第1章 その4『死神化』
所々がはねたふわふわで暗めの赤髪が瞳を隠し、赤の白衣に紫のシャツ、サスペンダー付きの黒のズボンに、緑と紫のネクタイといった奇抜な服装の男。首には肌が隠れるほどびっしりと包帯が巻かれ、耳には左右に三個ずつ赤いピアス。見れば見るほど怪しい格好の男だ。
全体的に色が薄い貧民街ではもちろん、先程歩いてきた平民街のカラフルな都会人たちの中でもこのようなファッションは見たことがない。
一言で言えば変わり者。そんな見た目だが、何故かサマになっている気がする。
怪しいのに心が落ち着く不思議な男だった。
「初めまして、患者くん。僕はカウンセラーのセラ。話は君の先生から聞いているよ。よろしくお願いしますね」
セラと名乗った男は、座っていたソファからおもむろに立ち上がると、患者くんの前まで歩き、目線を合わせるようにしゃがんでから丁寧な口調で言う。
子供扱いされているようで居心地が悪く「おう」という愛想のない返事をしてしまった。
「SSは元気にしていましたか? 最近は僕、死ぬほどの怪我とかしてなくて……中々会いに行けなかったのですが」
「あぁ、そこな少年に殺されかけたりもしたが無傷だったのでね。確かに君が怪我してないのは新鮮だ……怪我をしてなくとも、いつでも会いに来ればいいのに」
闇医者が「無傷」を分かりやすく、強調しながら言って患者くんの肩に手を置く。ますます子供扱いに拍車がかかって患者くんはムッとした。
確かに闇医者、カウンセラーともに高身長であり、大人の余裕的な何かがあるような気もするが患者くんもそこまで子供ではない。
何回年を越したかは定かではないが、十三歳のメイドよりかは歳上だと思っている。
「おっと、すみませんね。とりあえず適当に寛いじゃって構いませんよ。メイ」
「はい、旦那様。すぐに用意致します……ギルちゃんはお呼びしますか?」
「うーん。そうですね。少し騒がしくなりますが、お菓子とケーキがあればある程度は大丈夫でしょう。彼らの分も合わせて、持ってきてください」
カウンセラーの言葉に「かしこまりました」と恭しく一礼し、部屋を退出するメイ。
その大人びた仕草に患者くんは何となく負けた気になり、それを悟られないようにカウンセラーが腰掛けていたソファに座り、脚を組んだ。
「っははは! 君は本当にわかりやすいなぁ。子供らしくて結構、結構」
「だね。子供らしくて可愛らしいです……と言うと怒られてしまいますので口を慎むとしましょう」
「うるせェ、口を慎め…」
精一杯の怖い顔をして怒鳴ろうとしたが、直前の出来事に恥ずかしさが勝り、その勢いは失われた。
その様子に闇医者が煽るように笑い、カウンセラーがやれやれと肩を竦める。
「話に聞いたおっかない人物像とはかけ離れた方がきたものです」
「ナメられたら困るんだがなァ」
患者くんは膨れっ面をしてそっぽを向く。
貧民街では腕利きの暗殺者として生きてきた。当然、ナメられること等は一切なく、むしろ恐れられる存在であったのだ。
それが闇医者に会ってから会う人会う人……リムにもセラにも子供扱いをされている。
そんなに弱くはない。記憶だって戻れば——
(戻れば……違う。戻ったら、そう。駄目だ)
患者くんは頭をおさえて首を振る。
誰かから常に監視されているようだ。
記憶が戻ることを待っている『誰か』がいる。なんとなく、常に記憶を取り戻してはいけない気がしている。
思い出そうとすると『誰か』が『何か』が、身体を乗っ取ってくるような、そんな気が常にしている。
だから——
「……患者くんさま、患者くんさま。難しい顔をして考え事ですか? ケーキ、どうします?」
「うおッ!? いつの間に…ッつかなんの話だ?」
「つい先程、紅茶とケーキをお持ちし、皆さまにどのケーキが食べたいか聞いてまわっているのです。ちなみに、患者くんさまが最後になります」
はっとして目を開けると、メイが無表情に患者くんを見つめていた。
急かしているわけではないのだろうが、真顔なのでかなりの圧を感じる。少し怖い。
ちょっとの間、考え事をしていただけだと思っていたが、ケーキと紅茶の用意が終わる程度には時間が過ぎていたようだった。
「け、ケーキ……? なんでもいいぜ。よくわからねェし」
「そうですか。では、ショートケーキにしましょう。オススメなのです」
僅かに頬を緩め、心なしか自慢げに話すメイ。手際良く紅茶とケーキを準備し、もう一度「オススメなのです」と言って去っていった。
「ショートケーキはオススメなの! メイのつくるケーキはいつも美味しいけど、ショートケーキはいちばん! なの!!」
そして入れかわるようによってきたのはメイよりも一回り小さい女の子。
薄い金髪に、二つのお団子。何故かその部分だけは赤く、桃色と赤色のオッドアイに時折見せる八重歯が可愛らしい。
目を輝かせてショートケーキを見つめる幼女を横目に、患者くんはカウンセラーが言っていたことを思い出した。
「あー、お前が『ギルちゃん』ってやつか?」
「そうなのー! ギルは、ギルって言うの! あなたのお名前は?」
「俺は……多分、エンヴィ・サクリファイスって名前だ」
行方不明とされるサクリファイス家の息子、エンヴィ・サクリファイス。
その名前をあらためて口にして名乗るが、なかなかしっくりこない。
『患者くん』と呼ばれ慣れてしまったからなのだろうか。
「たぶん? 変なのー。でもね、ギルも自分のことよくわかってないから、おそろいなの」
「メイはあのカウンセラーに拾われたって言ってたが、お前もそうなのか?」
「お前、じゃなくてギルってよんでほしいなのー! えーっとね、うん。わたしもセラに拾われた? のだと思うの。前にメイがそういってた気がする…??」
「幼女二人を……拾ってきたのか……いい人なんだろうが」
『ロリコン』というワードが患者くんの頭をよぎったが、それ以上は言わないでおく。
このワードが地雷だったら面倒だ。貧民街で羽振りが良い中年の男が「ロリコン」と言われてブチ切れたていたことを思い出す。
年端もいかぬ少女を買い漁っていればそう言われるのも仕方のない気もするが。
貧民街では有名な奴だった。
メイもギルも、あの中年男に買われた少女よりかは何十倍も華やかでまともな暮らしができているのだろう。
彼女らがどういった経緯で身寄りがなくなり、セラに拾われることになったのか患者くんは知る由もないが、かなりの幸運の持ち主であることは確かだ。
そして、セラがよっぽどの善人であることも。
「……それで、何かわかったかい?」
「もちろん『組織』について、ですよね。えぇ、少しずつわかってきたことがあります」
いつの間にか闇医者の質問に、セラが真面目な顔付きになって答える。
「……患者くんは『組織』のことをご存知でないと思うので、簡単に説明させてもらいますね」
セラはちょうど食べ終わった皿をテーブルに置き、患者くんの方を見た。闇医者は特に何も言わず、リムに関しては姿すら見せない。
患者くんはケーキを口にしながら、話の行く末を見守る。ケーキは甘くて美味しかった。
「SSが長年追っている『組織』ですが、この組織には正式な名前はありません。しかし、やってることには……つまり奴らの計画にはきちんと名前がある」
セラがちらりと闇医者の方を見る。
闇医者は相変わらず何かを言う気配はなく、傍観者に徹していた。
少しの間を置いて再びセラが語り出す。
「『死神化』と呼ばれる計画です。人間に死神の血を与えることによって人工的に死神のような能力を持った者を生み出すというもの。死神は不死であり、人知を超えた能力をもちますからね。まぁ、僕もタダでその力が手に入るなら欲しいですよ」
「……ッてことは、タダで手に入る力じゃないってことだよな」
患者くんはケーキを食べ終え、銀のフォークをカチンと鳴らした。
その動作に、ほんの僅かにだがメイの眉が上がる。患者くんはケタケタと笑い、綺麗に舐めとられ銀色に光るフォークを持つ。
そしてそれを真っ直ぐセラに向けた。
「教えてくれよ。『死神化』とやらの計画に巻き込まれた可哀想な俺が、これからどんな目にあうのかよォ」




