第1話 ワンダーワールド
この世界にはとても有名な言い伝えがある。
その言い伝えは、神秘的で、この世の希望ともいえる輝かしい話だった。
そして、世界の誰もがその言い伝えを信じている。
何故ならその言い伝えが、この混沌の時代の生きる希望であるから。弱きが虐げられ、強きが蔓延るこの理不尽な世界で、生きていく為の心の拠り所なのだから。
しかし、それは果たして真実なのか、もはや誰にもわからない。
これは一冊の魔法書から始まる物語。
その魔法書は、世界最大の大迷宮【ディザスターラビリンス】から発見され、【ワンダーブック】と名付けられた。
本の表装に使われているのは、失われた古代技術で生成されたオリハルコン。
しかも、開くためには、強固な魔法による錠が何層にも施されていた。
その魔法錠は、どれも高度な術式で現代の魔法科学力を駆使しても簡単にはいかない。
しかし人類は感じていた、まるで人知を超えたオーバーテクノロジーで形成されたこのワンダーブックには必ず、世界、いや、宇宙の謎を解き明かす何かがあると。
それ故に、ワンダーブックの魔法錠を解除するために、膨大な時間がかかった。
そこでは、多くの人がかかわり、そして死んでいった。沢山の研究者たちは、失意を胸に志半ばで事切れる。その、果てしない時間は2千年にも及んだ。
しかし、今ついにその謎は、解き明かされようとしていた。それは歴史的瞬間だ。
それは、彼によって、そう、現代において最高の頭脳を持つ、トーマス・バレンタインによって、謎は解き明かされようとしているのだ。
「で、出来た……これで完成だ」
トーマスの声は思わず震えた。ワンダーブックには多くの、著名な学者が携わり、死んでいった。言わばこれは、紡いだ命の結晶といっても過言ではなかった。その重さをトーマスは感じている。
「この魔法式を当てはめれば、最後のカギが解けるはずだ。マ、マジックゲートオープン!」
トーマスがそう唱えると、目の前に光のブロックが浮かび上がる。そのブロックを両手を仰ぐように移動させると、一つの橙色の魔法陣が目の前に完成した。
「で、できた、こ、これを当てはめれば……」
トーマスが右手を振ると、吸い着くようにその魔法陣はワンダーブックへと重なった。まばゆい光を放つワンダーブック。
ひとしきり輝いた後、しばらくすると光はワンダーブックへと集約されていった。
トーマスは、目を見開いたまま足を進める。そして、恐る恐るワンダーブックの表紙に手をかけた。
震える手で表装に触れると冷たい金属の感覚が伝わってくる。そして、ゆっくりとめくり上げるといとも簡単に開くことができたのだった。
「やった、や、やった。せ、成功、だ……つ、ついに!」
トーマスが世紀の瞬間の喜びに浸っている時、それは唐突に始まった。
ワンダーブックが驚くべき速さでめくれ始めたのだ。ページの一枚一枚がかってにめくれていく。トーマスは驚いて、思わず手を放す。
そして、ワンダーブックはあるページを開き、止まるの。
トーマスは、突然のその光景に唖然とする。
すると次の瞬間、本が光りだし、空間に声が響く。
『その者、青き衣をまといて、金色の……って、えっ! これ、だめなの? 私一番好きなんだけど……まあ、たしかに、いつの時代の人かもわかんなかいら、伝わらないか、ってそんなことよりマジックボイスで記録してるんだから、話しかけないでよね。全部入っちゃうじゃない! ご! ごほん! あ、ゔ、うん。えーと。じゃあ気を取り直して最初からね。青き衣って今日はそんな気分じゃないわね。そうだ、黒にしよっと! 黒色のワンピースにしよっ。タイツはお気に入りの縞々でいいかな。そんで、このピンクのベットにふわりと降り立つべし。きらん! どう? えっ? あそっか、映像は見えないんだった。えっ? 何? もう! いいじゃない、話しかけないでよ! 私のやりたいようにさせてよ。聞いてる人は、空気読んでくれるって。ねえ、あなた! 今聞いてる人、大丈夫よね? ね! よし、じゃあ、仕切り直しで――』
その空間に止めどなく響く、捲し立てる少女の声。トーマスは訳が分からない。
『その者、青き……じゃなかった、黒色のワンピースをまといて、ピンクのベットに降り立つべし。目はパッチリして大きく、きれいなブロンドは絹のごとし、天使のごときその風貌。一見ただの高貴な幼女としか思えないが、しかし、その実態は! 我が魔法の道は茨の道。故に咲くっ! 我が足跡には綺麗な薔薇が。大慈大悲の心を持って勧善懲悪、天下無敵の大魔導士エマ・ブリスティアンとは私の事だー! はあ、はあ……やったわ、言い切った。なにっ? そうよ、昨日徹夜で文句を考えたんだから、いいでしょ! え、この手に持っているものは何かって? 魔法の杖だけど? なんで笑うのよ! ペロペロキャンディ―じゃないわよ! これでもすごい能力の杖なんだから。だ、か、ら、口挟まないでって言ったでしょ! もうっ! ちょっと待ってて、最後まで言うから。えーと、つまり、この偉大なる、エマ・ブリスティアンが、世界の平和が脅かされる時に復活を遂げ、すべての災いは去るのだー、あー、なんか棒読みになっちゃった、もう、私が何かしようとするとすぐ口を挟んでくるんだから、えっ? なに? だから、あんたは、ごにょごに……』
そこまでで声は途切れ、ワンダーブックはそのまま光を失い、一瞬で全てのページが朽ち果ててしまった。
その場にただ一人残されたトーマス。そして、その空間を支配しているのはまさに、虚無だった。
しばらくすると、放心していた彼の瞳から一筋の涙が落ちる。
そして、その涙の意味を彼は考えていた。
この世界とは何なのか、宇宙とは、生命とは、我々はどこから来てどこへ行くのか、母さん、思えばこんな遠くまで来てしまいました。
天国から見ているだろう。じいちゃん、父さん、先輩の学者たち……、ワンダーブックに携わった数々の著名な学者達は誰もが、口をそろえて言っていた。
『ワンダーブックにはこの世の全てがある』
(その結果がこれ……それが、こ・れ? んっ? どこかおもしろい響きだな。なんだかア・ラ・モードって感じだ。そういえばアラモードってどんな意味だっけ? なぜプリンを豪華に飾るんだ? んっ? 何の話だっけ?)
トーマスは混乱していた。
そして、次に泣いた。そして、ひとしきり泣いた後、彼はもう考えることをやめた。とにかくやめた。生まれて初めてそのまま一日だらだらと過ごした。
そして決意したのだ。
「よし、もういいや。これからは楽しく生きよう」と。
そこで、彼は全てを公開することにした。
トーマスは、全世界放送で、この星の全ての人々が見守る中、堂々と喋るのだった。
「全世界の皆様、本日我々人類はついにワンダーブックの謎を解き明かすことに成功いたしました。残念ながら、すべての封印を解除した際、ワンダーブック自体は朽ち果ててしまいましたが、私はそのメッセージをしっかりと脳裏に焼き付けました。しかし、今はまだその真意はわかりません。なぜなら、この世界には近々救世主が現れるらしいのです。この救世主が現れた時、本当の意味で全ての謎は解き明かされます。そして、この混沌とした時代を救ってくださるでしょう。現代は厳しい時代です。弱きものは死んでいくしかない。しかし、希望を持ってください。ワンダーブックはこのようなメッセージを残してくれましたーー」
そして、ワンダーブックから読み取ったメッセージをこのように発表した。
――神格をそなえしその者は、金色の霊装をまといて、この地に降り立つ。あふれ出る魔力は具現化され、光り輝き、その肉体は何者にも触れることすら出来ない。すべての災いに、どこからともなく現れ、その知識、勇気、魔力を使い、この世界の人々を救済する。それはまさに、全知全能であり、盛り上がった筋肉、輝くシルバーの美しい頭髪、頼もしく、そして勇ましい神である――
これがこの世界に残る言い伝えになった。
そして人々は、その救世主を【金色の勇神】とし、崇拝する事になっていく。
ワンダーブックは、2千年にも及んだ世界の希望だった。だからこそ、誰もがトーマスの言葉を信じて疑わなかったのだ。
その実、言い伝えはトーマスの作り話なのだ。
しかし、誰がトーマスを非難することが出来るだろうか。
トーマスは許せなかった。そして、無念の死を遂げた先輩科学者達に申し訳がなかったのだ。
ワンダーブックから聞こえてきたのは、明らかに幼い子供の声だった。
研究一筋で生涯をささげた結果、ただの子供の悪戯だったかもしれない。二千年にも及ぶ、命がけの失意の念が、ただの子供の悪戯だったかもしれない。
その真実が怖かった。
かくしてトーマスは、この世界で唯一、真実を知る人間となったのである。
後にその事実が発覚した時、彼はこう答えている。
「だって、こわかったんだもん」
そして、開き直ったトーマスは、堕落した生活を極め、伝説の遊び人となるのだが、それはまた別のお話。
これは、今よりもほんの少し、いや結構未来の話。科学が発達しその後、魔法が生まれた、そんな時代の地球でのお話。
今や世界は、まさに自然界と同じ条件になった。
弱き者達は救いを求めていた。ただ力がないという理由だけで、狩られる他に選択肢がない。
さて、大魔導士エマとはいったい何者なのか。ただの悪戯なのか、ワンダーブックの真実はいかに。
そんな世界で繰り広げられる、冒険物語をこれから一緒にじっくりと見ていただければ幸いである。
下記のポイントにて応援いただけると大変うれしいです。ご期待にそえるように日々精進いたします。
よろしくお願いします。
ご覧いただきありがとうございます。




