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第7話 教師と生徒 6\13(木)


「何で俺がこんなことを・・・」


 時は放課後、学生が各々部活に励んでいる中、一人の男子生徒がボヤいた。俺である。

 本来この時間には陸上部の練習があるので今頃部室にいなければならないのだが、それができない理由があるのだ。

 俺は今中身の詰まった段ボールを運んでいた。運ぶあいだに段ボールの蓋に顎がつくほど高さがある。中には書類が大量にが入っているのか、見た目以上に重い。少し運ぶだけで息を切れる。


「ほらほら、シャキッと動いて。男の子でしょ?」


 後ろを歩く長身の女教師がボヤいた俺に喝を入れた。

 この教員は織野夏海。俺のクラスの担任で社会科を教えている。容姿端麗でまさにボンッキュッボンッのお手本といった抜群のスタイルをしている。年上好きの男子生徒からの支持は厚い。

 俺は今この人に命令され、大量の資料を社会科準備室に運んでいる。その隣だ織野先生は俺と同じ大きさの段ボールを運びながら平然としていた。


「先生は力持ちっすね・・・」


「君こそ、もうちょっと身体鍛えた方がいいんじゃない?」


 俺の嫌味に毒舌で返す織野先生。片膝をついて休む俺を置いて先に行ってしまう。


「先行ってるわね瀬尾くん」


「え!?ちょっ、待ってください!」


 俺は重たい段ボールを持ち直すと、去りゆく織野先生を必死に追いかけた。


「やればできるじゃん」


「俺もまだ若いんでね」


 俺の皮肉に織野先生のこめかみに筋が入った。


「ふーん。瀬尾くん、じゃあこれも持ってくれる?」


 そう言うと俺が持っている段ボールの上に、自分が持っていた段ボールを重ねてきた。腕にかかる負担が突然倍増して俺は思わずバランスを崩してしまう。


「ええっ!?ちょっ!?無理っ!二つは無理ですって先生!!」


「先生に生意気なことを言った罰でぇ〜す。そんじゃ、一人で頑張ってねぇー」


 俺の嘆願を聞き入れない織野先生は、ルンルンしながら先に行ってしまった。

 取り残された俺は目の前の荷物を眺めて絶望しながら、力を振り絞って歩みを進めた。





「はぁっ・・・。はぁと・・・。やっと終わったっ・・・!」


 あのデカブツを目的地の社会科準備室まで運び終えた瞬間に、膝をついて息を整えた。


「ありがとう瀬尾くん。助かったわ」


 息を乱す俺を労った織野先生は、段ボールを開けて中身を改め出した。

 この女に不当な重労働を課された俺は、彼女に恨み節を言った。


「何で僕なんですか?荷物運びならもっと力強そうな人に頼んでくださいよ」


「あらっ?昨日のこと、忘れたとは言わせないわよ?」


 昨日のあのあと、俺はいつになくハイテンションの薄羽と共に夜までカラオケで歌い通した。

 薄羽は歌が上手いようで色んな歌を綺麗に歌い上げた。俺のリクエストも快く聞いてくれて、アイドルソングもノリノリで歌ってくれた。流石にデスメタルを女の子が出したとは思えないデスボイスでシャウトし出したときは面食らったが。


 だがその後に災難待っていた。

 カラオケ店から出たあと、街中で織野先生に遭遇してしまったのだ。しかも今まさに彼氏に捨てられんとするところに。

 織野先生の目を盗んで撤退しようとしたところ、薄羽が路上の空き缶を蹴飛ばしてしまい、織野先生に見つかってしまった。


「いいわね、若いって。瀬尾くんは後輩の女の子と二人でカラオケですって。うふふ・・・」


 完全にフラれた腹いせである。自分の教え子が男女でいるだけで嫉妬の対象になるらしい。


「カラオケ行っただけじゃないですか・・・」


「密室で男女二人っきり。何もない訳じゃない?」


「ないですよっ!」


 教師とは思えない発言だった。この人の頭ん中は男女は即合体のモラルハザードが起きているようだ。


「薄羽さんねぇ・・・。良いじゃない?純粋そうだし、可愛げがあって。一途よきっと」


 聞いてもいないのに薄羽の評価を始める織野先生。


「身体も細くてモデルみたい。けど胸のお尻はまだまだね。私の方が大きいわ」


「高校生と張り合うなよ・・・」


 確かに薄羽は身長が高いが、スリムな体型で出るとこはまだ出ていない。それに対して織野先生は前述の通りの体型をしているので、それに比べるとだいぶ貧相に見えてしまう。そもそもまだ薄羽は15歳の女子高生なので、大人の織野先生と比べるのはどうかと思うが。


「瀬尾くん」


「何ですか?」


「私のこと、どう思う?」


 織野先生は至って真面目に聞いてきた。イマイチ要領の得ない質問だが、恐らく俺の評価を訊いているだろう。


「・・・そうですね。美人だと思います」


「そうよね。私って美人なのよ」


 織野先生は自分の容姿にかなり自信をお持ちである。実際顔は人気女優に引けを取らないほど整っているし、スタイルも完璧といっていい。ファッションセンスもあるので、ひと度街中を歩けばすれ違う男はみんな振り返る。


「先生なら男なんて選び放題じゃないですか?」


「確かに若い時はそうだったわ・・・。あの時は何も考えずやりたいようにやったわ」


「今でもお綺麗じゃないですか」


「あからさまなお世辞をありがとう、瀬尾くん。けど女の魅力って見た目じゃないのよ・・・」


 やたら悲壮感の伴った呟きだった。完璧な容姿を持つ彼女でも男女関係に悩んでいるようだ。フラれるとき彼氏に何が言われたのだろうか。


「瀬尾くん。私がもしあなたに『付き合って』っていったらどうする?」


 織野先生が突拍子もないことを訊いてきた。先生の美貌で見つめられ一瞬ドキッとするが、平静を装って先生を諭す。


「教え子を誘惑しないでくださいよ・・・」


「大人になるとみんな社会の荒波に呑まれて段々心がけがれていくのよ。どんなに優しい言葉を掛けてくれても、心の中でどう思ってるかなんてわからないのよ。この世の男はみんなそう。誰もみんな自分のことばかり、相手の気持ちも知らないで。ホント自分勝手。結局誰も私のことなんて見てくれてないの。あんな奴らに振り回されて狂わされるくらいなら、いっそ青臭くてもいいから純粋な学生の方がいいのかも・・・」


 相当病んでいらっしゃるようだ。今までどんな経験をしたのだろうか。まともな男性と出会いがなかったのは心中お察しする。


「きっといつか素敵な人に出会えますよ」


 何も言わないのは失礼かと思い、無責任な言い方だが織野先生を励ました。

 彼女は案の定ため息に混じりにこう言った。


「わかってないわねぇ。そのいつかが今じゃないと困るのよ」


 織野先生は見た目こそ美人だが、年齢は32歳。子供を作ることも考えてそろそろ結婚しなければならない年齢だ。


「昔とは違って結婚を前提とした付き合いじゃないとダメなのよ。肌のハリも20代の時に比べて落ちてきたし、この美貌も段々衰えていってるの。化粧にかかる時間も増える一方なの」


 自分の美貌も永遠じゃない。その事実が彼女を焦らせているようだった。


「学生時代の友達はみんな結婚して子供を産んで、幸せな家庭を築いているそうよ・・・。その写真を当て付けのように毎日毎日SNSに投稿して見せつけられる私の気持ちがわかる?」


 俺は織野先生の怒涛の愚痴発言に言葉を詰まらせる。

 先生ほどのスペックの持ち主がそういった悩みを持っているとは夢にも思っていなかった。

 黙る俺を見て、先生はため息をついた。


「分からないわよね・・・。そりゃそうよ、まだ高校生だもんね。けどいずれ瀬尾くんにもわかる日が来るわよ。いや、瀬尾くんには薄羽さんがいるかぁ〜。やっぱり若いってズルいわ!」


「だからそんなんじゃないですって・・・」


「あら?薄羽さんのことは嫌い?」


「そういう訳じゃないですけど・・・。俺をからかってどうするんですか」


「やつあたりよ。昨日のね」


「やめてください」


 まったく、教師の風上にも置けない人だ。彼氏にフラれた鬱憤を教え子で晴らす教師がこの世のどこに居るのか。


「私が昨日、彼になんて言われたと思う?」


 織野先生が急に神妙なトーンで訊いてきた。俺にやつあたりするくらいだ。相当ショックなことを言われたのだろうか。


「重いって言われたのよ。彼を思ってやったことなのに、彼には束縛されているように感じてたみたい」


 献身的な振る舞いがむしろ逆効果になってしまった。そんなところだろう。男女関係が終わる原因としてよく聞く内容だ。しかし自分の美貌を盾に自由気儘に生きていそうな先生が彼氏には献身的なのが意外だった。


「けど一番許せないのは、そのあと物理的に重いって言われたことよ。何よそれ、私が太ってるって言いたいの!?」


 そっちの方がショックなんかい!とツッコミを心の中で入れる。

 確かに織野先生は170cmを超える長身で、かつ女性らしい膨らみも充分以上に付いている。また若い頃はテニスで全国大会に出場するほどのスポーツ女子なので、さっきの重い段ボールを軽々運べるほどの筋肉もあるようだ。

 そう考えると失礼だが織野先生の体重は予想がつく。


「確かに重いわよ私。けど仕方ないじゃない。これでもちゃんと毎週ジムで運動してるのよ?そうでもしないとクビレを維持できないし、無駄な贅肉も付けたくないわ。けどお陰で筋肉もついちゃったのよ」


「体重いくつなんですか?」


 訊いて欲しいのだろうか。失礼なのは承知で訊いた。


「レディに体重訊くなんて失礼よ」


 やっぱり先生になじられた。しかし、先生は続けて答えてくれた。


「この前測ったら60kg超えてたわ・・・。今まではずっと59kgを維持してたのに」


 予想以上に重かった。先生の身長で60kgなら適正体重だが、絞るべきところはちゃんと絞った理想的な体型をしているので、外目からはもっと軽そうな印象を受ける。


「きっとお酒を飲みすぎたせいね・・・。それも全部アイツのせいよ!アイツが毎日のようにお酒に誘うから付き合ってあげたのに。私が重いですって?仕方ないじゃない!?そういう体質なんだから!私が体重を落とすためにどれだけ頑張ったか!それをよくもまあ面と向かって言ってくれたわねっ・・・!」


 織野先生は拳をドンっと机に打ち付けて苛立ちをあらわにする。そんなに自分の体重を指摘されたのが気に食わないのだろうか。

 怒りを吐き出してスッキリしたようだ。一息ついて俺を見ると、慌てて背筋をのばした。お怒りモードの自分を俺に見られて恥ずかしくなったのか、少し顔を赤くしていた。


「ところで瀬尾くん。あなた体重いくつ?」


「43kgです」


「軽っ!?私よりぜんぜん軽いじゃない!あなたホントに高校生!?」


 確かに43kgは男子高校生にしてはかなり軽い部類だろう。生まれてこの方贅肉なんてつけたことがないし、筋肉をあまりない。陸上をやってはいるものの、長距離はつけすぎた筋肉は逆に足枷になってしまう。


「ちゃんとご飯食べてる?栄養足りてないんじゃない?瀬尾くん、身体も小さいし・・・」


「余計なお世話ですよっ!ご飯もちゃんと食べてますから!それでも伸びないんですっ!」


「運動・・・はしてるわよね?陸上部だし。うーん・・・。どうしてそんなに軽いの?」


「先生と一緒ですよ。体質なんです」


「・・・なんだ。瀬尾くんも私と同じじゃない」


 俺が自分の低身長をコンプレックスに感じているように、先生もまた、自分の体重をコンプレックスに感じているようだ。

 二人ともなくすための努力はしていた。しかし良い効果は得られなかった。コンプレックスは簡単に解消できないからコンプレックスなのである。


「辛くなかった?」


「僕はとうに諦めました。悲しんでてもしょうがないですから」


「前向きなのね」


「だから先生も胸張って前に進めばいいんですよ」


 俺は真剣に答えた。


「せっかく美人なんですから、堂々としてればいいじゃないですか。他人から何と言われようと先生は先生です。体重も含めて周りに受け入れさせてやればいいんです」


「・・・まだ若いくせに知ったような口を聞くじゃない。それがどんなに大変なことか分かってて言ってるの?」


 織野先生は俺の言葉を聞いて眉を歪めると、苛立ちを含んだ口調で言った。先生は俺よりもずっと長い年月を生きている。まだ尻の青い男子高校生からのアドバイスを聞き入れるつもりはないのだろう。

 だからこそ、俺は胸を張って答える。


「もちろん知ってますよ。自分のコンプレックスに向き合って克服しようと頑張っている奴を、俺は一人知ってます」


 薄羽のことである。過去のトラウマによって発生した身長コンプレックス。それは一種の男性恐怖症を伴って彼女を苦しめている。しかし、彼女は今それを乗り越えようとしている。

 昨日カラオケに行く途中に薄羽に言ったように、そんな頑張る彼女をそばで支えると心に誓った。彼女が自分の過去を克服するまで見守ると誓った。だからこそ自分のコンプレックスに打ち勝つ、それがどれだけ大変なことなのかは誰よりも理解している。


「アイツがもがき苦しみながら必死に乗り越えようとする姿を誰よりも近い場所で見てきました。そしてその姿を一番近くで見守ると誓いましたりアイツのために最後まで力になると心に決めました。だからこそ、その辛さは理解できます」


「・・・どうしてその人の力になることにしたの?あなた自身には何もいいことないでしょう?」


「俺がそいつにそう頼んだからです。コンプレックスのせいで自分の魅力に気づかない彼女は見るに耐えませんでした。彼女が自信を取り戻して前を向いて進む姿が見たかったんです。だから俺にはそいつがコンプレックスに打ち勝つのを、最後まで見守る義務があるんです」


 織野先生は俺の言葉を聞いて表情を和らげた。


「・・・優しいのね、瀬尾くん。その人が羨ましいわ」


「好きでやってることですから」


「そう・・・。見直したわ。あなたちゃんと男気あるじゃない。今までは口の悪いガキんちょだと思ってたけど」


「ガキんちょって・・・」


 高校生とすら思われていなかったようだ。口が悪いのは認めるが、教師が教え子にかける言葉じゃない。


「ところで瀬尾くん。一つ質問なんだけど、本気で答えてもらっていい?」


「何ですか?」


 織野先生は立ち上がって俺の目の前に立つと、足を折り曲げて俺と顔の高さを合わせた。そして両手を俺の肩に置くと真剣な眼差しで見つめてきた。彼女の整った顔立ちに思わず胸がときめいて背筋を伸ばし、彼女のつぐむ言葉を待った。






「私の彼氏にならない?」






 とてつもない爆弾発言をだった。


「いい訳ないだろこの変態教師!」


「え〜、私結構いい女よ?見ての通りスタイルいいし、彼氏には意外に献身的よ?瀬尾くんを退屈させたりはしないわよ?」


「そういう問題じゃねえ!教師が生徒と付き合って社会的に許される訳ないだろ!」


「バレなきゃ大丈夫よ」


「アンタホントに教師かっ!?」


 やっぱりこの人の頭の中はモラルハザードが起きている。いくら何でも学生に求愛するのは犯罪行為だ。

 そのとき、突然部屋の扉が開いた。


「失礼しまぁーす」


 準備室の入り口を見やると、俺を探していたらしい高梨がドアを開けて立っていた。

 彼は今の俺たちの様子を見てどう思っただろうか。織野先生が俺の肩に手を置いて顔を近づけているこの状況を。高梨はそのイケメン面に驚きの感情を張り付けて硬直した。


「高梨くん!部屋に入る時はまずノックするのがマナーでしょう!?」


 織野先生は俺から跳びのくと、姿勢を正して高梨を叱責する。言葉の節々に焦りを感じるが、言っていることは教師らしく正論である。


「あっ、はい。すんません」


「次からは気をつけてね?それでどうしてここに来たのかしら?私に何か用?」


「瀬尾を探してたんです。部活にも出てないしLINEも既読がつかないからおかしいなって思ってたら、ここから瀬尾の声が聞こえたので」


「瀬尾くんには荷物運びを手伝ってもらってたの。今ちょうど終わったところよ。手伝ってくれてありがとう、瀬尾くん。もう帰っていいわよ」


「あ、はい。お疲れ様です。織野先生」


 あっさり俺を解放した織野先生は忙しそうに段ボールの中身を改め始めた。邪魔だから早く出て行けということらしい


「「それでは失礼します」」


 高梨と一緒に社会科準備室を出る。廊下の窓から夕陽が差し込み、床はオレンジ色に染まっていた。


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