その1-4
……。
……知らない記憶だ。
「兄サン、父サンたちが呼んでるよ」
——自分とよく似た声、よく似た姿。
「『出来損ないの弟』は『生贄』だ」
弟?
「安心してね、兄サン。ボクが兄サンの代わりになるからさ」
兄サン?
「いつでも完璧で、素敵で、優しい兄サン。ボクはずっと貴方になりたかったんだ」
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少年は目を覚ます。
仄かに煙草の匂いする部屋は、それを誤魔化すように甘ったるい匂いが漂っている。
瞬きを数回繰り返し、少年は自分のおかれた状況を確認するために、糸を手繰るように眠り落ちる前の出来事を思い出す。
黒ずくめの男に闇医者を殺せと依頼されて、ヘマして何者かに……自分は確かヤバいところを撃たれたはずで——そこで記憶は途切れている。
だけど今はベッドの上で寝ていて……つまり奇跡的に誰かに助けられたとして……
「……ここはどこだァ? 病院……じゃねェよな」
少年は辺りを見渡す。
さまざまな色が散らばる統一性のない部屋には医療器具らしきものがチラチラ。それを上回る量の嗜好品に遊道具。インテリアの配置が何か妙で、使い勝手が悪そうである。例えば、ちょうど起き上がったら顔が確認できる位置に調整された鏡などが……
「……んあァ!!!!!!??」
少年は飛び起き、地震でも起こったのでだろうかと思えるほど、ドタバタと慌てふためいた様子で鏡の前に突き進む。そのまま鏡に衝突しないように急ブレーキをかけ、鏡の端と端をがっしり抑えて自身の顔を穴が開くほどまじまじと見る。
少年は元々端正な顔立ちであり、無表情に口を閉ざせば女児の喜びそうな人形のようであった。
所々黒の混じった儚げな白髪に、目付きは悪いが男にしては長めの睫毛。真っ赤な瞳は作り物のようでさえあり現実味のない美しさを感じる。
——そんな彼の顔に、ツギハギが作られていた。
身に覚えのなさすぎるツギハギに、鏡の中の少年の顔が驚愕と焦りに染まる。
ペタペタと自身の顔を触ると、鏡の中の少年も同じ動きをする。試しに頬をつねってみたが、普通に痛い。夢ではないようだ。
「目覚めたかい?」
「な、なんでテメェが……おい、この顔のツギハギはなんだよ!!」
いつのまにか少年のすぐ側に佇み、狼狽える少年をみて嬉しそうに口角を歪めて笑うのは、少年が殺そうとしていた闇医者だった。
今は紫色の個性的な白衣を脱いでおり、長袖のVネックと、ツギハギの目立つズボン姿である。こうしてみると、女性と言われても頷けるほどの中性的な顔とは意外に、身体はなかなかに男らしく、程よく筋肉がついている。
先程会った時はズボンに注射器を収容していたレッグストラップがあったと思うが、今はそれもなく、首元の真っ赤なチョーカーも外されて首回りのツギハギがあらわになっていた。
「私の患者の証兼、私の趣味だ。似合ってるよ」
闇医者は「てへぺろ」と言わんばかりのウインクをして、少年の寝ていたベッドに脚を組んで腰掛ける。
そこから不機嫌色に染まっている少年の顔を臆すことなく見つめては「うん、やっぱり似合うね」と今までで一番真面目な顔をして頷いた。
「冗談じゃねェ!! ッ、それに……なんで俺を生かした」
少年は上目遣いで睨む。その瞳は疑心と不服の色が濃く、真っ赤な瞳は焔のようにマイナスの感情が渦巻いていた。
かといって、少年は人生に絶望しているだとかそういう気配は全くなく、むしろ生き生きしているようにも見えた。
——闇医者はそんな少年を……羨ましく思う。
「顔が好みだったから……というのはそれこそ冗談として。君にボディーガードを任せようと思って」
「……はぁァ!?」
少年の目が見開かれる。驚きと呆れが混じった表情だ。目が「何言ってるんだコイツ?」とか「頭おかしいんじゃねェか?」と言っている。
「お金が欲しいんでしょ? あげるあげる。腐るほどあるから」
闇医者は少年が自分を殺そうとした時に言っていた言葉を繰り返す。そのあと微妙に声真似もしてみたのだが、少年には不評のようで攻撃的な鋭い目付きで睨まれた。反省。
「それは……」
「——どうせ生きるなら、私の為に生きたまえ。よろしくね、患者くん」
少年の返答を待たずに、闇医者はそう言って少年の手を握る。少年……もとい『患者くん』は意外にも素直に手を握り返してきた。
「じゃあ、お前のことはセンセ、って呼べばいいの」
目を伏せてぶっきらぼうに質問する患者くんに、闇医者は思わず笑みがこぼれる。
「何笑ってんだよ」と患者くんがわずかに頬を赤らめて枕を投げつけたので、闇医者は微笑みを絶やさずにそれをひらりと躱し——
「ぶへっ」
代わりに後ろにいた人物に枕が当たり…そいつは間抜けな声をあげて倒れ込んだ。




