第29話 クリーピーストーリー
「快適ね」
エマが部屋のベットに座り、その具合を確かめながら言う。
「ここは自由に使っていい。金も要らねえ。また何かあったら俺は大体店の奥にいるから言え」
そう言うとダンダは何処かへ行ってしまった。
「なんだかずいぶんあっさりと泊まれるのね」
「そうだね。よほど、強い繋がりがあるのか」
ルナは汚れた窓から、外を眺めている。外は沢山の機械とロボット達が働いていて、壮観な景色が広がっていた。
「それはそうと、アレクサンドラから連絡はない?」
エマが聞くと、トマは透明なプレートを見ながら、
「うん、今の所ないよ。このプレートは通信も出来るから、ここに連絡が来ると思うんだけど」
トマは、既にその透明なプレートを使いこなしている。手早い操作で色々な画面を出す。
「トマ兄、すごーい!」
「あんた、もう完璧なのね。どういう頭してんの?」
「何故か怒られているみたいだけど……」
エマの言い方はどこか棘があった。
「まあ、じゃあ、ピタが迎えに来たら、連絡が来るまで街の様子でも見ましょうよ」
そしてその三十分後、ピタが再びダンダの酒場を訪れ、三人は一緒に町を散策することにしたのだった。
酒場でのピタは、委縮して小声で喋るものだから、聞こえねえだのなんだと、ダンダに怒られて、店を出る頃には、一回り小さく見えるほどに縮こまっていた。
「あんたたち、相性悪いわね」
エマ達は、肩を落として悲壮感漂うピタが不憫でならないのだった。
そして4時間後、街を一通り散策した一同は、とあるカフェでくつろいでいた。
時間も昼下がりとなり、もうすぐ日も暮れるだろう。
「あんなに恐れなくてもいいじゃない」
唐突にエマが聞く。
「えっ、だ、ダンダさんの事ですか?」
ピタは慌てる。
「うん。見た目はあんなだけど、きっと良いやつだと思うけど」
ピタは、少し俯き、
「し、しかし、どうにも怖そうで近寄りがたいと言いますか。あの辺りの住人も酒場には近寄りたがらないらしいですし。知人もあまり交流がないとのことで私も酒場には一度も入ったことはなかったのです」
「まあ確かに、あの外見と不愛想な感じは近寄りがたいよね。でもあんなんで、酒場をやっていけるのかしら」
エマが首を傾げていると、トマがピタに質問する。
「それはそうと、誰もそれが何なのか知らないと言う、街の至る所にある黒い柱についてお聞きしたいのですが」
「はい、【ファーピラー】ですね。」
「ええ、そのファーピラーですが、切っても切れないのですよね?」
「そうです。およそ九百年前、この世に切れない物はないという金属を玉鋼に生成し、名だたる名匠が世界中から何人も集まり、1年かけて鍛えた業物で両断しようと試みたそうです。それも、その時世界に名をとどろかすほどの剣豪にです。魔法の力を付与した業物の一振りは、大地をも切ったと言われています」
ピタは静かな口調で抑揚をつけて話す。
「出来上がった時に、海に向かって試し切りをしたそうです。すると海は数キロ先まで両断され、海底は8百メートルまで削れました。そのひと振りを凝縮し、その一撃を一本のファーピラーにぶつけたのです。どうなったと思いますか?」
どこか得意げに話すピタの様子を見ると、定番の語り草になっている話なのかもしれない。
「うーん。流石に切れたんじゃないの?」
エマが答えると、ピタが、
「いいえ……なんと……」
ピタはこれ見よがしに溜める。全員が息をのむ。
「その剣豪の腕が吹き飛んだのです!」
恐ろしい顔で突然大きな声を上げる。
「いやー!」
ルナが叫ぶ。
「ちょっと、急に怖い話しないでよ! ルナが怖がるじゃない」
「す、すいません」
得意げに話していたのに、予想外の反応だったのか、少し落ち込むピタ。
「ま、まあ。腕の方はその場にいた治療魔法師によって再生されたらしいのですが、ファーピラーはもしかしたら力を反射させるのではないかと言われています。しかし、その実態は未だに良く分かっていません。傷をつけることすら出来ないので調べようがなく、何も効かないので、研究に進展が望めないらしいです」
エマは眉間にしわを寄せる。
とりとめのない話だったので、どういう反応をしたら良いのか自分の感情が理解出来なかった。
「えーとじゃあ、結果ファーピラーは、良く分からないのでそのままにしているという事ですね」
トマが聞くと、
「はい、その通りです。誰にもどうにも出来ないし、手間もかかるので放置しているということです」
そこでトマが思い出したように口を開く。
「そうだ、ピタさん。2万年前の大戦の事はご存じでしょうか?」
「いえ、私はあまりよく知りません。かなり大きな規模で、地球上の生物のほとんどが滅びたと聞いていますが、ただ、かなり昔の話ではありますので、知る者が少ないのが現状です。代々伝え繋いでいる一族もいるらしいのですが、一子相伝で口外無用、直隠しにしているらしいです。しかし、その大戦に隠された謎には多くの利用価値がある事も確かです。ですので各国も色々と研究してるらしいのですが……」
「なんで隠す必要があるのかな」
エマが首を傾げていると、トマが聞く、
「うーん、確かにね……それでピタさん、その一族についてはご存じですか?」
「すみません。一族については風の噂で聞いた程度でして、本当にいるかどうかも分かりません」
(なるほど、これはなかなか困難だな。)
トマがグッドサインを顎に当て考えていると、トマの懐から丸みを帯びた連続した電子音が鳴る。
なんだろうと、ポケットに入れておいた透明なプレートを見る。
(あっ、アレクサンドラから連絡がきたようだ。なになに、ビンザの塔で待つ、だって?)
それを見ていたピタは口を開く。
「ああ、それは、旧式の【トラプレ】ですね。師匠からのお使いのご連絡が来たのですか?」
トマは、ピタのほうへ向き直ってから言う。
「はい、そうなんです。これはトラプレというのですか? 師匠から頂いたものの良く分からないまま、連絡を待てとだけ言われているもので」
「はい、それは【トランスペアレントプレート】と言います。略してトラプレです」
「そうか、そんな名前だったのですね。何分、修行ばかりで、近代の技術に疎いもので。それで、すいません、ちょっと急いで行かないといけなくなってしまったので、失礼してもよろしいでしょうか?」
トマが言うと、
「はい、もちろんです。その点は全然気にしないでください。私は私で少々やることもありますので、また時間があったらお会いしましょう。今の所一週間は滞在するつもりです」
ピタは笑顔でそう言った。
「わかりました、それでは失礼します」
ピタと別れ、三人は塔を目指すことにした。
「そういえばさ、気に入って使ってた杖はどこやったの?」
歩きながらトマが聞く。
ルナは疲れたらしくトマに肩車をしてもらっている。
「ああ、あれ。あれはマイハウスに置いてきたわよ。魔法書と一緒に」
「そうなの。あんなに大事そうにしてたのに」
「なによ。形が変だって馬鹿にしてたくせに」
「別に馬鹿にはしてないさ。ただ、僕は使わないけど。エマの趣味だから、否定はしないよ」
そうこうしていると、かわいい通知音が鳴る。
顔を上げると目の前には、上部が高すぎて雲に紛れている真っ白な塔が聳え立っていた。
トラプレに記されたピンザの塔までの順路は使用者の頭の中に直接現れ、迷うこともなくたどり着くことが出来た。
「へぇー。凄い高さね。頂上が雲で隠れて見えないじゃない」
エマ達は塔の入り口まで来た。有名な観光地らしく、もの凄く沢山の人で埋め尽くされている。
「これじゃあ、アレクサンドラが何処にいるか分かんないわね」
エマ達がきょろきょろとしていると、いつの間にか目の前に一人の老紳士が立っていた。
「あなたがエマさんですね」
そう言った紳士は、黒いスーツを着込み、口ひげと頭髪は綺麗なグレーで、キリっとした眉毛と鋭い目を持っている。
(この人、ピタと会った食堂車で一人だけ食事をしていた人だ)
トマは、その顔に見覚えがあった。
「そうだけど、あなたは?」
エマがそう聞くと、老紳士は右手を胸に当て美しくお辞儀をする。
「これは、申し遅れました。わたくしはチャールズ・キングストンと申します。国王様に仕える者の一人であります」
「えっ国王って……」
トマが身構えると、
「これは、大変失礼いたしました。私が使える国王様は今も昔も、そして未来永劫、レオナルド様ただ一人でございます。つまり、皆さまが言う所の旧国王と言う事になります」
トマは警戒を解く。
「安心しました」
すると、チャールズは続ける。
「アレクサンドラより言付かっております。私がレオナルド様のもとへとご案内いたします。皆様目を閉じて頂けますか」
三人は言われた通り目を閉じる。
「開けていただいて結構です」
一瞬の事だった。
チャールズがそう言うので目を開けると、そこは人気のない森の中だった。
「では、一勝負といたしましょうか」
チャールズは、少し俯きながら、両手を広げそう言った。
俯いた顔は陰が差し、そこから鋭い眼光を覗かせる。
凄まじい闘気と魔力を纏い、エマ達の前に立ちふさがるのだった。




