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52話 王宮にて(3)

「リズー!!」


 天使がいる……。知らないうちに天国に迷い込んでしまったのだろうか。天使は青色のドレスをはためかせ、輝くような笑顔で駆け寄ってきた。そして、私の体をその細い腕で抱きしめる。ああ……そういえば前にもこんな事があったような――


「来てくれてありがとう。会いたかった」


「てん、いや……クレハ様……?」


「うん。どうしたの、リズ。ここまで来るのに疲れちゃった?」


「いいえ……クレハ様のお顔を見たら安心して気が緩んでしまいました」


 セドリックさんに王宮内を案内して貰った後、ようやく私はクレハ様のお部屋に行くことができた。

 天使もとい、クレハ様は首をこてんと傾けて私の顔を覗き込む。そんな些細な仕草さえも可愛いらしくて悶えそうになる。日数だけ見ればそこまで離れていたわけではないのに、何だかとても懐かしく感じて涙が出そうだ。本当にお元気そうで良かった。


「あっ、ごめんね。また行儀が悪いって怒られちゃう。リズに会えて嬉しくてつい……」


 クレハ様が言っているのは、以前私に抱きついてカミル様に不作法だと注意された事だろう。お淑やかとは言えない行動かもしれないけれど、今この場にはそれを咎めるような方はいないと思う。ここにいるのはセドリックさんと……


「……レオン様、何をなさっておられるのですか」


 セドリックさんの冷ややかな声がする。抱きついているクレハ様の横から顔を覗かせると、レオン殿下が両腕を広げてこちらをじっと眺めていた。


「だってリズだけズルいだろ。クレハ、俺にもやって」


 ズルいときた……抱きついている行為自体は何も言われなかったが、まさか自分にもしろと催促されるとは思いませんでしたよ。クレハ様は顔を真っ赤にして私の背中に隠れてしまう。


「い、嫌です」


「何で? リズはいいのに」


「リズは女の子だし……私のお友達です」


「俺は婚約者でしょ」


 あの……私を間に挟んでよく分からない言い争いをするのやめて下さいませんか。

 

「セドリックさん……もしかしておふたりはいつもこんな感じなんですか?」


「こんな感じですよ。頑張って慣れましょうね」


 側(はた)から見ているとイチャついているようにしか見えないおふたりの板挟みになり、私はどう反応していいか分からず棒立ちになるのだった。


「レオン様! いい加減にしなさい。クレハ様が困っておられます。大体あなたはいつも好き放題にクレハ様に抱きついてらっしゃるじゃないですか」


「こっちから抱きつくのと向こうから抱きつかれるのとじゃ全然違うだろ!」


 この後もしばらく不毛な争いは続いたのだが、痺れを切らした殿下が私の後ろに隠れていたクレハ様を引っ張り出して、ご自分の胸に抱き寄せてしまった。クレハ様は手足をもだつかせ抵抗してはいたが、殿下には全く効果は無く、大人しくその腕の中に収ることになる。そんなクレハ様を見て殿下は満足したようで、クレハ様を抱きかかえながらそのままソファに腰を下ろした。


「改めて……コスタビューテ王宮へようこそ。よく来てくれたな、リズ」


「は、はい」


 殿下……その体勢でお話しされるんですね。


「先述の通り、君にはクレハの側使えとして王宮に滞在して貰う。仕事についてはロザリーに一任してあるから詳しい事は彼女から聞いてくれ」


 殿下は抱えているクレハ様の頭を撫でながら、私と会話を続ける。クレハ様はというと、殿下の肩口に顔を埋めてプルプルと震えていた。襟足の隙間から見える、うなじまでもが赤く染まっている。ここまでくると少し可哀想に思えてしまうのだけれど、私が殿下に意見することなどできるわけがない。クレハ様には申し訳ないが、この光景を黙って見守ることにする。


 殿下がお側にいられない時は特にクレハ様に付いているように言われた。具体的には殿下が座学をなさっている午前中、そして諸用で王宮を離れている時などだ。それ以外の時間は自由にしても良いとのことなので、その時にお仕事の見学をさせて貰うことにしよう。


「今日この後は自室で休んで貰っても良いし、クレハと一緒に過ごしてくれても良い。俺は席を外すから女の子同士で楽しくやってくれ」


「レオン、どこかに行くのですか?」


 羞恥により俯いていたクレハ様が顔を上げ、殿下に話しかけた。殿下はとても優しいお顔でクレハ様を見つめている。紫色の瞳からは愛おしいという感情が滲み出ているようだった。


「うん。ちょっとリオラドの方にね」


「リオラド……水の神殿ですね! メーアレクト様の」


 レオン殿下は月に3回、リオラド神殿へ祈りを捧げるために赴くのだそうだ。これはディセンシア家の嫡子へと代々受け継がれているとても大切な習わしだと教えて下さった。


「規則だから今はまだクレハを神殿へ連れて行く事はできないけど……数年後には必ず行く事になる」


 楽しみにしておいてと殿下は微笑む。クレハ様はよく意味が分かっておられないようだが、私はクレハ様のご婚約が決まった時に、お屋敷の先輩方から色々話を聞いたので分かってしまった。

 殿下の言う数年後とは、おふたりの結婚式のことだろう。王家の婚姻の儀はリオラド神殿で執り行われる。花嫁は神殿内で禊を行い、女神メーアレクトの御前で誓いを立て、王家の一員となるのだ。


「リズが疲れていないなら、ちょっとだけお話ししたいんだけど……大丈夫かな?」


 クレハ様は私に気兼ねした様子で尋ねた。断るなんて選択肢など、私の中には存在しない。


「はい。もちろんです」


「セドリック、ふたりの事は任せたぞ。俺もできるだけ早く戻ってくるから……」


「かしこまりました」


 クレハ様にお渡ししたい物もあるから丁度良かった。腕に抱えていた布包みを軽く撫でる。クレハ様への贈り物……喜んで下さるといいな。

 気を抜くと顔がニヤつきそうになってしまうのを必死で堪えながら、引き続き殿下のお話しを聞いた。そのせいで表情がこわばっていたのか、殿下にどうかしたのかと確認されてしまい、少々気まずい思いをしてしまうのだった。

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