第24話 フィアー
そこの床は、綺麗な碁盤目状に並べられた白と黒の石で作られている。
とても、無機質で硬いその床に片膝をつくと、その冷たい感覚が、心にまで刺さりそうだった。
「それで、お前はおめおめとただ見ていたと言うのだな」
周りの壁はすべて黒塗りで、体感する冷たさが増し、それも相まって、その者が発する低く響く声は反響し更に恐怖心を煽る。
「は、はい」
アレクサンドラは、片膝をつき俯いたままそう答えた。その声は震えている。
それは、冷たさのせいではなく、恐怖のせいである事は自分自身が一番良く分かっていた。
「お! お前、はぁ!」
静かだった空間に突如として発せられる怒声にアレクサンドラの体は反射的に波打つ。
「……私はそれなりに期待をしているのかもしれない。しかし、お前は一向に応えてはくれないな……」
黒いローブを羽織り、真っ赤な仮面をつけたその人物は、一瞬声を荒げ、すぐさま収まり、違和感を感じるほどの冷静さを見せる。
感情の起伏が予測不能で読み取れない。
それすら、アレクサンドラにとっては恐怖以外の何でもなかった。
その部屋の上座には壇上があり、そこには石材で作られた五つの椅子が並んでいる。
そしてその椅子には、秘密組織【アルファベット】の頂点に君臨する五人が、中央からピラミッドを形成するように座っていた。
アルファベットの中でも特に力を持ち、他に比べて明らかな実力差がある五人。
その名を【シークレットクラウン】
しかし、その存在は誰にも知られてはいない。
更に、アルファベットのメンバーにすら、その五人の素顔は知らされてはいないのだ。
その部屋の壇上には、赤い仮面と黒いローブを身にまとった五人が座っている。
今話しているのは中央のナンバーワンである。
ナンバーワンは文字通り、その実力はアルファベットの頂点である。
そして、それは誰の目にも明らかで、その威圧感、何もしていない状態でも恐ろしい程に感じる魔力、同じ部屋にいるだけでもその魔力が重圧としてのしかかってくる。
「して、お前たちが隠れ家に行った時には、もう事は終わっていたというのか」
静かに低く響く。
「は、はい。もう私たちが到着した時には、ノラは消し炭となり、デボスはこの世界から消滅しておりました」
先ほどのライオンと、鳥の頭部の人物もアレクサンドラと一緒に片膝をつき頭を垂れている。三人は明らかに委縮していた。
「消滅? それはお前の力で判別したのか、ナンバートゥエルブ」
ワンは、鳥の頭部を持つ人物に尋ねる。
「はい。そうでございます。わたくしの追跡魔法の痕跡が完全に消えてしまいましたので、そう判断いたしました」
ナンバーワンは沈黙を保つ。
その部屋は重く苦しい空気に支配される。ナンバーワンは、明らかに苛立っているようだった。
「……消滅か。にわかには信じがたいな。まあよい。シックスとトゥエルブは下がってよい」
そう言われて、シックスとトゥエルブは立ち上がり、一礼してから踵を返す。
シックスが歩きだすと、黄金のたてがみが揺れる。そして、歩きながらふとアレクサンドラを見る。
俯き、小刻みに震えるアレクサンドラを見て、慈しみに満ちた瞳を向けながら部屋を出ていくのだった。
部屋の重厚なドアが重い音を立て閉じる。
「さて、それはそうと、お前にはを褒美を与えないといけないな」
その言葉を聞いてアレクサンドラはさらに身を縮こませる。
「ではいつものように、あの部屋に連れて行け」
ナンバーワンが静かに口を開くと、ナンバーファイブとフォーが立ち上がりアレクサンドラの両腕を一人ずつが持つ。
アレクサンドラは、無理やりにその身を起こされ、そしてそのまま、足を引きずられるかの様にその部屋から出ていくのだった。
「消滅か……面白い、面白いぞ。くっ、はははははは……」
その部屋にはナンバーワンの静かで暗い笑い声がただ響いていた。
廊下に出たシックスとトゥエルブは、自分たちの部屋に帰るために歩いている。
「また褒美か。トゥエンティファイブにだけ異常に厳しくはないか?」
「そうね。いつもあの部屋で何が行われているのかすら、私などには想像もつかないわ」
「しかし、部屋から出てきた時のあの疲弊した顔はただ事ではないぞ。魔力もほとんど残っていない。いつか露出した腕を見たことがあるが、体中傷だらであった……しかも、あの悲鳴……」
そう言ってシックスは立ち止まる。少し進んだ後トゥエルブも立ち止まり静かに口を開く。
「そうね。あれは只事じゃないわ。彼女を潰す気なのかしら」
二人は俯き、自分たちでは抗うことのできない力の強大さに、己の無力さを感じるのだった。
「さて、今日はどこからやろうかねぇ」
その部屋は、真っ赤な色で全ての壁が塗られている。その異様な光景から、決してまともな部屋でないことは想像に難しくない。
そして、入ったが最後、その部屋に施された魔力結界によりすべての機能が低下する。
アレクサンドラは、頭に重くのしかかるような重圧を感じ、上手く考える事すら出来ない。
しかし、フォーとファイブは全く影響を受けていない。
これは、特定の魔法式で組んだ防御魔法を使っている為だった。
「ナンバーワンに言い付かっているからな。今日は最後までやってもいいんだろ」
赤い仮面でその表情はわからないが、フォーとファイブは明らかに面白がっている口調だ。
「す、すみません、どうかどうか。お許しを願えないでしょうか……」
アレクサンドラは力の入らない体で這いつくばって懇願している。
「ははっ。このゴミ芋虫が!」
フォーは、アレクサンドラの腹部を強烈に蹴りつける。
するとファイブが口を開く。
「はあ。それは聞けない相談だねぇ。そんなことをすればナンバーワンの魔力に私たちが押し潰さられ、殺されてしまうよ。彼の力は私達の中でも群を抜いているからね。まあ、ただこんな面白い事はこっちから願ってもさせてもらうけどね。ふふっ、かわいい顔が台無しだねぇ!」
そう叫ぶと、ファイブは平手を打ちおろし、アレクサンドラの頬を強く打つ。
そして二人は下卑た笑い声を響かせながら、アレクサンドラを囲うようにゆっくりと近づいて行くのだった。
アレクサンドラは、体の自由がきかず、力が入らない。もはや口を動かすことしか出来ない。
「や、やめてください、や、やめて……いや……いやー!」
アレクサンドラの悲痛な声がその部屋に響き渡り、そしてその声はフロア全体にも響くほどだった。
「始まった……くっ」
シックスは、握った拳に思わず力が入る。
「シックス……分かっているでしょうけど、私達にはどうする事も出来ないのよ」
トゥエルブは心配そうにシックスの肩に手を置いた。二人はアレクサンドラの事をとても心配しているようだ。
シックスの大きな黄色い瞳は、暗く沈んでいる。
そしてその瞳には、アレクサンドラや、トゥエルブに対する情愛の心が映っていた。




