第27話 ナビゲート
ピタは、白い短い指を器用に動かし、コップの水を飲む。
吸盤がコップにくっついているようだ。
体の細部は丸みを帯びている箇所が多く、なんとなくかわいい印象を受ける。
「話を聞く限り、ピタはこれからの行き先は決まってないの?」
エマが聞くと、
「はい、私は気の向くまま、旅の途中であります。その先々で珍しい鉱物や草花などを採取し、薬を作り売りながら生活しているわけです。皆さんはどこまで乗車されるのでしょうか?」
「えーと、わたしたちは――」
エマはちらっとトマを見る。
「僕たちは、終点まで行くつもりです。後学のためにリトマス連合国の魔法機械産業を学ぼうと思いまして」
(魔法機械って、どこで調べたのよ。でも流石ね)と、エマは思う。
「そうですか、たしかにリトマス連合国のロボット達はすごい技術ですからね。きっと大いに魔法の勉強になると思います。しかし、今は国の情勢があまり良くない。実は、国王に対する不満が強く、反対派達の対立が内戦にまで発展するのではないかと言われています」
「ほうほう、それは大変な状況なのですね。また、どうしてそこまでの対立が生まれたのでしょうか?」
「はい、現国王が王位をついでから現在十年の月日が経っています。年々国の財政が悪化し続けていることと、また、彼には良くない噂が常に付きまとっている」
ピタは少し前に乗り出し、小声になる
「私も詳しいことは分かりませんが、ここだけの話、このあたり一帯の経済状況の悪化も、もしかしたらリトマス連合国の陰謀ではないのかと、まことしやかに囁かれています。」
「……それは食料不足もですか?」
トマも小声で話す。
「はい。彼らのしている何かの実験が、このあたりの資源の枯渇に何かしらの影響を与えているのではないかと言われています」
「そうですか……では十分に注意することにします」
トマがそう言うと、ピタが急に元気になり、
「いえ。これも何かのご縁でございます。また、あなた方には助けていただいたお礼もまだいたしておりません。どうか私にご案内させてくれないでしょうか? いや、駄目だと言ってもご一緒いたします」
(うーん、これは困ったことになったな)トマが少し考えていると。
「まあ、こんな出会ったばかりの素性もわからない者が同行するという堅苦しさは分かります。しかし、私は何度もリトマス連合国を訪れておりますし、向こうには知り合いもいます。きっとお役に立ちますので、ぜひお供させてください」
トマは少し困ってしまったが、何とかなるかな、と考えた。
「わかりました。私たちは師匠から言い付かっている用事がありますので、途中で抜けるかもしれませんが、それでよければお願いします」
「はいっ、もちろんです! ありがとうございます」
ピタは嬉しそうに立ち上がり、トマの手を両手で握り握手をした。
「それと、もしよろしければ後で私のイカ墨パスタを――」
「それは結構!」
右手を突き出し、エマがピシャッと心の扉を閉めるのだった。
しかし、そんなやり取りを、食事をしながら観察するものが一人。
その老紳士は、デザートの最後の一口を口に運び、流れるような仕草でナプキンを取り、口を拭く。怪しくこちらを観察しているその老紳士の存在を、エマ達は完全に見落としていたのだった。
エマ達は、ペタと一時お別れし、自分の席に帰っていた。
「それにしても、なんか疲れたわ」
エマは、がっくりと肩を落とす。
「疲れたー」
それを見てルナも真似して肩を落とす。
「そうだね。でもとても有益な話が聞けたよ。この世界の生物はさすがに僕たちの時代からは考えられない進化を遂げているらしい」
トマはとても楽しそうだが、エマは全く興味がなさそうに項垂れている。
「本当に君は、もう少し知識欲ってないかな」
トマは呆れ顔だ。するとルナが、
「これなんだろう」
と言って、窓際にある赤いボタンを押す。
「ちょっとルナ。むやみにボタン押さないでよ」
エマが慌ててルナの手を取る。
「ごめんなすって」
「また変な江戸っ子。しかも使い方違うと思う、うわっ!」
喋っている途中で、座っている椅子が急に動き出したので、エマは慌てる。
向かい合ったベンチ型の椅子だったものが、横に広がり、それと同時に背もたれがグイーンと伸び、二階が作られる。
まるで、二段ベッドの様な構造になり、上に上る梯子まであらわれた。
「これなにっ? ルナあんた何のボタン押したのよ」
そういいながらエマは、備え付けのモニターをチェックする。なにやら古臭い映像が流れ、赤いボタンは寝る時のボタンだった。
「びっくりした。でもベッドになったら更にふわふわ感が増したわね、この椅子」
エマが横になってみると、なんだかじんわりと温かくなってきて、掛け布団をかけているようだった。これも魔法の力なのだろう。とても暖かい羽毛に全身をぐるっと包み込まれている様な気分だ。
「気持ちいーね、これ……」
ルナが言いかけて黙るので、エマが起き上がりその顔を覗く。
「ちょっと、どうしたの? ねぇルナ?……寝てる……」
ルナを揺すろうと伸ばした手を引っ込める。
「青いロボットと同居している少年といい勝負だよ」
すやすやと心地よさそうなルナの寝顔を見てエマが呟く。
「じゃあついでに私も寝よっかな。暇だし」
「ああ、おやすみ。僕はもう少し起きてるよ」
「うん、わかった。じゃあお休みー。ふわぁ」
エマはあくびをして、そのままルナと顔をくっつけて寝入ってしまった。
それを確認すると、トマは一冊の分厚いノートを取り出し、さらさらと何かを書くのだった。
エマ達を乗せた列車は各駅に停車しながら、着々と目的地を目指し進んでいく。アレクサンドラがどういった状況に置かれているかなど知る由もなく、そしてリトマス連合国で待ち受ける新たな敵の想像もつかずに。
そして、列車は終点へと到着する。
多くの人でとても慌ただしい【リトマス連合国】の首都【リストン】に流星三号は停車するのだった。




