第10話 アンリミテッドミステイク
「ではディグノス、後は頼むぞ」
「はい、兄様。か、必ず……くっ」
ディグノスは堪えきれず言葉に詰まる。歯を食いしばり、俯いた瞳からは涙が雫となって落ちる。
周りの人々からもすすり泣く声や、嘆く声が次々に聞こえる。
ここでの生活を余儀なくされてから、誰もが悲嘆に暮れていた。
その上で、信頼している若き国王が今、自らの命を絶ち、自分たちを助けようとしている。
残された人々は、慈悲を願い、オースティンの名を呼ぶのだった。
「泣くんじゃない。お前がしっかりしないと皆が不安がるぞ。お前も辛いかもしれんが、民はもっと辛いと知るんだ。」
「は、はい!」
空間に響き渡る力強い声。
(いい返事だな。私を後押ししてくれる)
希望ある若々しい新芽のような声を聞き、オースティンは死への恐怖を払拭する。
オースティンはゆっくりとその歩みを進めると、レギオンの中央に立つ。
その周りを、兵士と魔導士たちが距離を置いて取り囲む。
国民たちは更に距離を取り、辺りに散らばっている。
目標は、このシェルター全体を魔法で覆い、人々全員を一気に転移させる。
それと共に膨大な魔力を失ってしまうのでオースティンの生命は尽きる。
だからこそこれは、禁術として通常使うことは禁止されているのだ。
「では、始める。マジックゲートオープン」
オースティンの前に赤色の文字が浮かび上がり、それを操作する。
「第六門魔法陣解除!」
オースティンがそういうと、大きな黄色の魔法陣が目の前に浮かび上がった。
「ディグノス……お前なら必ずいい国王になる……もし、妹が生きていたらよろしく頼む! 第六門陣階位魔法【マイグレーション】!」
ディグノスがそう叫ぶと、大きさの異なる魔法陣が六つ現れそれが重なり始めた。凄まじい風圧が起こる。
「オースティン兄様ぁ! ト、トリムールティの古代神様、どうか、どうか兄様をお守りください!」
ディグノスがそう叫んだとき、予想もしなかったことが起こり始める。
魔法陣が急に反転し始めたのだった。それはまるで、逆再生を見ているかのようだった。
そして、ついに光はなくなり、その場には唖然とするオースティンとディグノスが残された。
静寂が戻り、石造りの床に落ちる水滴の音がだけが響く。
魔法の操作は完ぺきだった。故にオースティンはこの状況が理解できない。
「ど、どうしたんだ、何が一体……?」
オースティンは震える自分の両手をまじまじと見ながら、何が起こったのか把握しようとする。しかし、全く理解出来ない。
すると、急に聞こえてくる、しゃがれた耳に引っかかる声。
「うふふふふ。そのようなことをされては困りますねぇ。せっかくこの場所を突き止めたのに、みすみす見逃すわけには参りません」
そこにはいつの間にか、左右非対称なピエロのような服装をまとった、四ツ目の怪物が立っていた。
口は大きく裂け、耳は尖っている。
そして、その多くのしわで盛り上がった手には、三角形の青い水晶の様なものが砕けていた。
「なかなか強大な魔法だったようですね。石が砕けてしまいました」
(ま、魔法を無力化したのか? あの石で。そんなことが可能なのか?)
予想だにしない目の前の状況に、オースティンは、慌ておののく。
よく見ると、その者の背後の空間は大きく断裂され、空間に割れ目の様なものが開いている。
そこからここに侵入したようだった。
唖然とする、人々を尻目にその怪物は淡々と話し続ける。
「本当に探しましたよ。とても強力な魔法防壁が張られていたようで苦労しました。それにしてもなんなんですか、この場所は? もっとも私の時空間移動魔法【ビトウィーンタイム】がなければ見つける事は出来なかったですがねぇ。うふふふふ」
(そんなばかな! ここに侵入できる者など存在するはずがない)
オースティンは奥歯を噛み、冷静な判断をしようとするが、動揺を抑えることは出来なかった。
このレギオンは二万年前、神々の力を借り作り上げた物なのだ。その為、地上世界でこの結界を突破できる者がいるはずはない。
「さて、私は、天魔王に使えし六魔の一人アデトと申します。私が来たからにはご安心ください。苦しみのない世界に一瞬でお送りして差し上げますよ」
大木の木目の様な分厚いしわが幾重にも重なった溶けたろうのような皮膚から、禍々しい瞳が覗く。
裂けた口は、人間どもをあざ笑うかのように開かれ、尖った牙がむき出しになる。
そして、その外見とは裏腹な丁寧な口調が、一層の不気味さを醸し出すのだった。
「兄様は下がっていてください!」
覚悟を決めた様に身構えるディグノス。
「ま、待て! ディグノス!」
オースティンが止めるより先に、ディグノスがすさまじい速さでアデトに切かかかる。
誰もが、ディグノスの一撃が通ったことを確信したその時、一瞬の閃光のうちにディグノスが吹き飛ばされる。
倒れたディグノスは上半身が消え落ちた様に消失していた。
「ディ、ディグノスー!」
飛ばされ、倒れこんできたディグノスを抱きかかえオースティンが叫ぶが当然返事はない。
一人の魔導士が駆け寄り、治療魔法をかける。
しかし、溢れ出る血を止めることすら出来ない。
「駄目です。これはもはや手の施しようがありません」
そう言いながらも治療魔法師は分かっていた。
治療魔法の使い手は希少な上、これほどの傷を治すことが出来る者は、この世に存在するかすら分からない程だ。そして、体から血液が流れ出る程、治療は困難で、半分も出てしまえば、治療はおろかもはや元通りに直すことは出来ない。つまり、完全な死なのである。
「第四門陣階位魔法【アブソリュートフリージング】」
周りにいた王宮魔導士達が用意していた魔法陣を展開し、一斉に魔法を放つ。
「無駄、無駄、無駄ですよ」
部屋全体を覆いつくす氷の波が一斉にアデトに襲い掛かる。
「ですから、無駄、無駄ですって」
そこには一切の傷もないアデトがそのまま立っていた。
「ば、ばかな!」
オースティンは、ありえない事態にただただ驚愕し、手足の震えが止まらない。
(まさか、これほどまでに力の差があるのか。ディグノスを倒した閃光だって、マジックゲートをいつ操作したのかすら分からなかった)
ディグノスは王国でも有数な剣と魔法の使い手だった、そして、第四門陣階位魔法は人間の魔力で到達できる限界だといってもいい。
それが、まるでまとわりつく蠅を払うかのようにあしらわれている。
「ここまでか……」
その場にいた誰もが終わりを確信した。その時だった。
「もー、なによー、これ~、ど、どこよ出口ぃ。えっ! あっ、ここ?」
空間に響くひどく緊張感のない声。
先ほどから開きっぱなしになっている空間の裂け目から、その派手な少女は現れるのだった。




