第8話 男たちの秘密 6\13(木)
「ごめん、LINE気づかなかった。心配かけたか」
俺は隣を歩く高梨に謝罪した。
「全く連絡つかないから、バイトサボる気かと思ったわ」
高梨は爽やかイケメン顔をしかめてそう言った。
今日はバイトのシフトが入ってる日。たまたまシフトが同じだったので一緒にバイト先に向かう約束をしていたのだ。
二人はすでに学校を出て町並みを歩いていた。
「悪い、織野に捕まってて」
学校の外なので敬称を略した。
「先生怒らせたのか?」
「うーん、まあ。似たようなものかもしれない」
完全に彼女の私怨だが、説明すると面倒なことになるので適当に誤魔化した。
「今日部活はどうしたんだ?」
「休んだよ。無断で」
「うわ、ひでぇ。顧問の二階堂、怒るぞぉ〜?」
二階堂はその厳しさから全生徒から恐れられる教育指導の教員で、かつ陸上部の顧問を務めている。陸上部の部員たちも二階堂のご機嫌を伺いながら練習している。ましてや部活の無断欠席なんて言語道断である。
「そうなったら織野に頼んで弁解してもらうよ。元々部活を休んだのは先生のせいだし、二階堂は美人に弱いからな」
二階堂は厳しいことで有名であるが、美人に目がないのも有名である。美人の女性を目の前にすると骨抜きになって何でも言うことを聞いてしまうらしい。
本人は隠しているつもりらしいが、あろうことか姪にあたる二階堂霧香、現生徒会長の彼女によって全校生徒にバラされてしまった。ちなみに二階堂はそのことを知らない。
「織野ならこれ以上ない適役だな」
高梨は俺の意見に全面的に賛成する。
織野はこの街でも指折りの美人だ。彼女からの言葉なら二階堂はほの字になって何でも聞いてくれるだろう。
高梨はカバンを持ち直すと、感慨深そうに話を続けた。
「最初あのカタブツが美人に弱いなんて聞いたときは驚いたよ。男子だろうが女子だろうがお構いなしに怒鳴り散らすような奴だしな。まさか二階堂にも人の心があったなんてなぁー」
「確かにな。しかもそれを生徒会長からバラされたのは流石に同情する」
「男なら誰にも知られたくない秘密の一つや二つあるしな。それを全校生徒が知ってるだなんて俺だったら発狂するわ」
二階堂にシメられたことがある俺たちですら同情を禁じ得ない。それほど男の秘密はアンタッチャブルなものなのだ。
「けど生徒でも美人な人っているよな?志垣とか園田さんとか。なんなら生徒会長も美人だろ」
高梨は腕を組み直すと、不思議そうに言った。
高梨が言った志垣、園田さん、生徒会長の三人は、つい1週間前、全男子生徒からのアンケートを集計し、発表された"美人だと思う人ランキング"でトップ3に選ばれる方たちである。
志垣は俺たちと同じ2年生で、ミステリアスな深窓の令嬢系美人。
園田さんは3年生で、演劇部に所属する宝塚男役系美人。
生徒会長も3年生で、全校生徒の頂点に君臨するカリスマ美人。
それぞれ異なる属性を持っている彼女たちは、ほぼ全男子からの票を三分している。
因みにこのランキングの集計を行っているのは、あろうことか生徒会である。
「生徒は守備範囲外なんだろ。そこら辺の良識があるだけマシだよ」
学校には男子生徒を誘惑するような頭のおかしい女教師もいるのだ。誰とは言わないが。
「確かになぁ〜。教師が生徒に惚れたら問題だよなぁー」
高梨はそう言って頷くと、俺の方を向いてこう言った
「ところで瀬尾。さっき何で織野と見つめ合ってたんだ?」
「・・・何のことかな?」
「言えないようなことしてたんだ?」
先生から告白されてたなんて言えるわけがないので高梨の問いにトボけるしかなかったが、逆に怪しまれてしまった。
「羨ましいぜ、瀬尾。超美人でナイスバディの織野と密室で二人っきりで見つめ合うなんて」
「32歳だぞあの人」
「馬鹿か。それがいいんだろうが!」
コイツ、そう言えば年上好きだったか。
「東條さんという存在がありながら、瀬尾が別の女に手を出すとはなぁ〜」
「出してないわ! そして何でここで東條の名前が出てくるんだよ!?」
東條とはそいう仲でもないし、織野に手を出してもいない。手を出されそうにはなったが。
「東條さんもナイスバディだからなぁ〜。お前巨乳好きだろ?」
「男ならだいたいみんな巨乳好きだろ」
この世の真理だと思う。男はみんな、なんだかんだ言って大きなおっぱいが好きである。
「そりゃそうだが・・・。あれ?けど薄羽さんはそうでもないよな?」
「は?何でお前が薄羽のこと知ってんだよ?」
突然、高梨から薄羽の名前が出て動揺する。俺と薄羽の仲の良さを知っているのは陸上部の部員ですら一部の人しか知らないはずである。なら何故バスケ部の高梨がそのことを知っているのか。答えは一つである。
「松川から聞いた」
「アイツ、後でシバこう・・・」
同じ陸上部の松川くらいしかいない。彼は俺と薄羽をやたらくっつけようとしてくるのだ。まさか高梨にも吹き込んでいるとは思わなかった。このまま放っておくと学校中のみんなに広まりかねない。彼は人望を集めるが故に発言力があるのだ。
俺は松川に対し制裁を与えることを決めていると、高梨は何かに閃いた。
「ん?そう言えば先生も東條さんも彼女も・・・。ああ、そういうことか」
「何?」
「お前さては、長身フェチだな?」
ご名答。
「けどお前との身長差凄くない?・・・ああなるほど、それが好きなのか。珍しい性癖をお持ちですねぇ〜」
またもご名答。物分かりが早過ぎて取り繕う間もなかった。
高梨がしたり顔でこちらをうかがう。癪だが認めざるを得ない。
「・・・誰にも言うなよ?」
「ああ勿論。誰にでも知られたくない秘密はあるもんだ」
二階堂の一件もあり、俺は男の秘密をバラされる恐ろしさを目の当たりにしている。もしバラされたりなんかしたら俺の高校生活が壊滅する可能性もある。
「・・・絶対に言うなよ?」
「言わない言わない。信用できないのか?それともフリ?言いふらせってコト?」
「お前本気で言ってるなら殴るぞ」
「すまん。冗談だ冗談。だからそう怒るなって」
俺が拳を挙げて威嚇すると、高梨に宥められた。
本当に大丈夫だろうか。どうやら俺の性癖を知って面白がっている節があるので心配だ。
俺が拳を下ろすと、高梨が昔のことを思い起こした。
「昔はあんなに身長の話にナイーブだったお前がねぇ?人は変わるもんだなぁ」
中学生の時は確かに身長の件で荒れていた時期がある。自分の身長を伸ばすために色々努力していた時期だ。周りの人の身長が伸びていくのが羨ましくて嫉妬していた。
「まああれから2年も経ってるからな。変わりもするだろ」
「もう2年か、お前がバスケを辞めてから」
中学生の頃、俺はバスケ部に所属しており、高梨とも一緒に練習をしていた。入部当初は同級生の中で一番センスの良かった俺が、レギュラーに一番近いと目されていた。事実、誰よりもバスケを中心に考えていたし、誰よりも練習を重ねていた。夏の大会までに俺も自分がレギュラーになることを信じて疑わなかった。
しかし、身長を原因に監督によって大会出場メンバーから外された。監督に抗議をしにいくと、バスケは身長が全て、センスは二の次とハッキリと言われた。このときはまだ中学1年生だったのもあり、身長はいずれ伸びるだろうと軽く考えていた。事実、他の1年と比べても俺の身長は特別低いものではなかったからだ。
しかし2年生になると、周りと身長差がつき始めた。バスケの実力は部の誰よりも自信があったが、またも監督によって夏の大会メンバーを外された。また俺が抗議しにいくと、1年前と一字一句同じことを言われた。あまりの悔しさに涙が出た。この日から俺は身長を伸ばすことに全力をかけ始めた。
しかし結果は知っての通りである。
3年生になっても身長は伸びなかった。むしろ、周りのとの身長差は大きくなるばかりであった。どうせ今回も大会メンバーに選ばれないと思いながらも、一縷の望みにかけて練習だけは続けていた。すると、監督は俺を最後の夏の大会の出場メンバーに選んだ。遂に俺の努力が認められたんだ、と意気揚々と大会初戦に出場した。
しかし俺は何もできなかった。相手選手との圧倒的な身長差に俺の技術は一切通用しなかったのだ。監督の言うことは間違っていなかった。むしろ間違っているのは、適性もないのにがむしゃらに努力し続けた自分の方だったのだ。
その試合を最後に、俺はバスケから離れた。俺がその日味わった失望は、俺からバスケのみならず、この世の全てへの情熱を失わせた。
バスケ部を辞めてはまるで廃人のように無気力、無感情な生活を送った。そんな俺の姿を高梨はずっと見てきたのだ。
「むしろ、2年でよくここまで立ち直ったと褒めて欲しいよ」
「あのときのお前はホントに見るに耐えなかったからな。身長がコンプレックスだったお前が長身フェチになるなんて、世にも奇妙なことがあるもんだねぇ〜?」
高梨は腕を組んで感慨深そうににしている。
あの頃は周囲の身長を妬んで、やつあたりで誰彼構わず酷い言葉を浴びせていた。勿論高梨も例外ではないが、彼だけは俺の心情を理解してくれて、優しい言葉をかけてくれた。俺がバスケ部を辞めた後も様子を気にかけてくれていた。
「お前には本当に感謝してるよ。高梨」
「俺は何もしてないだろ?変わったのはお前自身が頑張ったからさ」
このイケメンは爽やかな表情でそう言った。そこらの女子が言われたら卒倒しそうな格好良さである。男の俺が言われてもソッチの趣味はないのでなんともないが。
「お前何で彼女できないの?」
高梨は俺が知ってる限り、中学生の頃からから一度も彼女を作ってない。
顔もいい、性格もいい、スポーツ万能、学業成績中の上。こんな良物件の高梨を周りが放っておくとは思えない。それ故にどうして彼に彼女がいないのか不思議でしょうがなかった。
「え?俺、彼女いるよ?」
「えっ!?マジっ!?誰っ!?」
あまりの衝撃に語彙力がJKになった。今までそんなそぶりもなかったし、浮いた噂を一度も聞いたことがない。一説にはホモとか言われているし、高梨の彼女いる発言はまさしく青天の霹靂だった。
驚愕する俺に、みんなには秘密な、と一言付け加えると小さな声でこう言った。
「高麗亭の看板娘だよ」
「高麗亭?あの定食屋?」
「そ。よく行ってたとこ」
高麗亭とは俺たちが中学時代、バスケ部の練習のあとよく行っていた、街角の小さな定食屋である。一人前の食事がワンコインで食べられ、ご飯も大盛り無料なのだ。育ち盛りの俺たちはそれはもうご贔屓にさせて頂いた定食屋だった。
だからこそ、俺は高梨が言っている意味がわからない。
「看板娘?誰それ?そんな人いたっけ?」
通い慣れた場所なだけに、その看板娘という表現に違和感しかなかった。あのお店は年老いた夫婦と、給仕の中国人の3人で切り盛りしている。
「いるじゃん。給仕の女の人だよ」
その中国人は確か夫が日本人で、来日してまもなく先立たれた未亡人だったはず。夫との子を身篭っていた彼女が行く宛もなく途方に暮れているところ、彼女の境遇を不憫に思った老夫婦が彼女を看板娘として自分の定食屋に雇った、という話を聞いたことがある。
「は!?お前の言う彼女ってミンさん!?あの未亡人の!?」
「そう」
「オバサンじゃねえかっ!?」
「失礼だぞ」
まさかその中国人のことだとは思わなかった。確かにミンさんのカタコトの日本語で愛想よく笑顔で挨拶されると心が温まるが、言うても年はオバサンである。確か40は超えている。高梨の年上好きは前から知っていたが、そこまで守備範囲が広いとは思っていなかった。
更に彼の言うことが信じられない理由がもう一つある。
「だってあの人子供いるじゃん!」
「ファン君のこと?彼はいい子だよ。この前俺にプレゼントをくれたんだ。いつもお母さんのそばにいてくれてありがとうって」
「ファン君今いくつ?」
「16歳」
「タメじゃねえかっ!!」
自分の子供と同年代の男を彼氏にしているのかよミンさん・・・。高梨も自分の母と変わらない年齢の女性と付き合うなんて。年上好きではなく熟女好きだったのか。
衝撃発言の連発に混乱する俺だったが、心を落ち着かせようと大きく息を吸った。
「ミンさんと付き合ってるのはわかった。それで?いつから付き合いはじめたんだ?」
「来月で3年目」
「おいおい、俺がバスケ部を辞める寸前じゃねえかよっ!!」
またも衝撃の事実である。高梨は中学3年生の7月からミンさんと付き合いはじめたことになる。その頃の俺は周囲に当たり散らしていて、周りから腫れ物のように扱われていたときだった。
「ミンさんがいなかったら今頃俺はお前の側にいなかっただろうな」
「あれミンさんの入れ知恵かよ!?」
高梨が俺のそばを離れなかったのも、全部ミンさんのおかげらしい。あのときかけてくれた優しい言葉も全部ミンさんが考えただった。高梨=いい人という評価が揺らいでしまう。
高梨の告白のインパクトが大きすぎて、俺の心が耐えられそうもなかった。
「マジかよ・・・。もう受け入れらんねえよ・・・」
「男はみんな秘密の一つや二つ持ってるもんだ」
「そこまでヤバいものは誰も持ってねえよっ!?」
ツッコミ続けるのもそろそろ体力の限界である。これからバイトだというのに。
「何でそんなこと教えてくれたんだ?
「お前の秘密も知ってしまったしな。これでお互い様だ。そうだろ?」
お互いの秘密を共有することで、互いに言いふらすことの抑止力になる、と言うことだろう。高梨は自分の秘密を俺に明かすことで、俺の秘密をバラさないと言う誓いを立てたのだ。
「・・・お前、やっぱいい奴だな」
「だろ?感謝してくれよ。だからバイトで稼いだ金半分寄越せ」
「は?何でだよ?」
「口止め料」
「口止め料!?さっきの誓いは!?お互いの秘密を共有する男の約束は!?」
「俺もミンさんも3年目だし、そろそろ結婚を前提とした付き合いをしようかと思ってるんだ。だからみんなに関係を明かすのも今が頃合だと思うんだよね」
「まだ結婚できないだろ!?高梨が18にならなきゃ!?」
「だから婚約だよ。18歳になったらミンさんと結婚できるように今のうちから準備を始めるんだ」
「はやすぎない!?お前まだ高校生だろ!?」
そんな言い合いをしているうちにバイト先のファミレスにたどり着いた。高梨が業務員用の出入り口のドアを開けると、爽やかにこう言った。
「結婚式の予定が決まったら、お前にも紹介状送るからな。ご祝儀よろしく!」
「だからまだ早えっつってんだろっ!!」




