第5話 昼休み 6\12(水)
「薄羽さんとはうまくいってんの?」
昼休み。いつものように学校の屋上で母の作った弁当をつついていると、隣で惣菜を頬張る眼鏡の男子学生が俺に問いかけた。
「まるで俺と薄羽が付き合ってるのが前提みたいな質問だな」
「あんなにイチャイチャして付き合ってないながおかしいよ」
「あれがイチャついてるように見えんのかお前・・・」
男子学生こと松川理人は肩を竦める。松川は高校に入ってからの友人で、俺と同じ陸上部に所属している。部活は同じだが俺は長距離、松川は短距離を専門にしているので練習メニューは別である。
昨日のジョギング練習も長距離部員のメニューであって、松川のように短距離部員は学校でドリル練習をしていた。
「昨日も二人きりでジョグしながら痴話喧嘩してただろ?」
「何で知ってんだよ・・・」
誰かに見られていたのだろうか。俺の知り合いとすれ違った覚えはないが。
「見なくても分かるわ。お前らウキウキで帰ってきたし」
「誰がウキウキだ馬鹿野郎」
「馬鹿って。お前よりは頭いいわ」
松川は眼鏡キャラなだけはあって学業優秀な優等生タイプだ。また人望を集める性格をしているからか、生徒会役員に推薦され、現在生徒会副会長を務めている。
学生の領分である学業と生徒会の業務、陸上部の練習を同時にこなすハイスペック文武両道野郎である。そのスペックを少し俺に分けて欲しい。
反論出来ない俺を横目に松川は話を続ける。
「やっぱり瀬尾としゃべってるときの薄羽さん、普段より生き生きしてるんだよなぁ」
「俺をもてあそんで楽しんでるだけだろ」
薄羽は後輩のくせに俺の身長のことをイジって楽しんでいる。まるで礼儀がなってない。俺以外の部員に対してはしっかり後輩スイッチオンで接しているのにも関わらずだ。
松川は俺の反論を聞いてため息をつく。
「瀬尾が羨ましいよ」
「何で?」
「俺も薄羽さんに言葉攻めされたいっ!!」
言い忘れていたが、この男、松川理人はドMである。
「・・・やっぱ馬鹿だったわ」
「あぁいいなぁ〜。俺も薄羽さんに薄目でなじられたいっ!あの長い脚で蹴られたいっ!」
身体をクネクネさせながら熱弁する松川を見てドン引きする。
彼も普段からこういうことを言っている訳ではない。あくまで友人の間柄で松川の性癖を知る俺の前でしかそういう発言はしない。腐っても生徒会副会長である。学生として模範的な振る舞いが求められているのだ。実際、俺らがいる屋上には俺たち二人しかいない。
「今のお前を他の奴が見たらどう思うんだろうな・・・」
「常に他人の視線には細心の注意を払っている。抜かりない」
「何で自慢げなんだよ」
コイツの性癖を言いふらしたい衝動にかられる。しかし、やたら人望を集める彼だ。俺が彼の性癖を暴露したところで信じてもらえないかもしれない。
「あぁ会長ぉーっ!貴方のその冷たい眼差しでもっと私を叱ってくださぁーいっ!」
「また言ってる・・・」
松川は現在、生徒会長にご執心である。俺はまだ会ったことがないが、例えるならば仕事のできる女社長といったとこらしい。俺らの一つ上の高校3年生であるはずだが、すでに威厳を身につけているようだ。
「見た目はお前好みだと思うぞ。背高いし」
厄介なことに、松川は数少ない俺の性癖を知っている人物だ。といっても他には妹の柚葉しか知らない・・・はずだ。
松川が俺の前で自分の性癖をさらけ出しているのも、俺の性癖を知っているからだ。互いに相手の性癖を否定しないがために、失望を恐れず自分の欲望に忠実に行動できるのだ。
「背が高けりゃいいって訳じゃねえよ」
「けど高いにこしたことはないだろ?」
「・・・まぁな」
俺は松川の指摘を否定しなかった。俺は女性に見下ろされるのが好きである。相手が年下の女の子であればこの上ないが、年上の女性に見下ろされるのも好きなのだ。
「お前も筋金入りの変態だな」
「お前に言われたくねえよドM野郎」
「その言葉、瀬尾にじゃなくて会長に言われてえなぁ・・・」
松川がまた会長に罵られる妄想を始めようとしたそのとき、屋上の扉が突然大きな音を立てて開かれた。
「松川はいるかぁーっ!!」
俺たちが驚いてそちらを振り向けば、制服を着た一人の女子生徒がこちらを見ていた。
「な!?会長っ!?どうしたんですかっ!?」
噂の生徒会長こと、二階堂霧香がそこにいた。腰まで届きそうな長い黒髪を風にたなびかせ、シャキッと背筋を伸ばし高校の制服をスーツのようにスタイリッシュに着こなしている。前髪はパッツンと切りそろえ、太めの眉が強気な印象を与える。
突然の闖入者に仰天する松川。そんな松川の存在を視界に捉えた彼女は、こちら側にズンズンと歩み寄ってきた。
「お前を探していたんだが、クラスを訪ねてもいなかったからな。他の生徒に聞いたら昼休みはいつも屋上にいると言っていた。だから来た」
松川の問いに漢口調でハキハキと答える生徒会長。自信に満ち溢れる表情から彼女の持つカリスマ性が感じ取れる。なるほど、たしかに女社長と言われるだけのことはある。
「実は迫る定例評議会で使うスクリプトの作製を手伝って欲しい。私一人ではなかなか進まなくてな」
「そういうことなら手伝いますよ。しかし何故わざわざここまでいらっしゃったのですか?LINEで連絡していただければこちらから伺いましたのに」
「ははははっ!松川君、ここは高校だそ?表向きには生徒は校内でのスマホの使用は禁止されているじゃないか」
「教師にLINEで帰宅報告してる貴方が言っても説得力ないですよ・・・」
いかに文武両道のハイスペック優等生、松川でも、会長の会話のペースに振り回されているようだ。
脱力する松川を横目に、屋上の床に胡座をかく俺に視線を変えた会長はハキハキと話す。
「そこの君!休憩中にすまないな。確か、瀬尾君・・・と言ったかな?」
「そうですけど・・・」
「松川から君の話は聞いている。いつも仲良くしてくれているそうだな。これからも仲良くしてやってくれ」
そう言って俺に手を差し出した。握手をもとめているのだろうか。
俺は立ち上がってその手を握る。
「こちらこそ・・・」
俺が握手をすると力強く手を握り返してきた。
こうやって対面していると、会長の長身が際立つ。俺の頭が会長のふくよかな胸の辺りにある。おそらく薄羽とほぼ同じくらいの背丈だろう。170cm は軽く超えている。
会長のペースについていけない俺は要領の得ない返事を返した。
「会長は俺の保護者ですか」
会長の行動に冷静なツッコミを入れる松川。
松川は男子の中でも長身の方で180cm近くある。会長と比べると彼の方が幾分背が高い。こうして見るとこの会長と副会長のコンビはマッチしている。つまり、会長の横に並ぶ男はそれほどの身長がなければ格好がつかないのだ。
「似たようなものだろう?」
「どこがですか。むしろ世話をしているのは俺の方じゃないですか」
「ほおう?君も言うようになったな?君が私の世話をしている?はて、いつそんなことがあったかな?」
「いつも貴方のやり残した仕事をやっているのは誰ですか」
「・・・頼んではいないぞ?」
「俺がやらなかったら、後で期限ギリギリになって俺に泣きついてくるじゃないですか」
「それは・・・」
「定例評議会ももう来週でしょう?むしろまだスクリプト用意してないんですか?また仕事を後回しにして、そろそろ学習してください。二階堂先生に言いつけますよ?」
「なっ!?」
松川の怒涛の反論にたじろぐ会長。話し方も自信なさげなものになり、心なしか威厳が無くなってきている。
松川の性癖を知っている俺からすると、今の松川の言動は意外なものだった。初めて生徒会副会長としての彼を姿を見た気がする。
「二階堂先生に言うのだけはやめてくれっ!」
二階堂先生とは教育指導の教員で会長こと二階堂霧香の叔父である。とても厳しいことで有名な教員で全生徒は彼の目を恐れながら学校生活を送っている。会長の反応を見るに、恐らく身内にも厳しいのだろう。
「・・・分かりました。言いつけなくても済むように早く終わらせましょう。昼休みも無限じゃないので」
「そ、そうだなっ!それではな、瀬尾君。松川を借りて行くぞ」
「うす。どうぞ」
会長は松川を連れて屋上から出て行った。話し相手がいなくなって暇になった俺は、意味もなく空を見上げる。
白い雲がゆったりと漂っている。何の変哲もない景色で、特に感傷もない。
ぼーっとしていると、LINEの通知音が鳴った。ロックを解除すると、薄羽からLINEが入っていた。
『今日の放課後、空いてますか?』
その一文の下には、可愛くデフォルメされた熊のスタンプが貼られていた。
薄羽が俺の予定を気にするなんて珍しい。
『空いてるよ』
午後の予定は空いていた。今日は陸上部の練習は休みで、バイトのシフトも入れてない。
そう短くLINEを返すとすぐに既読が付いた。
『一緒にカラオケいきません?』
遊びのお誘いだった。先程松川からは薄羽と仲良しだと言われていたが、実は部活外で薄羽と遊んだことはない。むしろ陸上部の練習でしか薄羽と顔を合わせる機会がなかった。
『行こうか。他に誰が来るの?』
いいねスタンプを送信したあと、俺は他の参加者について聞いた。
俺を呼ぶと言うことは陸上部部員のメンツなのだろうか。今日は部活のない日だし、呼べば集まりそうな気がする。しかし、だとすると薄羽から誘われるのは変だ。その場合は陸上部LINEを使って3年生が主催するはずだからだ。
俺が思案していると、間も無く薄羽からの返信が来た。
『いえ、誰も来ません』
『私と先輩だけです』