第2章 その1『絵描きとオジサンと死神』
「リム」
闇医者に名前を呼ばれて、幼女姿のリムがゆっくりとこちらを見る。引きつった笑みを浮かべ、冷や汗がだらだらとこぼれ落ちていた。小さい子が割ってしまったお皿を必死に隠して誤魔化しているかのよう。
そんなリムの様子とこの状況に、闇医者は笑いを堪えようと努力する姿勢を見せつつも、結局は堪えきれずにいた。ぷるぷると震えて時々笑い声をもらす。
「っふふ。いやぁ、これは罪深いよ。はい、ギルティ」
「ま、まだ別の可能性があるでしょ……? 熱中症とか、持病とかさぁ!?」
「どう見ても恋の病だよね」
倒れている少年の顔は、彼によってベレー帽で隠されている。だが、隠れきれずにいるところを見れば一目瞭然。
どう見ても照れているし、恥ずかしがっているし、嬉しがっている。
ギルの姿を模した今のリムは確かに見た目は可愛い。かなり可愛い。中身は全く可愛げがない、意地悪で底知れない死神なのだが。
もともと子供っぽい仕草をしがちなリムだからこそ、幼女の姿になると妙にしっくりくる。実は、本来の姿は幼女なんじゃないかと思うほどに。
「どうすンだァ? コイツ。また起き上がるのに時間がかかるだろうし……放っておくか?」
「ん、そういうわけにもいかないだろう。私が彼を村まで運ぼうかな……村のルールが怖いところだけどね」
「……村人を助けたら殺す、みてェなルールが無いといいなァ?」
闇医者はしばらく起きる様子のない少年に近づき、顔を隠すベレー帽をひょい、と取り上げてからリムにかぶせる。そして真っ赤な顔があらわになった少年を背負って歩き出した。
リムは幼女の姿のまま、テクテクと小さな歩幅であとを追いかけていった。この姿が気に入ったのか、問題を起こしておきながら能力を解除する気はないらしい。
患者くんはひとつため息をつき、そんなリムを追い越して歩いていった。
森から村への一本道は驚くほど何もない。何かが起こることもなかった。辺りを警戒しながら歩いていたが、奇妙な生き物とやらの姿はこれっぽちもない。
ボディーガードとしては退屈だと思いながら、患者くんは何の気なしに闇医者に背負われた少年を見た。
「…………!?」
気を失っていたはずの少年は、思いっきり目を見開いていた。それも尋常じゃないほどに。
少年の瞳は空の色をガラス玉に閉じ込めたかのように青く美しい……のだが、その瞳は狂気を感じるほど一点に集中しており、目は血走っている。
少年は金髪碧眼でどこか頼りなく、儚げな雰囲気の美少年……なのだが、その目力の強さがそのイメージをぶち壊していた。
「おま」
話しかけようとした瞬間に、とんでもない形相でキッと睨まれて患者くんの言葉は制された。その一瞬で邪魔をしたら殺す、と目が言っていた。目力がすごかった。軽く恐怖を感じた。
少年はどうやら、自身のベレー帽を被った幼女リムの姿を見るのに集中しきっているようである。何人たりとも邪魔することは許されない雰囲気である。
リムの方はそんな少年の様子に気がついてはいないようだ。彼のことだから気がついたうえで気付いていないフリをしているのかもしれないが。
「か、かわいい……」
恐怖の目力を解除して、恍惚とした表情で少年がそう呟く。思わず口にだしてしまったのだろう。少年は「しまった!」という顔をしている。なんともわかりやすい。
その声に闇医者が「あ、起きたの?」と足を止めた。幼女姿のリムがやっと追いつく。
「あ、はい! もしかして貴方様があの子の保護者様ですか?」
「え、あー、うん? まぁそんなところかな」
「そうですか……! ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません! もう大丈夫です!」
少年らしい可愛らしい声。愛想よく振る舞ってはいるが、先程の目力事件のせいで、患者くんには彼が猫をかぶっているようにしか思えない。わざと気に入られよう可愛らしい声をだしているようにしか見えない。地声は地を這うような声であるに違いない。
訝しげに見ていると少年と再び目が合う。今度はにこっと微笑まれた。手遅れにも程がある。
(う、嘘くせェェ……)
「あ、自己紹介がまだでしたね! ぼくはペイン・トラジディ。絵を描くことが得意です!」
そう言うと、ペインと名乗った少年は照れくさそうに持っていた黒のスケッチブックを差し出した。
闇医者が受け取り、ページを次々とめくる。リムと患者くんは身長的に絵を見ることができず、闇医者を見上げることしかできない。
「ボクにも見せて見せてー!」
「あっ」
ペインは先程と同じように、ぽっと顔を紅潮させた。そんな様子をお構いなしにリムは彼の絵を見ることに一生懸命。ぴょんぴょん飛び跳ねて闇医者からスケッチブックを取ろうと頑張っている。
何度目かの挑戦にて突然、闇医者が素直にスケッチブックをリムに渡した。
「はい」
「いや何なの!? 最初から渡すつもりだったならさっさと渡してよぉ!」
「リムの反応とペインくんの反応が面白くてつい」
「だと思ったよ!」
口を膨らませて怒ったような仕草をする幼女リム。そんな可愛らしい行動をとればペインはますます赤くなる。
それをニヤニヤと茶化すように笑う闇医者と、呆れて大きめのため息をつく患者くん。
「本日何度目のため息だと思ってんだァ? ッたく、なんなんだこの茶番……」
「まぁまぁ。ゲームだとこういうのが良いフラグになることもあるんだから」
「……センセ、ゲーム好きなの?」
「おや、私に興味が?」
「ゲームに興味があるンだよ」
『ゲーム』という言葉を強調しながら「べっ」と舌を出してそう言い、患者くんは「ふん」とそっぽを向く。
そして闇医者の言葉を待たずに、リムと絵描きの少年ペインの側に行くと、闇医者に背中を向けて一緒に絵を見始めた。
闇医者は「やれやれ」と軽く肩を竦めて、子供たちの輪に入ることはせずに、遠くで見守ることにした。




