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第2話 バイト 先輩後輩 6\11(火)


「いらっしゃいませ〜、ご注文はお決まりでしょうか?」


 俺、瀬尾達彦はファミレスでバイトをしている。時間は17時から未成年が働ける限界の22時まで。陸上部の練習がある日は19時から22時。

大体週3日になるようにシフトを組んでもらっている。

 実は俺の通っている学校では基本的にアルバイトは禁止されているのだが、何故かやたら規制が緩い。始業式のクラス分けで担任から何のバイトしてるの?って聞かれるくらいに緩い。もはや禁止にしなければいいのに、と生徒のみならず教師までが思っている。


 そんなこんなでバイト禁止は効力を持たず、多くの学生は放課後にバイトをしている。俺も例に違わず、友人の紹介で去年からこのファミレスでのバイトを始めた。それから1年たち、人員の入れ替わりの激しいホール担当の中では古参の方になっていた。


 今日もいつも通りに仕事をこなしていく。初めて来たらしい客の要領の悪い注文を承り、空いた他のテーブルの食器を下げる。たまに客からのクレームを受けて丁寧に謝罪する。そういったルーチンを自然にこなす。


「先ぱぁい。ドリンクバーってどうやって継ぎ足すんですかぁ〜?」


 ホールを忙しく行き来していると、頭上から助けを呼ぶ声が聞こえた。見上げるとすぐ横に困り顔をした長身の女の子が突っ立っていた。

 明らかに地毛ではない金髪に濃い目の化粧をしている。爪にはマニキュアを塗っていて両耳にはピアスを開けている。属に言うギャルという人種である。


「東條・・・。ドリンクバーのやり方はこの前教えたはずだろ?また忘れたのか」


 このギャルは先月から採用された新人のバイトで東條真理愛。俺の通う高校とは別の高校1年生である。


「え〜?教わりましたっけぇ〜?真理愛、覚えてなぁい」


「お前なぁ・・・」


 思わずイラッとするが怒ってもしょうがないので気持ちを抑える。俺の方が一つ学年が上であるはずだが、20cm近い身長差から見下ろされているのであまり敬われてる気がしない。

 正直言ってコイツのこの頭の悪そうな間延びした声は苦手である。というか正真正銘コイツは馬鹿である。俺が東條の教育担当なのだが、まるで物分かりが悪い。今まで数人の新人の教育担当を経験したが、その中でブッチギリで記憶力が悪い。苦労の末仕事を覚えさせても手際が悪く、仕事が遅いのだ。


「はぁ・・・。じゃあまた教えるやるから。難しくないから覚えろよ?まずドリンクバーの蓋を取って・・・」


 以前もした説明をもう一度、懇切丁寧に東條に伝える。東條も俺の説明を熱心に聞く。


「・・・最後に混合液が適正になるまでリセットボタンを押してドリンクを捨てればおしまい。分かったか?」


「分かった!ありがとう先ぱぁい!」


 東條は上体を曲げて俺と顔の高さを合わせると、屈託のない笑顔でお礼を言った。その行為により、彼女の胸元がされる。東條は今ファミレス指定の制服を着ているが、そこからでも胸の形状がわかるほどの巨乳である。

 俺は東條の胸に行こうとする視線を必死に押さえながら言った。


「分かったならさっさとやれ。お前に構ってると俺の仕事も進まないんだ。一人で出来るな?」


「はぁ〜い」


 東條は早速俺がした説明通りにドリンクバーの補充をする。分からないと言っていた割にはテキパキと作業をこなしていた。この前教え込んだはずなので頭で分かっていなくとも身体がおぼえているのだろうか。

 大丈夫そうだなと判断し、俺も自分の仕事に戻る。キッチンからホール担当の呼び出しがかかっていたため、キッチンに向かうことにした。キッチン担当の男は俺の姿を見ると、テーブルの番号を記した紙と共に料理を俺に差し出した。


「よお瀬尾。どうだあの新人の子は?」


 キッチン担当の男が片手でコック帽を押さえながら俺に話しかけてきた。

 彼は高梨悠貴。中学からの同級生であり、俺にこのバイトを紹介した張本人である。バスケ部に所属しており、レギュラーメンバーに定着したスポーツができるアスリート型のイケメンである。


「てんでダメだな。物分かりが悪過ぎる。今までどう生きてたのかが不思議だよ」


 高梨の問いに冷静な感想を述べる。東條の理解力の低さはバイトには致命的だ。彼女の存在は仕事の効率から考えてマイナスでしかない。

何で彼女がこのバイトに採用されたのかが疑問である。

 高梨は俺の回答を聞くと、爽やかな笑みを浮かべた。


「ははは!確かにな。けど・・・いい子だろ?」


 俺は特に否定しなかった。

 東條は見た目がギャルなのも相まって誤解されやすいのだが、決してやる気がないわけではない。むしろ他の新人よりも人の話はよく聞くし、自分から新しい仕事を覚えようとする。それに口調に難はあれど礼儀を知らないわけではなく、愛想と元気はいい。


「馬鹿だけどな」


「あの子が入ってから客が増えたらしいぜ」

 

 風の噂だと東條目当ての客も多いらしい。今まで可愛い店員目当ての来店による一定の客層(男子高校生、または中学生)の収益増加は何度か見てきたが、東條の場合は学生、性別に関わらず幅広い客層から支持を受けているようだ。


「仕事ができないのに客からの人気は高いってバイト仲間からしたら納得いかないな」


「じゃあこのバイト辞めて欲しいか?」


「いや」


 先程東條の仕事ぶりを散々扱き下ろしたが、今まで彼女にバイトを辞めろといったことはない。他の新人に対して似たようなことを言ったことはあるが。


「以前新人の女の子に面と向かって『向いてないんじゃない?このバイト』って言って泣かせた奴がねぇ・・・」


 確かにそう言った事件もあった。俺の口調が悪いらしく、真意と異なる解釈を相手に与えてしまうことが多々あるのだが、その際たる例がその事件である。


「やめてくれ、流石にあの時は反省した」


 件の女の子は人より少し物分かりが悪かったが一生懸命業務を頑張っていた。そんな中、どうしたら仕事が良くなるか当時教育担当だった俺に訊いたことがある。その時にうっかりそう発言してしまったのだ。別に彼女に対して恨み憎しみがあったわけでもなく、暗に辞めろというつもりも一切なかった。しかし、その一言が彼女と交わした最後の言葉になってしまった。


「最初、瀬尾が東條さんの教育担当になるっていう話を聞いた時、正直すぐにまた泣かすんじゃないかって思ってたんだよ」


「お前なぁ・・・」


「けどまだ彼女はバイトを辞めてない」


「まだ1ヶ月しか経ってないだろ」


「今までの最長記録じゃないか」


 確かに、俺が担当する新人は何故かすぐにバイトを辞めてしまう。泣かせた新人こそ一人ではあるが、他の新人も漏れなく辞めていった。俺の教え方が気に食わないのだろうか。他の先輩たちに比べて別段厳しい訳でないと思っている。


「うるせぇ。どうせ俺は"新人殺し"だよ」


 そんな俺についたあだ名が"新人殺し"。アホみたいだがバイト先の中ではかなり浸透している。

 俺が担当してない新人がそのあだ名をまに受けて、バイト中に俺がオーダーミスを注意した時、必死に命乞いし始めたのを見て周囲から冷たい視線を投げられたことがある。俺のことが悪魔かなんかに見えていたのだろうか。


「だから不思議なんだよなぁ。一見相性が悪そうなお前と東條さんがうまくいってるのが」


「高梨・・・。まさか俺たちがうまくいってるように見えてるのか?」


「あぁ。だから瀬尾がどう思ってるのか気になったんだ。東條さんのこと」


 高梨は俺に真剣な眼差しを向けて訊いてきた。なんとなくだが、何か期待しているような気がする。


「どうって?」


「お前、東條さんにだけ優しくない?」


「そんなことないと思うぞ?」


「いや、明らかに口調が優しくなってる」


「・・・そうか? そんなつもりはないんだけどな」


 前の一件からというものの、普段から口調には気をつけるようにしている。それは東條に対してもそうだが、誰に対してもだ。だから東條にだけ特別優しくしている訳ではない。

 

 高梨は顎に手を当てて思案し始めると、何が閃いたのか、手を叩いて俺を指差した。


「お前、もしかして・・・」







「・・・ヤらせてもらったのか?」







 俺はしたり顔をする高梨の顎にアッパーを繰り出した。


「うごぉっ!」


 コイツも爽やかな顔して頭の中はそこらの男子中学生と同レベルだったようだ。


「そんな訳ないだろ馬鹿野郎!」


「殴ることねぇだろ!?」


 拳を握りしめる俺と、顎をさすりながら抗議をする高梨に大きな怒声が降りかかった。


「サボってねェで仕事しろお前等ァアアアア!!」


 俺と高梨の頭頂部にゲンコツが振り下ろされる。いつの間にか俺たちのすぐそばに筋骨隆々のダルマ親父が憤怒の形相を浮かべて仁王立ちしていた。


「「て、店長・・・!?」」


「返事はァ!?」


「「はぁーいっ!!すみませんでしたぁ!!」」


 慌てて自分の業務に戻る二人のバイト。彼らの頭には大きなタンコブが出来ていた。


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