風立ちぬ
大好きだったあなたへ。
あなたが好きだった。
いつもあなたを追いかけていた。
春先の夕暮れ時の図書室。
「好きです。付き合ってください。」
と告白したあの日。
困ったように目を伏せたあなたに追いすがるように
「駄目ですか?」
と必死に言った私の髪をくしゃくしゃかきまぜて
「いいよ。」
と優しく言ったあなた。
突然の雨。
傘を忘れたあなたと相合い傘で帰ったあの日。
黄色い傘が眩しくて、相合い傘が嬉しくて、思わず目をつぶった。
いつもいつでも、私はあなたが好きすぎて、優しすぎるあなたの気もちが解らなくて、もどかしい想いに心乱れては、蓮っ葉な態度であなたを困らせた。
いつも困ったように、心配そうに、目を細めて私を見ていたあなた。
黄昏の小高い公園の一角で、肩を並べて座った。
あなたの細面の顔が近づいて、かすめた口唇にあなたのリップクリームのひやりとした感触が移った。
「さよなら…。」
かすれた声が耳元でささやく。
あんなに好きだったのに、こんなに悲しい口づけだけ残して。
私はただ何も言えずに、体育座りした膝をぎゅっと抱いて、うずくまっていた。
さっと吹きすぎた風に乗って、甘やかな香りが匂い立つ。
懐かしいような、物哀しいような、金木犀の香り。
移ろう季節と共に深まる秋の中、私はいつまでも彫像のようにその場にたたずんでいた。
息子の部活自主練習で行った体育館で、ふとリップクリームをつけた時のひやりとした感触にハッとして書き留めた作品です。
初恋の切ない感覚を思い出してもらえたら嬉しいです。
ご一読ありがとうございました。
作者 石田 幸