第15話 ラブリーカー
「いい国ね!」
手を振るアグラザリアの者達は見えなくなってしまったが、エマは後ろの窓から顔を出し笑顔でそう言った。
「そうじゃな。この世界にも救うべき人間がおるようじゃ」
アーブがそう言うと、トマが答える。
「そうだね。まだこの世界がどういった状況か掴めないけど。少しずつでも助けていこう」
「うん、そうね。トマ! じじ!」
エマは、座ったままでくるりと向き直って、満面の笑みで返事をする。
「あの~、運転代わっていただけませんか?」
水を差す様に、どこからともなくか細い声が聞こえる。
エマは眉間にしわを寄せながら、
「ちょっと、あんたが運転しなかったら誰が運転すんのよ。ていうか運転代わったり出来んの?」
前側の窓を開けてそう言った。
しかしそこには、操縦者である御者も、原動力であるはずの馬もいない。
馬車の様な形をしてはいるが、人を乗せる部分だけで、自らの意思を持ってその四輪が動いているかのようだ。
「誰でも運転出来ますって、魔力流せばいいだけですから~」
エマは呆れたように車内に向き直り首を左右に振る。
「なんじゃろうな。移動のために作られたのじゃろうが、怠け者とは。しかし、言葉を発するとはなんとも不思議じゃな。この車に意思があるのかの?」
この馬車のような車はアグラザリアで貰った。
なんでも、二万年前の世界大戦時に作られたらしく、詳しいことは不明らしい。
当然調べようとしたのだが、複雑な魔法防壁で分解することもままならなかった。
ただ、何かと文句を言うので今ではあまり使われておらず、シェルターの中で埃をかぶっていたのだ。
いらないと断ったのだが、どうしても移動手段に使って欲しいという事で譲り受けたのだった。
「うーん。どうも押し付けられただけの気がするね」
トマが肩をすくめて言う。
「そうね……でも、どっから声が出てるのかしら」
エマが外に身を乗り出す。
「ここ、ここですよ~」
「だから、よく分かんないのよね。ここかしら」
エマが車の前方の少し張り出た所を見る。
「そうそう、そこですぅ~。もう疲れましたぁ~。次の町で休憩しますぅ~」
「勝手に決めないで欲しいわ。まあ仕方ない、じゃあ次の町ね」
「やったー、やったー、ひゃっほー」
車内がガタガタと揺れる。
「ちょっと、落ち着きなさいよ!」
「こりゃ先が思いやられるな」
トマはエマだけでも手一杯なのに、更に面倒な事が増えそうで肩を落とした。
「そりゃそうと、わしは一度家に帰るかの。あまり留守にするとダヴィンチが怒り出すからのお」
「そっか、寂しいけど。また呼ぶね」
「そうじゃの。いつでも呼んどくれ。今回は全く活躍出来んかったが、次は頑張っちゃうから」
そう言って両腕で力こぶを作りながらスゥっと消えていく。
エマとトマは微笑みながら手を振って見送るのだった。
「じゃあ、僕はちょっと寝よっかな」
トマは車内の長椅子に横になり眠り始めた。
「あら、そう。おやすみ」
エマはそう言って窓の方へ振り向く。
時折感じる乾いた風が次の町への想像を膨らませる。
心地よい風を受けていると自然とエマも眠りにつくのだった。
「エマさ~ん。着きましたぁ~」
呼ぶ声がする。エマはゆっくりと目を開けると、窓の外には一面の砂漠が広がっていた。
「う……ん……」
エマは背伸びをして、降りる準備を始める。
「ありがとう、頑張ったわね。ゆっくり休んでね。そういえばあなた名前あるの?」
エマが馬車風の車を降りながら尋ねると、
「あたいの名前は、ルナって言いやす。以後お見知りおきを」
車の下側から急にしっかりとした声が聞こえる。
「......何その、江戸っ子みたいな口調? 急に威勢がいいし」
エマは呆れながらも前の看板に目を向ける。
「ザビっていう町みたいね。じゃあトマ。ちょっと見て来ましょうよ」
不意に硬く乾いた風が頬を打つ。エマは髪を押え、思わず片目をつぶる。
「そうだね。しかし、今度はどんな問題があるのか」
トマは、軽く両掌を上げながら首を振る。
エマとトマはそれぞれの思いを胸に、砂色のブロックで作られたその町の門をくぐるのだった。
町は思いのほか賑わっている。
数々の行商人が、所狭しと並び、色々な物品を売っていた。
色とりどりの香辛料や野菜、どこから持ってきたのか魚介類まである。
また、見たことない動物の肉まであった。
その行商人も様々な人種で、緑色のタコのような頭部がついている者や、魚類のような頭部の者、鳥や、更には見たことのない生物、そして、トカゲに毛が生えたような頭部をもっている者までいた。
「復活してから初めて見たけど、私達が生きていた時代よりも沢山の人種がいるのね」
「そうだね。どの種から派生したのかあまりよく分からないけど、これは面白そうだ」
エマとトマがそんなことを話していると、
「ちょっと、私のよ!」
「何言ってんだい! 先に取ったのは私だよ!」
などという声が聞こえ、まるで喧嘩のごとく勢いで、押し合いながら人々は商品を手に取っている。
「なんだか凄いわね」
あまりの勢いにエマ達が外から傍観していると後ろから声が聞こえてくる。
「それがねぇ。もうあれで最後なのよ」
後ろを振り向くと、とても日に焼けた、年配の女性が立っていた。
「最後って?」
エマが聞くと。
「食べる物がないってことよ。水もね。本来とても資源には恵まれていたんだけどねぇ。なぜかこうなっちまって」
「それって大変じゃない! でもおばちゃんはなんだか平気そうね」
大変な事実を淡々と話す、その日焼けした年配の女性がエマの目にはなんだか不思議に映る。
「私は、違う街に引っ越すんだよ。息子が都心に住んでてね。そこはまだ水もあるし、食べ物もあるんだよ」
「まだ……?」
トマがその言葉に引っかかる。
「母さん、どうしたんだい? もう魔鉄の時間だよ」
日焼けした年配の女性は、呼びに来た若い青年と共にそのまま何処かへ行ってしまった。
「なんだか大変だね。理由を調べる価値がありそう。気になることも言ってたし」
トマがグッドサインを顎に当てながら言うと、
「そうしよう、そうしよう」
予想外の所から相槌が聞こえたものだから、エマとトマは驚きを持ってそこに視線を送る。
すると、エマとトマの真ん中に、神秘的な青色の頭髪をした、小さい女の子が立っていた。大きな黄色い目をして、ちょこんとした鼻ときれいな曲線の小さな唇が印象的な端正な顔立ちをしている。
上下真っ白の裾の広がったシンプルな襯衣と、かぼちゃのような形の脚衣を身にまとっていた。
エマは空を見ながら首を一周回し、
「うーん。あなた誰よ?」
その女の子に尋ねる。
「えっ。私ですぅ~」
女の子はか細い体をクネクネさせながら言う。
「まさか、ルナ?」
「そうですぅ~。ひどいです。もう忘れたんですか?」
「いやいや、あんた車内蔵だっただろ!」
「てへへ~」
(やっぱ、またややこしいのが出てきたよ)と、トマは思った。




