第20話 ニューキーパーソン
部屋の片隅に転がっている一つの石。
それは所々欠けていて、うっすらと苔が生えている。どこからどう見てもただの石だ。それも、この部屋を形作っている石の一つ。それが、壁から一つ抜けて床に転がった。
やがて、ゴトゴトと揺れだし、次の瞬間、ポンッと煙が出る。
そこには石の代わりに、白銀のプレートで作られた、軽量そうな鎧を身にまとった人物が片膝をつき頭を垂れていた。黒いベースに赤い流線的なデザインの仮面をつけている。
「し、失礼いたしました! まさか、お気づきとは思わずに。とんだご無礼を! 平に、平にぃ~!」
今にも床に頭を擦り付けそうなほどへり下る。
「なんか意表をついて卑屈な感じね」
「そうだね」
エマとトマはその人物のあまりの慌てように顔を見合わせる。
「エマのせいじゃないの? エマってさ、なんか言動が悪役っぽいから。ヒーローはヒーローでもダークヒーローなんだよな、君は」
トマはエマに向け人差し指を立てて注意する姿勢をとる。
「そうかなぁ。おっかしいなぁ~、私が目指すのは王道のヒーローなんだけどなぁ」
エマが頭を抱えているので、トマが怖がらせないように丁寧に話しかける。
「えーと、大丈夫ですよ、そんなに改まる必要はありません。それより、あなたはどちら様でしょう?」
「は、はいぃ、私などがこの場を借りてお話ししてもよろしいのでしょうかぁ!」
一向に起き上がる気配はない。
「いいから話しなさいよ」
エマは少し苛ついて言う。
「ひいぃぃ、すすすすすすすいません。どうか食べないでください。どうかお許しを大魔導士様!」
「だ、大魔導士? ま、まあ、そりゃそうだけど……って食べるわけないでしょ!」
エマの顔がぱぁっと明るくなる。
(本当にわかりやすいし、扱いやすい性格)
トマはエマに、冷ややかな目線を向ける。
エマの顔からは明らかに嬉しそうな心情が見て取れる。エマは、顔を赤らめて、しょうがないわね、などとぶつぶつ言うのだった。
少し緊張も解けたのか、白銀の鎧の人物は徐々に口を開きだす。
「私の名は、アレクサンドラ・ダークライト。産業都市【リトマス連合国】の秘密組織【アルファベット】の一員であります。」
「へぇーなるほど、それは秘密工作員みたいな感じですか?」
トマが尋ねると、
「はい、私達はほとんど隠密で行動することが多いです。部隊は幾つかに分かれていてそれぞれに役割があります。特に私は隠密行動が得意ですので、こうやって単独で行動しています」
アレクサンドラは、片膝をついてしっかりと答える。赤毛の頭髪は流れるようにその綺麗な頭の形を現わしている。長さは耳が隠れる程度だ。
その体躯は華奢で体の起伏が控えめな事で、骨格と筋肉で美しい曲線を作る。しかし、声などから女性であろうと想像がついた。
「今回の任務はノラとデボスの討伐でした。ご存じでしょうが、この二人は旅人などをさらい、人身売買を行っておりました。また、ノラは殺し屋として多額の賞金がかかるほどの人物。我が国にもかなりの被害がありますので、私が隠れ家を探り本部に報告しそれから討伐計画を練るとういう段取りでした。しかし、そこへエマ様達が来られたので……」
トマが口を挟む。
「そっか、僕たちが倒したものだからどうしようって事ですね」
「はい、それもあるのですが、実は折り入ってお話がございます」
そういってアレクサンドラは仮面を取る。そこには紫がかった青い大きな瞳と涙袋が印象的な幼さ残る女性が現れる。
ボーイッシュな印象の透き通るような美少女だ。左目の下に丸と十字を組み合わせた入れ墨なのか、そんなような模様が入っている。
「つ、通常この仮面を取ることは禁じられています。そして、我々がこの仮面を取る時、それは死を意味します。では何故素顔を見せたかといいますと、私の本当の任務をご理解いただくためであり、私自身を評価して頂きたかったのです」
そこでエマが口を開く。
「本当の任務って?」
「す、すぅいません、話がぁ長くて! す、すいません、すいません、食べないでぇ!」
アレクサンドラは身構えて取り乱す。
「何よ! 普通に聞いてるだけじゃない。私に対する反応が過剰すぎて逆に煽ってるのかと思うわよ!」
どうみても過剰な反応に、エマは理解できずに怒る。
「まあまあ」とトマが止める。
「本当にすいません。あの、煽っている訳ではなく、実は私は特に魔法を発動することなく対峙した者の能力や魔力量など身体的な情報を感じることが出来ます。エマ様、大変失礼なのですが、もはや私にはエマ様が同じ生物である気がしません。そ、その力はまるで闇の様に深く、そばにいるだけで吸い込まれそうになります」
トマは平手を打つ。
「だからか! ほらやっぱり、君のせいじゃない。僕はちゃんと隠してるけど、エマは自分の力を表面化してるからだよ」
そう言ってトマがエマを横目で見ると、
「ああ、なんだ、そうゆうことね。ほら、これならいい?」
エマが面倒にしながら右手を振ってアレクサンドラに聞く。
「あ、は、はい。まったく分からなくなりました。これも、魔法なのですか?」
「うーん、実はよく分かんないのよね。私が生きてた時代とは魔法の形態が違うみたいで」
「そうなんですね。そういったお話もお聞きしたいのです。お二人のお力がどのようなものかを知りたい。実は私の本当の任務は、リトマス連合国の秘密組織【アルファベット】の内情を探ることなんです」
「アルファベットの一員に見せかけて、実はそのスパイって言う事ですか? じゃあつまり、二重スパイ......なかなか、複雑な事情があるのですね。じゃあ、本当のあなたの主は別にいるんですか?」
トマが尋ねる。
「はい。アルファベットは国家に仕えていますので指揮は国王がとりますが、私の本当の指揮官は旧国王であります」
「それよりあなた、ずっとその体勢じゃ疲れるでしょう。自由にしていいから」
エマがそう言うと、アレクサンドラはゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます。そこで、ご相談なのですが旧国王に会って頂けないでしょうか。そして、私たちを助けていただきたいのです」
アレクサンドラの眼差しがしっかりと二人を見据えるのだった。




