第11話 フューチャーミステイク
「もう! せっまい! もっと大きな穴を開けなさいよ!」
裂け目に手を掛け、色々な所を引っかけながらエマが出てくる。
「ちょっと! あんたに言ってんのよ四ツ目! もう少し大きい――」
「な、何故、何故お前は、私の時空間から出てこれる!」
アデトはひどく動揺している。
がさつに這い出て来るエマとアデトでは気持ちの温度差に決定的な差があるようだった。
オースティンを含め周りの人々は目の前の状況が理解出来ずに唖然としている。
「えっ、知んないわよ、あんたのなのこれ? えーと……」
エマは辺りを見回す。そして、
「うん。ずいぶんとお取込み中だったようで……」
エマは申し訳なさそうに頭を掻きながら、その穴に戻ろうとする。
「ちょっとお待ちなさい。そうやすやすと見逃すわけないじゃないですか」
しかし、アデトは落ち着きを取り戻し、エマを呼び止める。
穴に片足をかけ、そそくさと穴に引っ込もうとするエマ。
「うるさいわね! なんか急展開だからなんとなくやり直すのよ! もっとかっこよく登場する予定だったから! ちょっと、触らないで!」
「……いや、私は一切触ってはいませんが……しかし、残念ながらそんな都合はこの大魔導士アデト様には通用しません。このまま血祭りにあげて差し上げます」
片足を突っ込み、中に入ろうとしていたエマの動きがピタッと止まる。
「……大魔導士? そいつは聞き捨てならねぇな~」
エマの顔色が変わる。
「おうおう! このエマ様を差し置いて大魔導士を名乗るとは、ふてえ野郎だなぁ!」
エマは飛び出して来たかと思うと、歌舞伎の様に見得を切るような格好をとるが、手と足がちぐはぐで何か違う。
エマは、何か決まらなかった事に首を傾げ「こうだったかな?」などと言いながら手の形を確かめる。
酷く緊張感のないエマの様子にアデトは唖然とする。
「……あなた、情緒不安定なのですか? もしかして自分が大魔導士とでも言いたいのですか?」
アデトが肩を落として呆れたように聞くと、エマはハッとして慌てて手を腰に当て胸を張る。
「そ、そうよ! 我が魔法の道は茨の道。故に咲くっ! 我が足跡には綺麗な薔薇が。大慈大悲の心を持って勧善懲悪、天下無敵の大魔導士エマ・ブリスティアンとは私の事だ! はーはっはっは! はーはっはっげっ! げほっげほっ!」
急に大声を出したため、信じられないぐらいせき込むエマ。
それを、呆れるように見ているアデト。
「……大丈夫ですか? しかし、そのような名前はまったく存じ上げませんが。それにあなたのような子供に何が出来るというのですか?」
するとエマは指を折りながら、答える。
「何よ、色々出来るんだから。バーンでしょ、フローズンでしょ、スリープに、ライトニング!」
「ブッ! あっはっはっは!」
突如として高々と笑いだすアデト。
「全て第一門! 全く話になりませんね! 私の時空間を通り抜け出てきたから、どんな魔法の使い手かと思えば、本当にただの子供だったようです。あーはっはっはっは!」
アデトは馬鹿にしたように肩をすくめ、辺りを見回しオースティンに話しかける。
「残念でしたね、助っ人がこんな身の程知らずの生意気な子供だとは! もういいです。そろそろ皆様、死んでいただきましょう!」
「く、くそ!」
ほんの数メートル先で起こっている事の状況が理解できないオースティンは、どこか白昼夢を見ているような気になっていたが、アデトの声で急に現実に引き戻される。
「あら、あなたがオースティン?」
しかし、突如として思わぬ所から聞こえた声に、オースティンは視線を走らせる。
「な、何?」
アデトも驚いて声の方へ視線を送る。
ディグノスを抱きかかえたまま血だらけでいるオースティンの真横に、さっきまでアデトの横にいたはずのエマの姿があるのだった。
「えっ? き、君は……さっきあそこに……」
理解が追い付かないオースティンとアデト。
「えーと、キャロラインの友達でエマって言います。どうぞよろしく。そんで、その人どうしたの?」
エマがディグノスについて尋ねる。
オースティンは視線をディグノスへと落とすと、
「こ、これは、わが甥ディグノスです。あ、あいつに、アデトにやられ、こんな姿に……」
オースティンは目の前の現実を確認し、堪えきれず肩を揺らす。
「じゃあ、はい!」
エマが指さすと、急にディグノスの体が復元したものだから、頭を垂れて咽び泣くオースティンのその頭と復元したディグノスの頭が勢いよくぶつかる。
密室状態のその空間に、骨と骨のぶつかる鈍く太い音が響き渡った。
「い、痛―!」
二人の叫び声が重なる。
その反動でオースティンは後ろに尻もちをつく。そして、ディグノスは激痛でその場に蹲る。
周りで見ていた者達は、開いた口が塞がらない。
「な、なんだこれは。わ、私はいったいどうして……」
ディグノスは自分の体を何度も見渡すが、まったく状況が把握できない。
オースティンは顔を上げ、そんなディグノスを見つめて少々固まっていたが、
「ディ、ディグノスー!」
堪らずディグノスを抱きしめるのだった。
「ディグノス様!」
周りの人々も駆け寄る。
「き、奇跡……神の御業だ……!」
「女神! 女神様!」
そして、一部始終を目撃していた周りの人々から驚嘆の声が上がり始める。
エマはゆっくりと立ち上がりながらアデトに向き直る。
「さてと、大魔導士エマ・ブリスティアンは5億年ぶりにプンプンよ! あんたは許さない!」
「お、お前は一体……?」
アデトは自分が震えていることに気づくのだった。
それは二時間前の事。
馬車の手綱を引くのはトマ、その横にはエマが座り、馬車の荷台ではキャロラインとアーブが寝ている。
「あとどれくらいで着くのかな?」
手綱を握るトマがつぶやく。
「そうねぇ。キャロラインが寝ちゃってるからよくわかんないね」
エマが答えると、トマはなんとなく隣に座るエマを見る。
その視線に何かしらの意図を感じたエマは口を尖らす。
「なんか、私のせいみたいな視線はやめてよね! どうせトマも眠らせるつもりだったんでしょ!」
しかし、トマは前を向き無言だ。
何かいたたまれな気持ちになったエマは腕組みをする。
「いいわよ、そんな態度とってキャロラインに聞くから」
そう言うとエマは後ろで寝ているキャロラインの所まで行き額に手を当てる。
「うーん。なになに。えーと……わかんないや」
エマはそのままゆっくりと元通り前に戻り、無言でトマの隣に戻る。
「もう、何がしたいんだよ?」
トマが言うと、エマはふくれっ面で話す。
「トマが悪いんだから! 疲れたような態度とって! リードマインドしたんだけど、お兄さんのオースティンって人の事ばっかりだったわ」
「リードマインドは万能じゃないから。人間の心は同時に色々と考えてるし、今は睡眠中だしね。そうそう、お兄さんがまだ戦ってるんだよね。どうかな、無事かな?」
「なんとなくマジピンチな予感がするわ」
「じゃあどうする?」
トマがエマを見て尋ねる。
「思ったんだけど、あいつの空間通ったら行けるかな?」
エマがトマを見る。トマは空を見て少し考えてから話す。
「うーん、そうだね。たぶん行けるんじゃない? 空間をうろうろしてるあいつだよね?」
「そう」
エマは前を向き頷いた。
「じゃ、いってらっしゃい。こっちはのんびり行くから、あんまり無茶しちゃだめだよ。それと、今回の事は最終的にじいちゃんに託すことにするから」
「エー」
「しょうがないだろ。そういう約束だし」
「ぶーぶー」
エマは腕を組みふくれっ面をする。それをトマは横目で見る。
それは極めて淡白な反応だった。
エマは更に頬を膨らませる。
「もういいよ! トマなんか知らない! じゃ私行くからね、ばか!」
そう言うとエマはパッと立ってその場から忽然と消えるのだった。
「子供かよ……しかし、一人で大丈夫かな? エマは全然空気読まないからな~。それにしても、エマは本当にヒーローが好きだよな」
トマは口笛を吹きながらノリノリで手綱を握っていた。
のんびりと夜の運転を楽しもうと考えているのだ。
満月が辺りを照らし、草花はささやかな風に揺れている。今日は、少し暖かいそよ風が吹く、気持ちのいい夜だった。




