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61話 今日からお世話になります

「はい?」


「セドリック……驚くのも無理はないが、しっかりしてくれ。もう一度言うか?」 


「申し訳ありません……お願いします」


 主からの文(ふみ)に従い、温室まで馳せ参じた俺は、扉の前にいたレオン様とクレハ様を発見する。特段変わった様子も無いおふたりを見て安堵した。しかし、そこでクレハ様の隣に見慣れない青年が立っているのに気づく。

 誰だ……うちの使用人ではないよな。腰ほどにもなる長い茶髪に子綺麗な身なり……どこか不思議な雰囲気を漂わせている。

 彼の顔をよく見ると瞳の色が紫色だった。この瞳を見た瞬間、男が普通の人間とは違うと悟った。俺をここへ呼び出した主に詳しい事情を聞くのが先決だな。男の事は一旦後回しにしてレオン様の方へ向かった。そして……いざ話を聞くと、その内容があまりにも突拍子も無く信じ難いものだったため、俺は間抜け面(づら)を晒しながら茫然としてしまったのだった。


「それじゃあ、掻い摘んで言うぞ。こちらにおられる方はルーイ様と仰ってな、メーアレクト様より更に上位に位置する神だ。事情があってしばらくの間、人間と共に生活をすることになった。それで、当面の住居として『とまり木』を提供しようと考えている」


「神……この青年が?」


 見た目は人間と変わらない。メーアレクト様は複数の姿をお持ちだと聞いたことがあるが……この方もそうなのだろうか。今俺が目にしている姿が本来のものかどうかは分からない。メーアレクト様よりも上位の神。どうしてそのような方がここに……


「このメガネ君はメーアレクトと会ったことがあるのか。そうか……それなら俺の存在もすんなりと受け入れられるというわけだ。それでも相当驚いているみたいだけどね」


 男はレオン様と同じ紫色の瞳を細めながら俺の顔を覗き込んだ。


「セドリックさん、ルーイ様の事をどうかよろしくお願いします」

 

「おい、クレハ……お前は俺のお母さんか!」


 クレハ様が俺に深々と礼をした。何故? そういえば、さっきレオン様が聞き捨てならない事を言っていたような……


「えーっと、セドリックさんだっけ? 悪いねぇ……急に押しかけちゃって。でも他に当ても無いからよろしく頼むわ」


「えっ? な、何が……」


 話の流れについて行けていない。少し落ち着いて頭の中を整理させて欲しい。この茶髪の青年は神で、事情があり人間のもとで生活することになったと……人間のもとで……


「ルーイ先生のお立場を考えると、どこでもという訳にはいかないだろう? だから、しばらくは『とまり木』に住んで頂こうと思っている。あそこならお前もいるから安心だからな。頼んだぞ」


 くれぐれも失礼の無いようにと念を押し、レオン様は俺の肩をぽんと軽く叩いた。ちょっと待って下さい……住む場所って――――


「うっ、うちの店ですか!!?」


「だから何度もそう言ってるだろ。大丈夫か、セドリック」


 レオン様は俺に神と同居しろと仰っているのか。いくら主の命でも承服しかねる。どんな風に接したら良いんだよ……どう考えても俺の手に余るだろう。


「ルーイ様、良かったですね。『とまり木』だったらうちの家からも近いですし、何よりセドリックさんと一緒なら安心です」


「そうか、『とまり木』ってクレハが通ってたケーキ屋の事か。そういえばあそこはレオンの店だってメーアが言ってたな」


 クレハ様が件(くだん)の神と会話をしている。それもずいぶんと親しげに。一体どういう関係なんだよ。ぼんやりとその光景を眺めていた俺に、レオン様が小声で話しかけてきた。クレハ様たちには聞こえないようにこっそりと。


「お前の言いたいことは分かる。しかし、相手は神だ……無下に扱うわけにはいかないだろう」


「ですが……」


「すまない。いい場所が店しか思い付かなかったんだ。それに……クレハにまで懇願されては嫌とは言えん」


「クレハ様はあの方と、どういったご関係で?」


「茶飲み友達とか言ってたな。幽閉されていた所をクレハに偶然助けられて、それが切っ掛けで知りあったそうだ」


 身元に関してはメーアレクト様の保証付きなので心配はないそうだが、レオン様も今日初めて会ったので詳しくは知らないらしい。クレハ様は彼にとても懐いているようだけれど……


「俺も出来る限りのことはするから協力してくれ。ご本人もそこまで気を使わなくていいと仰ってくれているからな。部屋は俺がたまに使ってる客室があるだろ? そこをルーイ先生の部屋にして構わないから」


「そう言われましてもね……」


 気を使うなとは難しい話だ……神様だぞ。まず何をすればいいんだ? 部屋の掃除か? 着替えやその他諸々の生活用品も揃えなくては。食べ物は俺たちと同じで良いのだろうか……

 口では否定的な言葉を発しながらも、頭の中ではいつの間にか受け入れる前提での段取りをしている自分にハッとする。待て待て、こればっかりは応じられないだろう……無理だ。無理だろ……うん。


「おい、レオン。俺はこれからどうしたらいいんだ? その店に行けばいいのか」


「そうですね……この後(あと)の事はセドリックに任せましたので、こいつから話を聞いて下さい」


「レオン様!?」


 まさかの丸投げ。レオン様ちょっとやけくそになってませんか。


「ルーイ先生はディセンシア家の遠い親戚で、俺が新しく呼んだ魔法関係の『先生』という設定でいきましょう。店の従業員にもそう伝えます」


「了解。それじゃ、改めてよろしくな! セドリック君」


「は、はい……」


 返事をしてしまった……もう後戻りはできない。それにしてもノリが軽いな。今俺がどれだけこの展開に心乱しているか……この方には想像もつかないだろう。小首を傾げて人懐っこい笑顔を浮かべるそのさまは、俺たちと同じ人間にしか見えなかった。

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