【2】小笠原拓郎はオタクである。
今回、登場人物による少々過激な他人批判描写がございますが、あくまでそのキャラクター個人の偏見に満ちた戯言となっております。
作者自身の見解とは全く異なりますので、ご了承下さいm(_ _)m
和泉沢高校普通科二年二組在籍。
出席番号六番、小笠原拓郎。
彼は茶木明日香には遠く及ばないにしろ、校内においてある意味の有名人であった。
彼は重度のオタクである。
そしてそれを公言して憚らず、暇さえあればヘッドフォンでキャラクターソングを聞き、気分が乗ればTPOもわきまえず急に歌い出したりもする。
一言で言って変人であり、周囲の人間からは漏れなくそのレッテルを貼り付けられていたが、当の本人にそのことを気にする風は一切見られない。
一口にオタクと言ってもそのジャンル、派生は多岐に渡るが、拓郎は主にアニメキャラクターに対する造詣が深く、それらに向けられる愛情もまた深い。
それ以外にもマンガ、ライトノベルにゲーム等々にも手を出してはいるが、彼のホームはあくまでアニメであり、興味の中心はいつだって愛すべき美少女キャラクター達なのである。
さて、彼は自分が世間からどのような目で見られているかを十分理解していた。
根暗。
陰キャ。
キモい。
底辺。
ロリコン。
犯罪者予備軍 etc.,etc……。
しかしそれが何だと言うのだろうか?
そう言った言葉をこちらに投げかけて、蔑んだ視線を投げかけて、一体どんな反応を期待しているのだろうか?
悔しがってほしい?
それとも嘆いてほしい?
あるいは羨んでほしい?
冗談ではない! と彼は声を大にして言いたかった。
お前達がオタクの何を知っているのだと口汚く罵りたかった。
オタクとは"愛"なのだ。
それも究極の"愛"だと言っていい。
愛すべき相手の全てを知りたいと欲し、その私生活の大半を捧げ、持ち得る情熱を懸命に傾けながら、全身全霊の想いを注ぎ続ける――これを愛と言わずして何だと言うのだろうか。
対してオタクを見下す陽キャ連中はと言えば、やれ合コンだの、やれ彼氏彼女だの、果ては自己顕示欲丸出しの盛れてる盛れてないだのと下劣極まりない醜態を恥ずかしげもなく晒し回っている始末である。果たしてどちらが本当の意味でキモいのかと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。そこに愛はあるんかと問えば、奴らは「ある」と答えるのだろう。だがそんなものはしょせん、薄っぺらな《愛に似た何か》と形容すべき使い捨てアイテムに過ぎない。顔が好みだの胸がでかいだのといった下心全開の理由で軽く付き合いだし、ほんのちょっとのすれ違いであっさり別れたかと思えばその日の内に次の相手を漁り始める。己の欲望のみに忠実で、若い時分に目一杯楽しむことしか考えていない。やらない後悔よりやる後悔とばかりに獣じみた交尾をして当たり前のようにノースキンでフィニッシュである(早口)。
な ん と お ぞ ま し い !
そんな解き放たれしビースト共と比較して、我らオタクのなんと清いことか。
犯罪者予備軍? 笑わせる。少なくとも自分は三次元の連中にも、連中によって行われる出来事にも一切興味がない。
もし目の前に二次元への片道切符が差し出されれば、一瞬の迷いも無くそれを受け取るだろう。
とは言え、三次元の人間と全く接触なく生きているかと言えばそうでもない。
家族は当然として、曲がりなりにも学校生活を送っているわけであるからそこでの関わり合いは致し方ないことであるし、正直なところ"好きなものを共有する同志"というものに関しては割と寛容であったりもする。
要するに、"尊いものを分かち合える仲間"との交流であるならば、彼は自分の信条をほんの少し曲げてもいいかなと思えるのである。
――――――
さて、放課後である。
この時間になると拓郎は、決まって東校舎二階の端にある空き教室へと足を運ぶ。
そこは元々補習授業のためのスペースとして確保されていたのだが、補習自体が視聴覚室で行われることが多くなってしまったため、今では文化祭や体育祭で使用された大道具を仕舞う物置として使用されるに至ったという悲しみを背負った曰く付きの空間である。
ここで頭に浮かぶのが疑問符だ。
そんな場所に変人・小笠原拓郎が、一体如何様な理由で立ち入っているというのだろうか?
その答えは、教室の出入り口である引き戸に雑に貼り付けられた、一枚のコピー用紙に記されていた。
《二次元研究会》
拓郎が部屋に入ると、そこにはすでに二人の男子生徒の姿があった。
「おー、来た来た! 今日の主役のごとうじょーう!」
「お疲れ様です、オガ先輩。ポテトスティック食べます?」
顔を見るや否や騒がしく出迎えた小柄な男子は渡部聖夜、通称タベ。
拓郎とは同学年の別クラス在籍であるが、小学校の頃からの付き合いであり、拓郎曰く"腐れ縁の幼馴染"。
この二次元研究会、通称《二次研》の会長である。
対して柔和な表情でお菓子を勧めてきたポッチャリ系男子は細井一と言い、今年入学したばかり、ピッカピカの一年生である。
二人は大道具が山積みにされた殺風景な教室の中、端に寄せられた机と椅子を必要分真ん中に引っ張り出し、両手にマンガとお菓子を装備しつつダラダラとした時間を過ごしていた。
「相変わらずわけ分かんないこと言ってんなー」
拓郎はぶっきら棒にそう言うと、細井からお菓子のパッケージを受け取り、準備されていた椅子に腰を下ろした。
「おいおい、まさかの自覚なしか? お前、いまや我が校における時の人だぞ。正に話題の中心人物! 良かったなー、お前みたいな根暗の変人がスポットライトを浴びることなんて滅多にないぞ? ま、事が事だけに俺なら絶対にごめんだけどな、ハハッ」
「要領を得ねー」
興味無さげにポテトスティックをかじる拓郎。
そこに、二人のやり取りを見かねた後輩が口を挟んだ。
「あ、あの、オガ先輩、今日二年一組の茶木先輩に暴言を吐いたって本当なんですか? 今どこもかしこもその話題で持ち切りなんですよ。このブス死ねって誹謗中傷したあげく、唾を吐きかけて嘲るように立ち去ったって……!」
恐る恐るといった様子で尋ねる細井の質問。
それに対し拓郎は、まるで未開の民が初めて文明の利器に触れた時のような、驚きと険しさを併せ持った複雑な表情を浮かべた。
「え、誰それ……? 何の話?」
「うわ、マジか、お前ホント良くないよそういうの。せめて自分の学校の有名人くらいは知っておきなさいよ」
「は? お前は知ってたわけ? アキだのサギだのって奴の名前、お前の口から聞いた覚え一切ないんだが?」
「茶木だよ、茶木明日香! お前の隣のクラスの超絶美人! 興味持たれないこと分かり切ってて話題に出すわけねーだろ! それでも最低限存在くらいは知ってると思ってたわ!」
幼馴染の、そのリアル世界に対する圧倒的関心の薄さに頭を抱えるタベ。
そんな彼を見ながら、冷めた表情で拓郎は口を開いた。
「まぁ三次元女のことなんてどうでもいいけど、確かトイレ行った帰りに誰かにぶつかったことは覚えてるなー。向こうから謝ってきたから、『前見て歩けブス』って返しはしたけど、そんなの別に問題ってほどのことじゃねーだろ? 違うか?」
「…………」
「…………」
それは正に自白だった。
何ら悪びれる様子もなく、容疑者が犯行を自白した瞬間である。
二次研のメンバーとしては、きっと些細な行き違いに尾ひれがついてしまった結果、あのような少々過激な噂話として成り立ってしまったのだろうと予想していたのだが、まさかあの茶木明日香に対して最も言ってはならない暴言を吐いたことが事実であったとは、いや、冗談にしても全く笑えない。
「……拓郎」
「……オガ先輩」
「何だよ」
「……拓郎」
「……オガ先輩」
「いや、だから、何だよ?」
「拓郎ぉぉぉぉぉぉ!」
「オガ先輩ぃぃぃぃぃぃ!」
「なにぃぃぃぃぃぃ!?」
「親衛隊の連中が動き出すぞ……!」
「何それ!?」
二次元研究会に突然の危機が迫っていた。
――――――
「いや、いないんだけどな、親衛隊とか」
「タベはホント適当な」
「ホッとしましたよ」
「でも親衛隊ほど組織立ってなくても茶木明日香ファンの過激派は山ほどいるからなぁ」
「夜道には気を付けたほうがいいですよね……」
「チッ……一々大袈裟なんだよ……たかが三次元女にブスって言っただけで何で俺がビクビクしなきゃならないんだ?」
「まずその認識を改めろ、拓郎。女の子にブスって言っちゃいけないの。これ常識。分かる?」
「はー、うっさいうっさい」
「と、とにかく、ちゃんと謝っておいたほうがいいですよ、大事になる前に一刻も早く」
「ならねーよ、大事になんか」
取り付く島もないとは正にこのことである。
それがどんなに一般的な価値観から逸脱していようとも、小笠原拓郎という男は決して自分の主張を曲げようとはしない。
この問題はあくまで自分と、そして茶木明日香という三次元女との間にあるものであり、それを彼女のファンだとかいう無関係の第三者がどう思おうと関知する必要はないと考えている。
茶木明日香自身から何らかのアクションがあれば恐らく相応の反応は見せるのだろうが、最初に彼女が謝ったという事実から自分には非がないと思っている辺りタチが悪い。
しかしだからと言って、全く揺さぶりをかけられないかと言えば決してそうではないのが小笠原拓郎という人間の弱い部分であった。
「まぁならないかもしれないけどさ……でも、年頃の女の子のピュアハートを傷付けるようなことを言ったのは事実なわけじゃない? 噂話もこのペースだと後々とんでもないことになりそうだし、ここはお前が一発謝って手打ちにするのがモアベターなやり方だと思うんだけどなぁ〜」
「いやぁ、ポリシーに反するなぁ〜」
「でもこのままだとお前だけじゃなく、たぶんこの二次研全体も悪者にされかねないぜ?」
「……ん? は? え、何で? ここは関係ないだろ?」
ここで初めて拓郎の目に僅かな焦りの色が浮かんだ。それを幼馴染は決して見逃さない。
「イメージってやつだよ。バスケ部とかサッカー部とかの大きいとこならそうでもねーだろうけど、うちみたいな小規模の会じゃ大抵のことは一括りにされるもんだ。『二次元研究会の小笠原って奴がとんでもない悪人らしい、許せない。しかもその研究会はメンバーがたったの三人らしい。きっとどいつもこいつも似たような悪人に違いない。許せない』ってな具合いにな」
ここで、ガタッと拓郎の椅子が音を立てた。
「はぁ!? 何だよそれ、適当すぎんだろ!」
「いやいや、世の中なんてそんなもんだろ? 大義名分を与えたほうが負けなんだって。この場合の大義名分ってのは、もちろん例のブス発言なんだけどな?」
「…………!」
黙り込む拓郎。タベはそれを見て、チェックメイトとばかりに指で机を叩いた。
「このままだと、きっと俺や細井まで極悪人として全校に周知されちゃうんだろうな〜。その内噂話も盛りに盛られて、二次研全員で寄ってたかって茶木明日香に乱暴したとか言われちゃうんだぜ? 細井なんてまだ高校生活始まって半年も経ってないってのに、もうめちゃくちゃ……はぁ〜〜かわいそ〜〜。ふび〜〜ん」
「え〜!? お、オガ先輩、僕そんなの困りますよ〜!」
「…………!!」
研究会メンバーの二人から注がれる視線。
反論を試みたいところだが、どれだけ考えてみても有効な一手は思いつかなかった。
自分一人がどういう風に思われたところで拓郎という男は大して気にしないことは前述の通りである。
しかし、自分のやらかしたことで周囲の誰かや所属する組織、その他諸々に風評被害が及ぶとなると話は別だった。
小笠原拓郎は、変なところで責任感の強い男なのである。
「……あ、謝ったところで、その事態を100パー回避できるという保証は……?」
「んー、ないかなぁ?」
「だったら……!」
「でもこのままだと100パーなる!」
「くっ……!」
拓郎はうつむき、少しの間机の表面のキズを見つめていたが、やがて立ち上がると「トイレ」と言い残して二次研の部室を後にした。
十分な間を置き、遠ざかる足跡が聞こえなくなったのを見計らうようにして細井が口を開く。
「なります? そんな大事に」
「なるわけないじゃん。流石に無理があるだろ」
「じゃあどうしてあんなこと言ったんです?」
「だって面白そうなんだもん」
「うーっわ」
見事幼馴染の策略に乗せられてしまった拓郎。
果たして、謝罪は無事成功するのだろうか?
続きが気になる! と思って下さった読者の方がいらっしゃいましたら、是非ブクマ・感想等よろしくお願いします。
執筆時のモチベーションが跳ね上がります。