サボタージュ
二人は同じ利権を争って敵対している2つの名家のもとに産まれた。
偶然同じ日に産まれた二人は、次期当主として幼い頃から厳しく教育されていった。
だがそれを二人は苦とは感じなかった。家のために尽くすことこそが至福と考えていたからであった。
大手の財閥主催のダンスパーティに2つの名家は呼ばれた。
もちろん次期当主である二人も呼ばれ、互いに相手の家の者に出くわさぬよう努めてパーティに参加したが、二人はトイレにいく際偶然出会った。
ずっと『こいつよりも上になれ』と言われ何回も見せられた写真の顔よりずっと美しく見えた。
互いにファッションモデルと言われてもおかしくない程の好色で、互いに互いの美しさに魅了された二人は、すぐ側まで近づいていた男女に気づけなかった。
それぞれ、彼らとまではいかないものの、眉目秀麗の男性は彼女を、容姿端麗の女性は彼をダンスに誘った。
普段ならば上品な笑顔でええもちろんと受け答えする二人だが、その時だけは、いえ、彼(彼女)がいるので、と断った。
誘いに失敗した男女は離れていき、当の断った二人は少しづつ近づいていった。
あなたがあの家の。
ええそうです。
短い受け答えの後、彼は彼女の背中に手を回し、彼女は彼の手をとった。
会場に鳴るワルツに合わせて二人は踊った。その間、二人はまるでテレパシーで繋がったかのように相手の動きと考えがわかり、これまでで最高のフィニッシュを決めた。
曲が終わった後も二人は見つめ合い、名残惜しそうに離れていった。
敵対する家の、それも次期当主とあんなダンスを踊るとは何事だと、家の者は問い詰めた。
それに対して二人は、「これが後の相手を利用するチャンスに繋がる」とそれらしい理由を述べた。
それに納得したのか、さっきまで信じられないものを見る目をしていた家の者たちが、瞬く間に自分を称える表情へと移った。
それを目にし、少し家の者らに失望した二人は、さっきまで共にワルツを踊った相手を恋しく思った。
2度目に出会ったのはまた別のパーティで、その時は踊るなんて目立つことはせず、互いにこっそりと目立たないように会話を楽しんだ。
そのまた次にあった時は公的な名目で海へ出掛けた。
そのまた次は……次は…………
最後は彼の腕の中だった。
そろそろ両方の家の現当主が退こうとしていた。
そこで彼の家は大きな食事会を催し、多くの権力者が出席する中、彼女も出席者の一員に入れた。
彼らは彼女をここで殺そうと画策したのだ。
遅効性の毒を盛り、自分たちには関係のないところで死んでいただく。
そうすれば、当主を引き継ぐ人間はいなくなり、年齢的に限界の現当主を抱えたまま奴らの家は力を失う。
大勢の人で入り乱れる食事会はうってつけだった。
彼はそれを良しとは思えなかった。
幼い頃から家のために尽くすことこそが至上と思ってきたが、今回は違った。
こんな家のために彼女を殺したくない。
そして、こんな汚いことを考えるような家なんて、無くなったほうがいいと。
毒はワインの入ったグラスに盛られた。
こちらの息がかかった給仕が、毒入りのワインをトレイに乗せ、彼女へ勧めた。
その時点で止めようと思ったが、自分へ少しでもいい印象を与えようとする出席者の壁に阻まれた。
こんな時まで自分の身分が邪魔を働いた。事ここに至って、彼はつくづくこのパーティとその世界に嫌気がさした。
彼女が勧められたワインに口をつけるその寸前、たどり着いた彼はこう声に出した。
彼「女性にそのような強い酒は体に悪いでしょう。僕のカクテルと交換しましょう」と。
そして彼女と自分のグラスを入れ替えた。
やおら毒入りのワインを口元へ運び、一気に飲み干し笑顔を振りまいてみせる。
豪快さを魅せたのだと思った周りの出席者はおおと声を上げる。
彼女も笑顔を見せ、負けじとカクテルを飲み干す。
二人が美男美女故に周りの人々は大いに沸き立った。
だがその中、彼女だけは悲しそうな笑みをこぼしていた。
どうしてだ、と疑問に思った彼は彼女の手を引きベランダへと出た。
どうしてそんな悲しそうな顔をするのかと、彼は尋ねた。
彼女は少しのためらいの後、
実はあなたのグラスには我らが毒を仕込んだのです
と言った。
それを聞いた彼は目の前が暗くなっていくのを感じた。
「ならなぜ、なぜ僕の交換を受けたのですか」
「たとえここで毒を飲ませなくとも、私の家はいずれあなたに危害を加えるでしょう。
そんな家は私が死ぬことで無くなってしまえばいいと思ったからです」
皮肉なことにも、お互いに同じことを考え、同じように相手のために死のうと考えていたのだ。
そして今や二人は同じように毒を飲んだ。
解毒できるようなものは選ばれていない。
二人には死しか残されていない。
「……僕が飲んだ毒は遅効性です」
「奇遇ですね、私が飲んだものもそうです」
「ところで、ずっと人が多いところにいて疲れたでしょう?気分転換に車で抜け出しませんか?」
「いいですね、喜んで」
二人はデートへ出かけた。
彼の高級車に乗って食事会場から出発し、宛もなく街へ繰り出した。
車の中では今まで家によって縛られて聞けなかったことや、恋人らしいことをした。
車を止めて自分の足で歩いてからはウィンドウショッピングに洒落こんだり、
入り難い雰囲気のバーの店先で手をこまねいたり…………
何もかもすべて満たされていたはずの自分たちの人生の中で、一番満たされていた時間のように二人は感じた。
そうこうしているうちに眠くなったので、適当なところで車を止め、その中で抱き合いながら眠りに落ちた。
目が覚めると、まだ日も出ていない深夜だった。
どうせだったら日の出を見よう、と高級車には少しハードルの高いオフロードを進み、
街のはずれの小高い丘にたどり着いた。
肌寒い日の出前に外に出るには彼女のドレスはいささか寒いので、彼は自分のジャケットを羽織らせてあげた。
彼女はニコリと笑うとありがとうとつぶやいた。
それにはジャケットのことだけではない、他の意味も込められていることが彼には感じ取れた。
二人が飲んだ毒は偶然にも同じ種類のものだった。
ほぼ同じタイミングで飲んだので、誤差はあれど同じ時間に死ぬはずだ。
その最後の瞬間まで共にいようと、二人は声に出さずとも承知していた。
そろそろ夜が明ける。
すると次第に視界がぼやけてきた。
どうやら彼女にも同じ症状が出ているようで、目をこすっている。
「そろそろなんだな」
「ええ」
そう言うと、二人はゆっくりと近づき、抱き合った。
程よい締め付けを心地良く感じると、静かにキスをした。
涙は出したくても出なかった。毒の効果によって涙腺も含め様々な器官が動けなくなっていたからだ。
体が麻痺してきているのか、彼は彼女の体を支えることが難しくなってきた。
だが、それは毒の効果だけではなかった。
彼女自身が自分の体を支えられなくなっていた。
彼よりも彼女のほうが毒のめぐりが早かったのだ。
「ごめんなさい、私が先なのね」
「……一緒に逝けなくてすまない」
「謝らなくていいのよ」
「それを言うならお前もだ」
「……フフ、確かにそうね……ああでも……日の出を見られないのは………」
そう言って彼女は眠るように目を閉じた。
彼の腕はもう限界で、力を失った彼女の体を支えきれず跪いた。
彼の腕の中で彼女は眠っていた。
双方の家が用意した毒が、眠るように息を引き取る毒だったことは二人にとって幸運なことだった。
そろそろ僕も限界か。
彼はそう思い、力なき彼女の体の上で力なく俯いた。
ちょうどその時、鋭い光が目に飛び込んできた。
日の出だ。
ああ、きれいだ。
これを彼女と見れれば、と思いながら彼は眠りについた。
次の瞬間、目が覚めると自分は宙に浮いていた。
眼下には昨日の夜駆けまわった街。
眼前には今まで見たこともないくらい大きく見える日の出の太陽。
隣を見ると彼女がいた。
驚いて目を見開くと彼女は手を握ってくれた。
案外冷たくはない。
むしろ彼女の中にいるかのように、手で触れた時よりも暖かかった。
手を取り合うと、二人はいつかのようにワルツを踊った。
華麗なステップを刻みながら、二人は登っていく。
彼が改めて前を見る。
ああ、彼女と見れて良かった、この綺麗な太陽を。
満たされる。
溢れるほどに。