第3話 サニーサニー
トマが水上に到着すると、エマは空中に浮き、腕を組んで頬を膨らませている。
「おっそーい、トマ!」
(なにやらご立腹のご様子。かってに行ったくせに)
トマが無言でいるとエマはすぐ笑顔になり、
「ねえ、あっちに生命反応があるね。たぶん島があるよ。行っこうぜ! レッツラゴー」
そう言いながら、ウィンクして親指をびしっと立てる。
「なんだよ生命反応って、本当に侵略に来た宇宙人になった気分だよ。元気で何よりです、姫様。【ウォーター】」
ため息まじりにトマがそう唱えると、二人の頭上に大きな水の塊が現れ、二人はその中に飛び込む。
そして、体の塩水を洗い流すのだった。
「気が利くじゃないトマ。さすが私の弟! じゃあ行こっ!」
「どっちが先だったかはわかんないって、あれ程話したよね。まあ、僕はどっちでもいいけど」
今日はとてもいい天気で、飛んでいると、服も体もほとんど乾いてしまった。
エマの絹のように艶々としたブロンドの頭髪は、とてもボリュームがあり、フワフワと風で揺れている。長さは肩にかかる程度だ。
色白で、年齢は10歳程度と推測されるが、手足はすらっと伸び、切れ長の大きな眼、そして顔は小さく、形容しがたい完璧な形を作っている。
服装はとても上質な絹で織られた黒のワンピースで、脚部には白と黒のボーダーのタイツとピカピカの赤いドレスシューズを履いていた。
その体には起伏はなく、幼さ故の繊細で綺麗な直線美を作り出す。
一方、トマは水色の半そで半ズボンのフォーマルな服装。
頭髪は耳にかかる程度のさらさらとしたブロンドだ。
体系や顔はエマと瓜二つの人形のような容姿。
エマとトマは双子だった。
エマはよく、どちらが先に生まれたかなんて言い出すが、トマにはどうでもいいことだった。
はたから見れば明らかにトマのほうがしっかりしている。
「すっごい良い天気ね! 久しぶりのシャバの空気、テンション上がるぜー! ひゃっほー」
エマのスピードが上がる。凄まじいスピードで海の水が波立ち、掻き分けられる。
「あー、もっとゆっくり行けないかな? しかも寝て起きただけだから一瞬だっただじゃん」
トマは面倒くさそうに後から追いかけるのだった。トマはいつも観察を怠らない。この世界をもっとよく知りたいのだ。
そうこうしていると陸地が見えてきた。
二人はその地に降り立つ。すると、森の中に煙が立っているのがわかった。
「誰か居るみたいね」
二人が森の中へ入って行くとそこには様々な大きさの沢山のテントと、多くの人間がいた。野営をしているのか、火で料理を作ったり、川で洗濯をしたりしている。よく見ると綺麗な身なりをした者と、足枷をしている者がいるようだ。
前者は一様に酒を飲みご馳走を食べ、そして、後者の者たちはぼろぼろの服を着て働いている。
「何かしら?」
エマがひそひそと話す。
「たぶんだけど、奴隷商人とかなんじゃないかな?」
「ちょっとまってよ! 奴隷っていつの時代よ!」
「声が大きいよ、エマ。まあ、果てしなく眠ってたからね、僕たち。何周かしちゃってんじゃないの? ほら、歴史は繰り返すって言うし」
顔色一つ変えずに、前を見据えるトマ。
「あんた、思った以上にドライね。あんな……子供までっ!……許せない!」
エマは、ぐっと拳を握る。
確かに観察していると、かなり暴力的な行為も多々見られた。それは、人道的とは言えない酷いありさまだった。
「まあ、待ちなって。今僕たちがいるこの地球が、僕たちがいたころの地球とはずいぶん変わっている。つまり、僕らはこの世界のことを何も知らないんだ。迂闊に動いちゃ危険だよ。姿を消してしばらく観察しよう」
「まあ、それもそうね」
エマは、顔をしかめてキャンプを見渡す。
「【インビシブル】」
トマが唱えると、二人は一瞬にして透明になり景色と同化した。
そんな野営地の一角のテントでは、争うような声が聞こえてくる。
「おいおい、きれいな姉ちゃんだな。本当にあの村の住人かよ?」
「近づかないで下さい! これ以上近寄ったら、ブリットン家の血統にかけ自害いたします!」
「えっへっへ。おいおい、あんまりちょっかいかけんなよ。この女はいい金になるからってお頭が言ってたじゃねえか?」
「うぅん、そりゃそうだが、まあバレなきゃな……」
「まあ、そうだな……ぐへへ」
あるテントの中で、二人の汚らしい男どもに一人の女性が詰め寄られている。
綺麗なドレスだったであろうその衣服は、土で汚れ、所々が破れている。身なりや顔立ちでどこか高貴な印象があるが、その痛ましい格好のせいで今や見る影もなかった。
「やめてください! もう一歩でも近づけば本当に舌を……!」
「……下劣ね……」
「ああ、下劣だね」
突如その空間に響く声。
声に反応し、男どもと女性はきょろきょろとあたりを見回すが、確かに他には誰もいない。
「腕の一本でも、捥ぐかな?」
「やめてよエマ。それじゃ辺り一面血の海だよ。【スリープ】」
トマが唱えると、男どもの目がぐるっと反転し、すごい勢いで膝から崩れ落ちる。
「えっ! な、なにがどうなって」
女性は口を押え、その事態が呑み込めない。
突然目の前にスウッとエマの姿があらわれる。
「どうもごきげんよう。わたくし、エマ・ブリスティアンと申します。以後お見知りおきを」
スカートの裾をつまみ、完璧な姿勢でお辞儀をする。すぐにトマも姿を現し、
「あーと、すいません。いきなりで訳が分からないと思いますが、どうか、大きい声だけは上げないでください」
申し訳なさそうに頭を搔く。
「は、派手な! こ、子供……?」
女性は、口を押えたまま固まる。
「そうですね。当たり前の反応だと思います。どうか、安心してください。あなたに危害を与えるつもりはありません。できれば少しお話を」
トマは、冷静に落ち着いた声で女性に話しかけた。
女性は、その声を聞いていると、だんだんと自分の心が解きほぐされる様な気がして、体がスッと軽くなっていくのが分かった。暖かな感覚が、お腹の辺りから上がって来て、頭に感じる。ふわふわとした感覚の中、女性はだんだんと意識が朦朧とする。すると張り詰めた緊張の糸が切れるかの様に、女性は意識を失い膝から崩れ落ちる。しかし、その刹那だった。
「【ウェイクアップ】」
エマがその女性に向かって、人差し指を立てて唱えると、崩れかけた女性の体がピーンと伸び直立し、その女性は不自然なほど目を見開く。
その光景を目にし、トマは慌てる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっとまってよ、エマ。強引すぎだって。まったく、なんなんだよ、いつもいつも」
そういうと、ゆっくりと女性の腰に手をまわしその場に寝かせる。
「大変すみません、無神経なうちのあれが……少しは楽になると思います。【リカバリー】」
そういうとトマは女性の頭に右手を添えた。赤色の光が女性を包み、女性は安堵の表情を浮かべる。
「ちぇ、なによ」
トマは、五億年の時を経てまた、エマのお目付け役をする羽目になるのかと、なつかしくもうんざりするのだった。




