ナースコールの呼び声
オペ前の麻酔が切れると、猛烈な激痛が彼を襲う。
少しばかり足を切開しただけなのに、その痛みは今までに味わったことの無いほどに熱くそして全身を蝕むような感覚で脳へ信号を送り続けている!
「看護婦さん!!!!」
枕元のナースコールを押すと、深夜の廊下にヒールの音が足早に高く響いた。
「痛い! 看護婦さん痛い!!」
暗い病室では看護師の顔は見え辛い。だが今の彼はそれどころでは無い。看護師から手渡された薬を水無しで一気に口へと放り込んだ―――
「303号室の山内さん。今朝死んでるのが見付かったそうよ?」
オペ後の様子を見に来た看護師が発見したときには、既に彼は事切れていた。側に見慣れぬ薬包紙を残して……。
薬包紙は警察により検査が行われたが毒物は一切検出されず、彼の死因も不明のままだった。足を少しばかり開き、骨折した骨にボルトを入れるだけの手術故に彼が死ぬ要素は一つも見当たらず、ベッドは綺麗なままで他殺や容態の急変等の痕跡も見当たらなかった。
その夜、老婆は慣れぬ病院のベッドで寝不足に悩まされ、堪らず看護師を呼んだ。
「すまんが寝辛くてのぅ……」
老婆は一つの薬包紙を渡された。
そこには白い粉が入っており、手渡した看護師はスルリとその場から消えるように去って行った。
「睡眠薬かのぅ……」
老婆は疑心を抱くこと無く薬包紙を開け、白い粉を口へと流し込んだ……。
「512号室の鈴木タエさん、今朝冷たくなって死んでいたそうよ……」
相次ぐ不審死の報せに、病院には不穏な噂や根も葉もない憶測が飛び交うようになっていた。唯一残された薬包紙は病院内では使われない物で、患者達には病院で処方した薬包以外の物は使用しない様に注意を促した。
しかし、それは時に一部の者に希望を齎した。その薬包紙の薬を飲めば楽に死ねる。そう言った話もチラホラと出始めたのだ……。
その夜―――
「看護婦さん……薬を……薬を下さい……」
彼はかつて輝かしい経歴で世界に名を轟かせた有名人だった。しかし、治る見込みの無い大怪我により生涯の希望を全て絶たれた過去を持っていた。彼は……今夜死ぬつもりなのだ。
口元だけがうっすらと見える看護師が手渡した薬包紙。彼はその薬に希望を見い出し水と一緒に流し込んだ。薬を飲み前を向くとそこには看護師の姿は無く、暗い寂しい病室があるだけだった。
「211号室の彼、酷い有様だった様よ……!!」
シーツは引き裂かれ、私物が散らかった病室。それはそれは激しい最後であった。床に倒れ、首には藻掻き苦しんだ爪痕が痛々しく残されていた。口からは血泡を吐き目は白目を剥いていた……。
薬に死ぬどころか酷い苦しみを与えられると知った患者達は、夜にナースコールを鳴らすことに躊躇いを覚え、病状が悪化してもそのまま耐えるしか無い日々を送る羽目になった。
無理矢理薬を飲まされるかもしれない。
別な方法で殺されるかもしれない。
食事に薬を入れられるかもしれない。
いつもの薬がすり替わっているかもしれない。
憶測が憶測を呼び、病院は機能しなくなってしまった。
転院する者、自主退院する者、耐え忍ぶ者。それぞれにそれぞれの事情があるにせよ、病院は今日も慌ただしく回り始める…………
読んで頂きましてありがとうございました!




