第2話 ダークインウォーター
闇は時に明るく未来を照らす。
暗黒、それは深層意識。深く眠りに落ちる如く、限りないほどの黒。
果たして本当に恐怖であるのか。
誰にも分からない。理解するこは出来ない。だからこそ、見えない。
しかし、漆黒の闇の中ににあるもの、それが実は明るい希望である可能性はないのだろうか。
何も心配いらない。
これは、闇から生まれる未来の話。明るい希望の話である。
時は、西暦5億6千年。
ここは地球のとある海中、深海7千6百メートル。
生命も乏しい真っ黒なこの世界に、一つの石が横たわっていた。
何の変哲もない子供大の大きさの石は、唐突にゴトゴトと動き出す。
暗闇の世界で不自然な動きをするその石に、深海ドラゴンも驚く。
しだいに、その動きは左右にだんだんと大きくなり、ついに一筋のひびが入る。
石は真っ二つに割れ、まばゆい光とともに一人の少年が出てくるのだった。
切れ長で大きな瞳のまるで人形のような容姿である。
「ご、ごぼぼ……ば、ばれ? だにぼびえな……」
確かに目を開いているが、その視界には暗闇しかなかった。
(おっかしーな? ここは海中? うーん、記憶だと、エマの部屋だったと思ったんだけど、えーと、【イルミネーション】)
すると少年の右手から、光の玉が浮き出した。その球は辺りを照らし、少年は見渡しながら辺りを観察して回る。
(ふむふむ。だいぶ時間がたっちゃったみたいだね。少なくとも大陸の地形が変わってしまうぐらい。水圧から推測すると大体海底七千メートル付近かな? どうりで肩が凝ると思った)
少年はくるくると肩を回す。
(地層などから判断するに、5億年ぐらい経っちゃったかな。うーんとじゃあ計算するとあの辺りかなぁ)
少年は、目線の先を目指して動き出した。
そのままふわふわと水中を漂いながらしばらく移動する。
(あ、あったあった)
少年は唇を尖らせ、フーと息を吐いた。
水圧が起こりその力で辺りの砂を吹き飛ばす。
そして、そこから何かを拾い上げた。
それをまじまじと見つめながら思うのだった。
(えーと、エマはなんでこんなものに、保存魔法をかけたんだ?)
それは木製のプレートで、そこにはこう書かれていた。
『ここはエマの部屋! ぜったいに無断で入らないこと! とくにトマ!』
少年はプレートに冷ややかな視線を向け、固まる。
(それにしても、ここで間違いなさそうだな)
そして少年は、さらに強く息を吹きかける。
すると、小さな山ほどの砂が掘り起こされ、大きな穴となったその中心には、少年が出てきたのと同じような石が現れるのだった。
(おっ出てきた出てきた。そろそろだと思うけど)
するとその石は、先ほどと同じようにゴトゴトと動き出したと思うと、次第に亀裂が入り、そこから、光の筋が放射される。
凄まじい爆発音と共にその石は粉々に砕け散り、凄い速度で破片は辺りに飛んでいく。
特にかわすともなくそれを見守る少年。
すると、弾けるように石の中から飛び出したのは、少年と似たような少女だった。
「じょぁーん! づいにごのぜがびぃ……、でまぶ……、ごぼ、ごぼ、ごぼ……」
少女は大口を開けたため、大量の水を飲み、その結果意識を失って力なく浮かび上がる。
(やれやれ。何でこんな事で気を失うんだよ。【セキュアオキシゲン】)
少年が右手を少女の方へかざすと、その手から眩い光が放たれる。
そして、少女がその光に包まれると、はっと息を吹き返すのだった。
「ば、ばって! ぼ、ぼばあじゃん! ばれ? ごごばどご?」
少女は勢いよく右手を前に突き出し、誰かを呼び止めるような仕草をする。少年の冷ややかな視線が止まらない。
『ばあちゃんって、三途の川でも見てきたのエマ? まわりをよく見てよ、海中だよ、ここ』
『あら、この声はトマ、【スルーコミュニケーション】かしら。薄暗くて良く見えないわ……』
エマはあたりをキョロキョロと見回す。
『こっち、こっち。上だって』
エマと呼ばれた少女は上を見上げる。
『なんだトマ、そこだったの。これはどういうこと? 』
トマはふわふわと、エマのもとへ降りて行く。
『まあ、推測でしかないんだけど。僕たちが眠りについてからだいたい5億年ぐらいたっちゃったみたいだね』
エマは、ふさふさのまつげで飾られた目を見開く。
『ご、5億年! それはいくら何でも想定外だったわ。あ、あれ! 私のベッドがない、お気に入りのピンクのやつ!』
『そりゃ、5億年も経って……話聞いてた? てか、なんでこの看板だけに保存魔法かけたんだよ』
トマは右手に持った木製のプレートを上にあげ、ひらひらと揺する。
『なに言ってんのよ! これは大事でしょ! プライベートよ、プライベート』
エマはそう言うとトマからプレートを取り上げ、胸に抱く。
(プライバシーって言いたいんだろうけど……)
トマはもはや言葉もない。
エマは首をひねり少し考えてから、
『そうか、5億年か。まあ、どちらにしても、この世界の様子を見に行かないとね。一様、未曾有の危機に復活するように魔法をかけたんだから』
自分を納得させるように頷きながらそう言った。
『それにしても、私の魔法書は誰か開いたかしら? あの本があれば移動も簡単なんだけど。困ってる人々に美しい私が急に登場して歓喜の嵐っていう場面を想定していたのだけど』
確かに、エマはとても美しかった。それは誰が見ても一目瞭然で、その言葉に嘘偽りはない。
『まあこうなってしまっては、残念だけどしょうがない。気を取り直して、とりあえずここから出ましょう! ここはなんだか、暗すぎておしゃれじゃない!』
(暗さにおしゃれってなんだろ)と、トマは思った。
『じゃあどうしよっか、エマは出てきたばっかりだから、僕が魔法で――』
トマが言いかけたその時、海中に響く凄まじい爆発音。
それとともに岩は割れて、海中には砂が舞い上がる。
トマが横を見ると、先ほどまでエマが居た場所には大きなクレーターが出来ていた。
「ばっでろよーばくどうども!』
トマが見上げると、エマは既に遥か上にいて、両手を伸ばしきれいなポーズをとってまるでロケットのような速度で浮上していくのだった。
それを見てトマはため息をつく。
(勝手に行くんだ……)
トマは、うんざりした様子で首を左右に振り、それなりのスピードで浮上していくのだった。




