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69話 蝶(1)

「それで、俺の呼び出しを後回しにしてまでクレハに接触した理由は?」


 クレハたちが完全に部屋から出て行くのを見届けると、俺は背後に控えている部下ふたりに問いかけた。


「何の事でしょう……」


「とぼけるな。場所を間違えたなんてバレバレな嘘が通用すると思うなよ。何があった?」


「さすが殿下。やっぱり気付いておられましたかぁ」


「お前らが揃ってそんな単純なミスするわけないからな」


「それはそれは……お褒めに預かり恐悦に存じます」


「……蝶がいたんだよ、ボス」


「ちょう?」


「昆虫の蝶です。菫の間に向かう途中、ひらひらと王宮内を飛び回っているのを発見しました」


「蝶なんて別に珍しくもないだろ」


 王宮の敷地内には至る所に花が植えられている。そこに蝶が集まるのは不思議でもなんでもない。たまたまそれが王宮内に紛れ込んだのだろう。


「ええ、ですが……」


 レナードは隊服のポケットから畳まれたハンカチを取り出した。それを俺の目の前でゆっくりと広げる。ハンカチの中に何かを包んでいたようだ。


「こんな奇妙な蝶を見るのは初めてです」


「……こいつは」


 ハンカチの中から出てきたのは白い蝶……いや、紙だ。羽を広げた蝶の形に切り抜かれた……ただの白い紙だった。


「これ、私たちが見つけた時は黄色く発光してまるで本物の生きた蝶のような動きをしていたんですよ」


「不審に思って後を追ったら、こいつは中庭の方へ飛んで行った。そしたら庭にはボスの大事な大事な婚約者がいたもんだからさ。なんかあったら大変だろ?」


「私たちはクレハ様の護衛ですからね。得体の知れない物が接近しているのに見過ごすことなどできません」


「そういうわけなんで、今回の遅刻は不問にして貰えると嬉しいんだけどな」


「当たり前だ。むしろお前たちには礼を言わなきゃいけないな」


 場所を間違えたフリをしてクレハの側に付いていたのか。『何をおいてもクレハを守れ』……俺が与えた任をふたりは正しく理解してくれている。


「蝶はしばらく中庭上空を飛び回っていたんですが、しだいに纏っていた光も消えて、この紙の状態になり落下してしまいました。それを私がこうして回収してきたというわけです」


「姫さんは蝶には気づいてなかったみたいだけどな。で、ボスはどう思う? この蝶……とっても不思議だよね。まるで魔法みたいだ」


 魔法……か。ルイスの言うように、ほぼ間違いなくそういった類のものだろう。だとしたら1番可能性が高い犯人はクレハだ。あの子は風を操る力を持っている。大方、この紙の蝶を使って遊びがてら力をコントロールする練習でもしていたんだろう。

 クレハは自身の持つ力を周りに隠している。理由を聞くと、切り札は簡単に見せる物じゃないと言われた。彼女なりの拘りというか考えがあるようで、俺にも内緒にして欲しいと頼まれた。口止めをされる前にセドリックには報告してしまっていたので、クレハが魔法を扱えるのを知っているのは、ルーイ先生と俺を含め3人になる。


 クレハの遊びなら問題はないけれど……


 もうひとつ思い当たる事といえばルーイ先生絡み。あの時の出来事を思い出すと癪に触る。何せ自分の体を好き勝手に利用されていたのだからな。この蝶も、先生の言う彼の上司だという神が関与している事であるのならば……俺たち人間にできることは恐らく無いだろう。

 紙の蝶に触れてみる。やはりただの紙だ。妙な気配は感じない。クレハの魔力の痕跡も残っていないな。


「お前たちが見た蝶はこの1匹だけか?」


「はい。目にしたのも今回が初めてですね。他に目撃者がいるかどうかは分かりませんが……」


「王宮内にまだいるかもしれないな。探ってみようか」


「あっ! もしかしてボス、あれやるの? えーっと……何とか感知」


「魔力感知だよ、ルイス。魔法のような不思議な力の出どころを探索する事ができるんでしたよね。あれとっても綺麗。瑠璃色のキラキラした光がぶわって広がって……」


「……そうだ。だからお前ら1分……いや、30秒でいいから静かにしてろ」


 力の気配を探るのは、なかなかに神経を使うのだ。探索範囲を広げれば広げるほど精度は落ちるし、俺も疲れる。そして、対象の力が弱過ぎると感知できないということだってある。この蝶を動かしていた力自体はそこまで強いものではなさそうなので、今回は正確性を重視して狭域(きょういき)集中……王宮内に範囲を絞り、隈なく調べることにするか。 


 魔力は魔法を発動させる上で、無くてはならない燃料のようなものだとメーアレクト様から教えられた。そして本来、人間が持ち得ない力。

 魔力は血に宿る……ディセンシア家の者には女神の血が流れている。青紫に染まる瞳がその証。けれど、実際に魔法を使える者はほとんどいなかった。とかく本家の人間は魔力を備わって生まれやすいとはいうけれど、それでも少ない。

 他国にも魔法を扱える人間はいる。しかし、俺たちのそれとはかなり勝手が違うようだ。いずれもその土地の神から力を得ているという点に関しては共通しているらしいが……。もし、この蝶が外の人間から悪意を持って放たれたものだとしたら……必ず正体を明らかにしなければならない。

 片膝をつき、利き手で床に触れる。瞳を閉じて、ひとつ大きく息を吐いた。淡い瑠璃色の光が床に置いた俺の手を起点に、勢いよく室内を覆い尽くす。


「わぁっ……」


「すげー、何回見ても面白いな」


「満天の星空みたいだよねぇ。でも、すぐに消えちゃうのが残念」

 

 緊張感の無い兄弟の会話が耳に入ってくる。アイツら……黙ってろと言ったのに……まったく。光は菫の間を通り抜け、王宮全体にも広がっていく。範囲が狭いので、かなり正確に調べられる自信があるのだが……王宮内に怪しい気配は感じられないな。蝶はクラヴェル兄弟が見つけた1匹だけだったのか……それとも、他の蝶も同じように既にただの紙になってしまっているのか。





「どう? ボス。なんか分かった」


「特に変わったものは見つからないな。レナード、この蝶を一旦俺に預けて貰えるか? 確認したいことがある」


「はい」


「お前たちは他に蝶を見た者がいないか調べてくれ。そして、再度この蝶を見かけるような事があれば、すぐに俺に報告しろ」


「了解。確認したい事って……ボスには心当たりでもあるのか?」


「いいや、でも……」


 ……あの方、ルーイ先生ならきっとこの蝶の正体を知っているはずだ。闇雲に突っ走るよりは、思い切って聞いてしまった方がいい。なんせ彼の今の肩書きは、神ではなく先生だからな。


「分からない事は『先生』に質問するのが、解決の一番の近道だと思ってな」

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