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4話 ティータイム

「クレハちゃん、起きて大丈夫なの? もうしばらく安静にしていた方がいいんじゃない」


「やっぱり心配だ。念のため医者に診て貰った方が……」


「大丈夫です!! お父様、お母様。風邪気味だっただけで、1日寝たらもうすっかり元気になりました」


「でもモニカの話だと、突然大声を出したり独りごとを言ったりして明らかに様子がおかしかったって……」


「それは……怖い夢を見て寝ぼけていたのです。モニカを驚かせてしまい申し訳ない事をしました」


 昨日起こった出来事をバカ正直に話すわけにもいかない。私はもっともらしい理由をでっち上げて両親からの追及をかわそうとしていた。


「そう……? ちょっとでも気分が悪くなったりどこか痛くなったりしたら、我慢しないですぐに言うのよ」


「はい! お母様」


 まだ納得のいかない表情をしている二人だが、決して無理はしないようにと念を押して、ようやく私の部屋から出て行ってくれた。両親が部屋から離れた事を確認すると同時に、大きな溜息をついてしまう。


「心配してくれるのは嬉しいけど過保護過ぎるんだよなぁ」


 それでも10年前から変わらない二人を見て安心したせいか、昨日からモヤモヤしていた気持ちが楽になる。


「10年前かぁ……」


 私の目の前に現れたルーイという名の神様。彼は18歳の誕生日に殺害されてしまう私の未来を変えるため、時を10年戻したのだという。にわかに信じ難い話だ。しかし、今の自分の姿を見る限り信じざるを得ないわけで……。昨日から何度繰り返したか分からないけれど、私は部屋の壁に設置してある姿見鏡の前に立つ。


「やっぱり……どう見ても子供だよね」


 これからどうすればいいのだろう。もちろん、せっかく貰ったチャンスを無駄にするなんて事はしないつもりだ。けれど具体的に何をしたらいいのか分からない。なぜなら私には『誰かに襲われた』という記憶はあるけど、それ以外は殆ど覚えていなかったからだ。誰にやられたのか、どうしてそんな事になったのか、これから自分の身に何が起こるのか……全く思い出せない。ただ漠然と自身の死の瞬間の記憶だけが残っている状態だ。


「はぁー……」


 さっきよりも大きな溜息をつきながらベッドの上に寝転がる。せっかくやり直しができても何も分からないんじゃ意味が無いのではないだろうか。同じことの繰り返しになってしまうかもしれない。


「あーー!! ダメだダメだ! 弱気になっちゃ……」


 とにかく情報収集だ。身の回りの変化も注意深く観察するようにしよう。そうと決まれば、まずは屋敷の中を探索してみようかな。何か思い出すかもしれないし……

 ベッドから立ち上がると自身を鼓舞するように頬を両手で軽く叩く。そして勢いよく部屋の扉を開けた。











 屋敷の中をひと回りしてみたけれど、特に変わった所は見つからなかった。強いて言うなら……今日から新しい使用人が三人入ったという話を聞いたくらいかな。


「おや、クレハお嬢様じゃないですか。お体の調子はもうよろしいので?」


 厨房の前を通りかかると恰幅の良い中年の男性に声をかけられた。料理長のオーバンさんだ。


「こんにちは、オーバンさん。ええ、もうすっかり元気になりました。大した事ないのにお父様とお母様が大袈裟に騒いだだけなんです」


 そもそも体調が悪いというのがその場しのぎでついた嘘なのだ。屋敷ですれ違う人みんなに気遣われたので後ろめたい気持ちになってしまう。


「はっはっはっ!! まぁ、そう言われますな。おふたり共お嬢様を心配なさっての事ですから……」


 大きな体を振るわせながらオーバンさんは豪快に笑った。


「あっ! そうだ。お嬢様、少しだけここでお待ちいただけますか?」


 何かを思い出したように、彼は小走りで厨房の中へ入っていく。そして茶色の紙袋を持って戻って来た。


「お嬢様がお元気そうで安心致しました。これどうぞ、奥様には内緒ですよ」


 紙袋が私に手渡された。中を覗いてみるとそこには大きめのカップケーキが3個と紅茶の缶が入っていた。


「紅茶は娘のリズからです。お嬢様が体調を崩されたと聞いてとても心配しておりました。体が本調子になられましたら、また遊んでやって下さいませ」


「はい! もちろんです。オーバンさん、ありがとうございます。リズにもよろしく言っておいて下さいね」


 笑顔で彼に感謝を伝えると、オーバンさんもそれに応えるように優しく微笑んでくれた。











 オーバンさんに貰ったケーキと紅茶を抱えて私はご機嫌だった。今日の探索活動はこのくらいにして、お茶の時間にしようかな。

 探索と言えるほど大した事はしていないくせに、まるでひと仕事終えたような気持ちで自室の扉を開ける。


「やっほー! クレハちゃん、こんにちは。1日振り」


「ルーイ……様?」


 その人は昨日と同じようにベッドの上に腰掛けていた。私に向かってひらひらと手を振りながら、にこやかに挨拶をしてきたのだった。









「美味いなぁ! このケーキ。俺、甘い物好きでケーキもそこそこ食べてきたんだけど、その中でも5本の指に入るくらいレベル高いわ。クレハのとこの料理人は良い腕してるね」


「喜んでいただけたのなら良かったです。オーバンさ……料理長にも伝えておきますね」


 ルーイ様はカップケーキが大層気に入ったようで、美味しそうに食べている。リズから貰った紅茶も好みだったのか、おかわりまでしていた。

 昨日の今日で再びルーイ様に会う事になるとは思わなかった。しかもテーブルに向かい合ってお茶会もどきな展開になるなんて……


「あの、ルーイ様……」


「うん?」


「どうなさったんですか? 私に何か……」


 まさか私と呑気にお茶を飲みに来ただけなどということはないだろう。


「ああ、ごめんごめん。ケーキに夢中になってて忘れてたわ。はい、これ。お前に返しておこうと思ってな」


 ルーイ様が取り出したのは祖母の形見のブローチだった。


「お前のばあちゃんから貰った大事なもんなんだろ? ほら」


 早く受け取れとルーイ様が促す。


「ありがとうございます……」


 中央にあった宝石が無くなり、金の外枠だけになってしまったブローチ。手のひらに乗せて眺める。このブローチに付いていた宝石の中にルーイ様は閉じ込められていたと聞いたが、神様が閉じ込められるとはどういう状況なのだろう。ちょっと気になってしまう。


「好きな色は?」


「はい?」


「だから好きな色。赤でも青でも何でいいから言え」


「白……」


「おっけ、白な」


 手のひらに乗せていたブローチが輝きだす。緑色の帯状の光が幾重にも重なり、ブローチを包み込んだ。


「白っぽい宝石……なんかあったかなぁ。あっ! アレにするか」


 パチンとルーイ様が指を鳴らした。何をするつもりなんだろう……。眩しさに細めた目で窺っていると、ブローチを包んでいた光が徐々に収まってくる。光が完全に消えたところでブローチを見ると、宝石が無くなり空洞になっていた場所に青白く輝く石が嵌っていたのだ。


「これは……」


「ムーンストーンだよ。白い宝石も色々あるけど、クレハは女の子だしな。ムーンストーンがぴったりかなって思ったんだ。ムーンストーンは女性を象徴する石って言われてて、女性に対してより高いヒーリング効果があるんだよ。あっ、それに恋愛成就の御守りとしても重宝されてて――――」


 ルーイ様……石に閉じ込められていただけあって石に詳しいな。そんな事を思いながら手の中のそれを眺める。名前の通り月の光を結晶化したような宝石だ。確かに、この穏やかで幻想的な光を見ていると心が癒されるような気がしてくる。


「もしかして、これを私に……?」


「うん。そのブローチも側だけじゃ格好つかないだろ? 美味いケーキと紅茶の礼とでも思ってくれ」


「ありがとう……ございますっ!」 


 こんな高価そうな物をいただいて良いのだろうか。そもそもケーキと紅茶はオーバンさんとリズがくれた物で、私自身は何もしていないのに。

 ブローチを持ったままぼんやりしていると、ルーイ様がそれをさっと取り上げてしまった。


「はい、こっち向いて」


 いつの間にか私の横に移動していた彼は、椅子ごと私の体を自分の正面に向かい合わせると、ブローチを胸元のリボンの上に付けてくれた。


「うん、いいね! クレハの瞳の色にも映えてよく似合う」


 満足そうに頷いているルーイ様。もし兄がいたらこんな感じなのかな……なんて。そんな風に思ったら神様相手に失礼だろうか。









「へぇ……じゃあ、そのリズちゃんがこの紅茶をくれたんだ」


「はい! リズは私よりひとつ歳上で、たまに屋敷に来てくれるんですけど昔から仲良くして貰ってます。しっかりしてて、とっても良い子なんですよ」


 取り留めのない世間話をしながら、ルーイ様とお茶を飲み交わした。先ほどもつい兄のようだと思ってしまったが、こうしていると神様という事も忘れてしまいそうになる。


「あっ……もうこんな時間か」


 部屋にある壁掛け時計を見ながらルーイ様が呟いた。


「そろそろ帰るわ。じゃあな、クレハ」


「ちょっ……ちょっと待って下さい!!」


 私はとっさにルーイ様の服の端を握りしめる。


「何?」


「あの……また来てくれますか?」


「……なんで?」


「なんでって……それは……」


 どうしよう。体が勝手に動いて彼を引き止めてしまった。今後の身の振り方が定まらなくて不安だったからだろうか。縋る気持ちもあったのだろうと思う。


「ふーん……まぁ、別にいいけど」


「ほんとうですか!?」


「そのかわり、美味い菓子を用意しておくこと!」


「はいっ!!」


「それじゃあ、またなクレハ」


 どこからともなく風が舞起こる。昨日と同じだ。私は一瞬視界を奪われて、目を開けた時には……ルーイ様は部屋からいなくなっていた。

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