第14話 デザートストーム
とても乾いた空気が辺りを包む。
目の前に広がるのはまさに砂漠の大海原のようだ。
また、幾つもの隆起した山があり、それが陰影を生み出し、滑らかな砂肌と相まって現実離れした幻想的な雰囲気を醸し出す。これは、砂の粒の細かさによるものだろう
この地方の気候はある現象でとても人間の対応出来ない時期がある。
一年で数週間の事だが、昼間の気温は最大で九十九度まで上がり、夜はマイナス九十九度まで下がる。
その際には室内に籠り、魔法で防御結界を張って、室温を人間に合わせる。
もし、対処が遅れた場合はもちろん確実な死が待っているのだ。
また、砂漠には【デザートドラゴン】というとてつもなく巨大な竜が住んでいる。そのドラゴンは、とても硬く、どんな熱にも耐えうる鱗を持ち、発達した鼻骨で砂の中をまるで弾丸のように自在に動き回る。
数は少ないのだが、まれに町に被害が及ぶこともあるのだ。神出鬼没だからこそ、その時は自然災害と割り切るほかない。
しかし、この地方には沢山の町があり、それに比例し多くの人々が暮らしている。
ではなぜ、住みにくいこの地方に多くの人が暮らすのか。
それは、住みにくいからこそ国土の侵略計画に組み込まれにくく、その分比較的安全に暮らすことが出来るからだ。それほど、世界には危険が溢れている。力を持たないものは生活に工夫を凝らすしかない。
また、砂漠には水が豊富にあった。
それは、この地方ならではの地形のせいで、砂漠の地下には多くの空洞が形成され、そこには驚くべき程綺麗な水が沢山溜まっているのだ。
また、砂漠の豊富な日光のおかげで、通常の土地では育つことのない、【サンドライス】という絶品でいて非常に栄養価が高い特別種の穀物が育つのだ。その粒は大豆ほどの大きさがあり、つやつやでふっくらしてプチっとした触感がとても癖になる。
このサンドライスは各国との取引にも重宝し、とても高値で取引されている。
サンドライスはその穂を地下に垂らし、地下の天井は収穫の時期になると、黄金色の稲穂で埋め尽くされる。
子供達の遊び場でもある地下は、金色の稲穂天井となり、収穫の時期には大きく実をつけた稲穂が黄金色の雪が降るかの様に、舞い落ちてくるのだ。
大人たちはその収穫を喜び、子供達ははしゃぎまわる。
それがこの地の風物詩となっていた。
その様な特別な理由がこの地にはある。だからこそ、多くの人々が暮らす、言うなれば乾いた恵みの地であるのだった。
そんな砂漠の中を木製の四輪車が走っている。馬車の馬なしのような状態の四輪車だ。
幾つかある窓の一つが開いており、そこから中を覗くと、風を浴びながら心地よさそうに眠るエマの姿があった。
それは今から一日前の事。
王都アグラザリアを天魔族軍から奪還したエマ達は、生き返った本来の国王、つまり、オースティンとキャロラインの父に大変感謝された。
エマ達は報酬を断ったのだが、どうしてもと聞かない。
そして、名誉称号である【アグラの勇士】という称号と、勲章を授与したいと申し出た。
その勲章あれば、アグラザリアと交流がある国では何かと困らないということだったので、エマ達は遠慮なくいただくことにした。
合わせて、少しの金品も貰った。本当にいらないと断ったのだが、どうしても言うので仕方なく貰うことにしたのだった。
「私としましては、是非ともこの国の残っていただきいと切望いたしますが、とてもあなた方を引き留める権利はありません。あなた方三人の功績を考えると、国王である私よりも立場は上だと考えています。もし、自害しろと言われれば喜んでそういたしましょう。今は何もお返しできませんが、何かありましたら何なりと私にお申し付けください。私自ら出来る以上のお返しをさせていただきます。」
そう述べるのは、オースティン達の父である国王グスタフ・ブリットン。
エマ達三人の前で跪くその姿を見ると、腰の低さから到底国王とは思えない。
しかし、グスタフと対峙した時誰もが感じる、その醸し出す風格はただ者ではない。
そしてこれらの事は、グスタフが物事の判断力に優れている人物である事を表していた。
それは、他者の行動に対する対価を見余ることはなく、また、エマ達三人の力量を一瞬で見抜く。
まさに、優れた眼力と洞察力が成せる事だった。
グスタフは驚く程に巨躯な男だった。エマと比べれば、倍ほども違うのではないかと思われるほどに身長に差がある。
とても力強い顎髭と頭髪は、太く固い毛で覆われ、そこから覗く青い目は何事にも動じず静かにこちらを見つめてくる。
幾度の死線を潜り抜けたのか、隆起した筋肉の至る所に傷があった。
豪傑であり頭脳明晰。
武勇伝には事欠かないグスタフは、一代でこの国を作り上げた英雄だった。
グスタフの横には王妃であるアデル・ブリットンがにこやかな笑顔で立っている。
そして、アデルの前にはオースティンとキャロラインもいる。
実は、アデトを倒したのはアーブと言う事になっていた。
エマとアデトの戦いを見た者全ての記憶を、エマをアーブに置き換えて書き換えたのだ。
エマとトマは年齢の割には優れた魔法使い程度の記憶にとどめることにした。
オースティンはアーブと握手を交わす。
「アーブ様。出来れば私も同行し、修行のためにもお供したい所ですが、まずは国の再建に全力を尽くしたいと考えております」
「ふぉっふぉ。まずはこの国のことを第一に考えるのじゃよ。また余裕が出来たらいつでも来ればよいて」
「はい、ありがとうございます」
しかし、この兄弟は申し合わせたわけではないのに、二人ともが密かに心に決めている事があった。王国がひと段落したら、必ず後を追う旅に出ようと。
それは、好奇心もあったがやはりこの国王の子供である気質、自らの向上心によるものだった。
エマ達はアグラザリアの皆にお別れを言うと、馬車に乗り込む。
馬車が見えなくなるまで、オースティンとキャロラインは手を振るのだった。
「どうかご無事で、また会える日を心待ちにしております」
キャロラインは胸に手を当て、そう呟く。
「あの者たちは本当にただ物ではない。そうやすやすと倒されるような事はないだろう。しかし、その強さは次元が違い過ぎて同じ命を持っている動物なのかすら、私には推し量ることは出来なかった」
そう話す父にオースティンが目線を移すと、あの父の手が震えている。
子供のころから数々の武勇伝を聞き、天魔王に直接手を下されて倒されたが、手下どもは何人も倒すほどの実力のあの父の手が震えている。
オースティンは、額に汗を浮かべ固唾を飲んだ。
「......しかし、あのエマという少女。あの禍々しい魔力の渦。対峙しただけで全てが呑み込まれるかのような恐怖を感じた」
グスタフが額に汗を浮かべそう告げると、キャロラインは目を見開く。
「えっ! あの、エマちゃんがですか? お父様、何のご冗談ですか? ふふ。まだほんの子供ではありませんか。本当に珍しいですわ、お父様がこんな冗談を仰るなんて。うふふふ」
そしてキャロラインは、とても楽しそうに笑うのだった。
そのキャロラインの姿を見たグスタフは、
「そ、そうだな。そうだ、何かの勘違いだろう」
確かにそうだと、思い直す。
「しかしあの強さ、言い伝えの【金色の勇神】と何か関係があるのでしょうか?」
オースティンがいぶかしげにそう言うと、
「うーん、全然違うんだから全く関係ないんじゃない?」
グスタフがとぼけた様に勢いで答える。
「もう、あなたったらお茶目さん」
アデルが笑顔でそう言うと、皆が笑いだす。
良く晴れた青空の下、盛大な笑い声が崩壊したアグラザリアに響くのだった。




