その1-2
——鮮血が迸る。
少年の華奢な身体を貫いた弾丸は見事に急所を撃ち抜いていた。誰がどう見ても少年はもう助からないだろう、諦めろと言うに違いない。それほどの重傷だった。
闇医者は予想外の光景に驚きはしたものの、冷静を保っていた。自分ならば助けられると確信していたからだ。焦りも何もない。この程度の傷なら直ぐに治せるのだ。
「……ごめんね。君は多分、誰かに嵌められた」
——これがかつてSupreme Surgeon、通称SSと呼ばれた『最高の外科医』の余裕である。
とはいえ、今はSSと呼ばれた時分では持たなかった『確固たるもの』があって少年の無事を確認したのだが。
「……出てこないのかい?」
闇医者は、問題は少年の安否よりも少年を殺そうとした人物の方だと考えていた。
恐らく、そこに倒れている少年は貧民街ではそれなりに名高い暗殺者のはずだ。それくらいは手合わせしてわかった。
だが、その暗殺者を暗殺する……しかも、少年が任務の最中に。それはつまりどういうことなのか。
「少年の存在を面白くないと思った同業者の仕業か? それとも私を助ける為に少年を殺そうとしたのかな? ……いいじゃないですか、別に。教えてくださいよ」
「半分正解で、半分正解。アレ? それだと全部正解ってことになるんスかねぇ。ま、どーでもいっかぁ」
銃弾が放たれた方向から、黒いフードを深くかぶった男が間延びした声で回答する。
全身黒の男は散歩でもするかのような、この場にそぐわないのんびりとした足取りで近づき、闇医者のことを一瞥だけする。後はまるで闇医者のことが見えてないかのように、ただただスマホのカメラで苦しむ様子の少年を撮影した。
カシャリ、カシャリと何枚か撮り終えると、男は苦もなく足場へ、屋根へと次々に跳ねて飛び移り、少年が襲ってきた四角い箱のような家の上に座り込む。
闇医者はその様子を目で追いながら、男の言葉の続きを待つ。
「俺は御察しの通り『暗殺者』っス。俺の依頼主はアンタじゃなくて、その子を殺せって命令してきたんスよ。あー、それだけなんで」
「私の目の前で彼を殺す意味は?」
「……」
男はその問いに、頭を掻いて何かを言おうとしたしたが……それは言葉にされずに突風が会話を断ち切った。もう黒ずくめの男の姿はどこにもない。
男を追うことはせずに、闇医者は地面に寝そべり、苦しそうな呼吸だけを繰り返す少年に目をやる。じわりじわりと汚れた白い服に赤が浸透している。
その様子と、白髪に白い肌、細い身体、真っ赤な瞳はどこか『あいつ』の面影がある。
「——ッ」
『あいつ』が死ぬ。『あいつ』が、名前も思い出せない大切な『あいつ』が、弱々しく涙を流し、ゆっくりと弱っていくのに私は何も、何もできなかった。
小さな村が焼き崩れていく。各地で己の正義を振りかざす者たちが『あいつ』をバケモノと呼んだ。せめて穏やかに死なせてくれと懇願する『あいつ』にお前らは、私の目の前で——
(ねぇねぇ、闇医者くん。この子、気になるなぁ)
その声に闇医者は我に返った。
果てしなく続くと思ったノイズ混じりの映像が、ザザザと一気に砂嵐状態になり、やがてプツンと途切れ、真っ暗になる。
闇医者はゆっくり目を開け、冷静に深呼吸をしてから、目の前の少年を抱き上げる。
(……あれ、もしかしてまた?)
(あぁ……一応、医者を名乗る者として面目無いな)
闇医者は心の中でそう言って、自嘲の笑みを浮かべる。いつでも何もかもが遅すぎる。救う力を持っていながら救う機会に恵まれない。
(………)
(心配ありがとう、リム。大丈夫。もう私は…死ぬつもりはないから)
少年を抱え、闇医者は自身の住処へと歩いてゆく。貧民街はまるで眠っているかのように静かで、あるかないかもわからないくらいの彼の静かな足音が妙に響いていた。
——他には誰もいない、寂れた貧民街にて。