第16話 フォーゲットメモリー
「それで、あなたはなんであの車の中にいたの?」
席に着くなりエマが聞く。
エマとトマ、そしてどこからともなく現れた青い髪の少女ルナの三人は近くにあったカフェに入っていた。
ルナはその幼さから、年齢は五、六歳といったところだろうか。
店内はモノトーンで統一され、洗練された印象だが、閑散としてる。
それもそうで、食べ物も水もない、となると営業を続けることは不可能だ。
しかし、一種類だけ出せる飲み物があるというのでそれを頼むことにした。
「うーん。ルナはですねぇ~。父様、母様にあそこに隠れてろって言われました。迎えに来るからって」
「じゃあルナは言いつけを守ってずっと隠れていたんだね。」
「そうです、父様と母様の言いつけは絶対です」
「なんで今出てきたの?」
エマは不思議そうに尋ねる。
「久しぶりに魔力使ったら疲れました……それに、今ならなんとなく出てもいいような気がしました。エマさんの魔力のせいでしょうか? なんだか懐かしいような」
ルナはそう言いながらも俯いてしまった。
長く時間が経ったが、結局両親が来なかった事への残念な思いがあるのだろう。
その様子を見てエマは、
「そっか……まあいいじゃん。ルナの両親も探せば! 私が絶対に見つけてあげるから安心して!」
元気いっぱいの笑顔でルナの肩に両手を置きそう言うと、ルナも笑顔になるのだった。
「それで、ルナは何か覚えていることある?」
エマが聞くと、ルナは人差し指を頬に当て、
「うーん。あまり覚えてないよ。どこか光が、いーぱいの遠くの国で暮らしていたんだけど、父様と母様に連れてこられて、ここに隠れて絶対に出るなって言われたことしか覚えてない」
そこでトマが口を開く。
「そっか、なかなか情報が少ないけど二万年前の大戦に手掛かりがありそうだね」
エマも頷くのだった。
「それはそうと、さっきからちらちらと――」
トマが何か言いかけた時、
「お待たせしました。ザビ名物【マキシマムショット】になります」
笑顔の定員がやってくる。
そこには、灰色のスカートと白いシャツの制服を着た、店員が立っていた。
店員は、黒いボブカットを揺らしながらお辞儀をして、小さなグラスを三つ置いていった。
「これは何かしら?」
エマは五センチほどの高さがある、透明なグラスに入った茶色い飲み物をまじまじと見つめながら言う。
「うーん。何だろうね。なんとなくウィスキーとかそんな類じゃない? 匂いは割と良いよ」
「まあ、私も結構生きてるし、ルナは少なくとも二万年は生きてるんだからお酒は大丈夫としても、なんだか気が乗らないわね」
「そうだね。僕もなんだか……」
トマも乗り気でないが、珍しくエマも乗り気でない。
しかしそんな二人を尻目に、ルナは勢いよくグラスに手を伸ばすと一気に飲み干してしまった。
それを見ていたエマとトマ。
「じゃあ、私も!」
二人はそれに便乗するように後を追う。
「えっ、なっに、これ! むちゃ旨い!」
喉を通り抜けるその一瞬で、その上質な香りとのど越し、見事に調和した甘みと苦みその全てが一気に脳内に駆け巡っていく。
それは、突き抜けるような今まで体験したことのない感覚。
思わず声に出したくなる程の喜びを感じる。
「これはっ! 本当に旨い!」
いつも冷静なトマが思わず声を上げる。
「ふわ~」
ルナは何とも言えない天使のような顔だ。
「お酒なのかな? もうわかんないや。ていうか、どうでもいっか~」
エマは椅子に座ったまま、両手両足をパーと伸ばし最高の気分である。
すると、少しずつ瞼が重くなってくる。
ふと隣を見ると、至福で垂れ下がったルナの頭が、次第に机に伏せていくのが見えた。
「あれぇ、ルナ、ねるぅのぉ?」
エマはそれだけ言うと机の上に思いっきり頭を打ち付ける。
おでこと木製の机がぶつかり鋭い音が響き、その衝撃で机の上にあるグラスが少し移動する。
エマの意識はそこで途絶えた。
「……さま。お客様。お客様……」
先ほどテーブルに来た店員の声がする。エマの体は大きく揺すられているようだ。
「あ、あれ、私寝ちゃってた、ごめんなさい」
涎を垂らして寝ていたことに気付き、慌てて手で拭おうとするが、それは叶わなかった。
「あ、あれ、動かない」
エマは椅子に座ったまま見事に後ろ手にされ、両手両足を完璧なまでに縛られていた。
「あはは! お客様こんな所で寝ては困ります。あはははは」
目の前では先ほど店にいた店員が、壊れたように笑い続けている。
その手には斧のようなよく研がれた刃物を持っていて、その女が笑うたびに、薄暗い部屋の中で少しだけ差す月明かりに、ギラギラと鈍く光る。
小さな窓が壁の上部に一つだけある。
だいぶ眠ってしまったのか、もう外は夜になっていた。
エマは未だに状況が把握できていないが、周りを見るとトマとルナも同じように椅子に縛り付けられている。
その店員は、余りにも激しく笑うものだから、額が出るように綺麗に整えられた黒い頭髪が闇に紛れて、わさわさと不気味に動いていた。
「あんた、何すんのよ」
エマが言う。
「あんた、何すんのよ? なにそのセリフ。そんなセリフでいいの? あはははは」
本当に楽しそうに笑うその様からは、確実に正常ではない感覚を感じる。
「はっははは、はぁー、そうね。まあ、どうせ意味ないけど聞かせてあげる。あなたたちは今から、売り飛ばされるわけ。でもその前に少し楽しませてもらおうと思ってね。おっと、動いても無駄だよ。ロープには封印術式を組み込んである当店特製の一品でありますので」
その店員は、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をするのだった。




