードはまるで、この世の幻を見るかのような遠い目つきをしている。
「何言ってんのよ? 肉体なんてただの入れ物でしかないじゃない」
不思議そうに、エマが首を傾げる。
「そ、そうでしょうか? エマ様の常識が良く分かりませんが」
リチャードとミナは、開いた口が塞がらない。モナは特に気にせず、楽しそうにルナとレオナルドベアを取り合っている。
「はあ。また、やってくれたね。エマ」
トマが呆れて口を開く。
「えぇ? なんでよ。最善策だと思うけどなあ。ほらレオナルド、皆にご挨拶して」
エマが、胸に抱えたレオナルドベアの首を、無理やり曲げようとする。
「エ、エマ殿! ちょ、ちょっとお待ちください! 私で遊ぶのは!」
レオナルドは必死に抵抗する。
「もう、やめてあげて……国王の威厳とか全くないから。チャールズさんとミナさんの顔見てよ。空気読みなってエマ」
チャールズとミナはもはや、苦虫を噛み潰したような顔に変わりつつあった。さすがのエマも居たたまれなくなる。
「そ、そんな顔しないでよ。これで、消滅する危険はないんだし、自由に動けるし、魔法だって使えるようになるんだから」
チャールズがうなだれながら口を開く。
「し、しかしですね。エマ様。このままでは国王として国民の前に立つことが出来ないと思います」
その光景を見かねたトマが口を挟む。
「ああ、大丈夫ですよ。呪いの解き方がわかりましたら、僕が肉体を復元しますから」
「な、なんと。そのようなことが可能なのですね」
チャールズとモナがシンクロして言った。
「私は……このままでもいい……と思う」
「私もー!」
モナとルナだけは、エマに賛成の様だった。
一様だが、その場は落ち着きを取り戻したのだった。
レオナルドは、ぶつぶつ言いながら、クマのぬいぐるみになった自分の体を一通り動かしたり、飛び跳ねたりしている。
当のレオナルドは不服そうにしながらも、実は結構気に入っている様子だった。




