Ⅶ
<四天王の勝剣>
空獲りの儀式が始まった。
翼のない神官が、闘技場中央の祭壇に立ち、祝詞を読み上げる。それを終えると、翼の形に彫られた像の前に立った。翼には白い綱が巻き付けてある。神官が抜刀し、スッと綱を断ち切った瞬間、闘技場に歓声が上がった。
綱切りは、それまで若者の翼に掛けられていた、目に見えないくびきを外すことを意味する。綱が断ち切られた瞬間、闘技場にいる全ての新成人に、翼の自由使用許可が与えられたことになるのだ。
翼を自由に使えるようになることは、全ての翼族の十三歳に、知らず知らずのうちに成人の自覚を与える。とは言っても、一日、二日で意識など変わるものではない。空獲りで、初めて自覚の機会を与えられてから、身体的な成人を迎えるまで、翼族の若者は徐々に精神的に成熟していく。空獲りは、そんな意味を持つ通過儀礼だ。
儀式が終わると、いよいよ空獲りの競技に入る。自由になった翼を、新成人たちは存分に試すのだ。神官が大太鼓の前に立つと、闘技場は、一瞬、完全な静寂に包まれた。と、次の瞬間、太鼓が鳴り響き、若者たちは一斉に空へと舞い上がった。
予想に違わず、闘技場上空の混雑を抜け、いち早く先頭に立ったのはコンドル卿だった。追うように鷹族の王子が集団を抜ける。二人に続き、やがて群れから抜け出したのは、隼卿と白鳥卿だった。
隼卿は、集団の中を抜けるのではなくて、人波を外側に回避して先頭の二人を追うことにしていた。遠回りではあるが、もともと早さのある隼卿には効果的な作戦だった。
すぐに、コンドル卿、鷹卿、隼卿、白鳥卿の順に、集団を引き離して上空へと翔け上がってゆく。そのままの順位で、四人は飛び続けた。
やがて、四人の目に、国境山脈が見えてきた。その頂上に「見張りの塔」があり、その塔の頂に祠がある。その祠の前で、神官が今年の空獲りの勝者を待っている。神官のもとに辿り着くためには、祠へと続く小さな門を抜けなければならないが、すぐに、その門が見えてきた。
この時点で、コンドル卿は、ほんの身体半分程、鷹卿よりも先んじているだけだった。コンドル卿は小さく舌打ちをした。さすがにやるな、と思った。どうやら、門の前で、鷹卿との競り合いになりそうだ。本来ならば、競り合いにまでもつれ込みたくはなかったが、仕方がない。
状況は鷹卿にとっても一緒だった。気に入らないが、その実力を認めないわけにはいかないのが、コンドル卿という奴だと、つくづく思った。
コンドル卿が、門の手前で鷹卿の方を振り返り、すぐに二人の競り合いが始まった。
一人が片手で相手を押さえつけ、門の前に着地しようとすると、もう一方は身体を反して相手のバランスを失わせ、先には行かせまいとする。一人がどうにか着地すると、もう一人も着地して道を遮り、門へは向かわせまいとする。
コンドル卿には力があるが、鷹卿には技がある。もともとが実力の拮抗した者同士だ。なかなか決着はつかない。
その小競り合いを後方から眺め、予定通りだと隼卿はほくそ笑んだ。こういった競り合いが続いた場合、双方が同意さえすれば、神官の許可を受け、同時優勝とすることも出来るのだが、隼卿は、この二人に限ってそんなことはしない、と読んでいた。二人は仲が悪い。どちらも自惚れで自尊心が強い。妥協などするわけが無い。
だから、隼卿は、三番手に付けてさえいれば、自分が、争う二人の横をそっと抜け、先に神官から勝剣を受け取ることができる、と最初から計っていた。先争いをして、競り合いに巻き込まれるよりも、よっぽど利口だ。何も卑怯なことではない。出し抜かれる方が愚かなのだ。
隼の女卿は、二人に気づかれぬように下方裏手から回りこんで、門の近くに着地した。馬鹿王子二人は、まだ呑気に正面空中で小競り合いを続けている。
神官が隼卿を見た。よし、と思った。
「隼族公爵の長子、メイアにございまする。空獲りの勝剣を頂きに上がりました」
しかし、そう口上を述べ、門をくぐろうとしたところで、両翼を掴まれた。
隼卿が振り返ると、今の今まで門前の空中で競り合っていたはずの王子二人が、それぞれに翼を掴み、物凄い形相で自分を睨んでいる。
「貴様、よくもぬけぬけと!」
「そうは出し抜かれんぞ!」
二人は、同時に叫んだ。
「放せ!」
隼卿は翼を勢いよく羽ばたかせ二人の手を外した。が、さすがにそんなことでは、二人ともびくともしない。
すぐに、三者の競り合いとなった。
素早く空中に舞い上がり、門への道筋を塞ぎながら、畜生、畜生、と隼卿は何度も口の中で繰り返した。あともう少しだったのに!
一方、コンドル卿は、隼卿が競り合いに入るなど予想外だ、と驚いていた。しかも、その飛行技術は、並の男などは比べものにならないほど高い。女だと思って甘く見ていた。余計な手間が増えてしまった。
鷹卿はといえば、隼卿の並々ならぬ速さを賞賛の目で追っていた。女の飛武術など取るに足らないと思っていたが、この女、これほどの速さがあれば、よほど良い飛武術をするに違いない。元来が武術好きな鷹卿だから、予想外の好敵手の出現に胸が躍った。しかし、空獲りの勝敗は別の話だ。こんな女に出し抜かれるわけにはいかない。
三者とも譲らないまま、競り合いは続いた。
と、確かに競り合っているのは三人だが、塔に着いているのは四人だった。白鳥卿も、隼卿に少し遅れて到着していたのだ。
しかし、白鳥卿は競り合いには参加せず、必死で何かを叫び続けている。当然、他の三人に、聞く耳など、あるわけがなかった。
白鳥卿が、一際大きく叫んだ。
「三者同時優勝を申し出ればいいでしょう!」
が、次の瞬間に返ってきたのは、三者三様の、しかし同じ意味の答えだった。
「冗談じゃない、勝つのは俺だ!」
「そんなことが出来るものか、勝つのは私だ!」
「誰が申し出るもんですか、勝つのは私よ!」
その答えを聞くや否や、何かが弾けたように、白鳥卿は電光石火の動きで門を抜け、祠の前の神官のもとに走ると、その手から「頂戴いたします」と懐剣を奪った。
と、同じ速さで、競り合う三人の真ん中に飛び込み、鞘のまま、懐剣で流れるように三人の手を打った。
そして大喝した。
「成人となるその儀式の最中に、子供のような争いを続けて、三人共恥をお知りなさい!」
いつもは白い顔が、怒りで赤くなっている。そのくせ、なぜか殺気と言うものがなく、静かな目をしている。ゆえに、その姿は異様で、恐ろしく見えた。畏怖の念を呼び起こす、そんな姿だった。普段が人一倍大人しい白鳥卿の迫力に、三人はただただ圧倒され、諍いを忘れて、その姿を凝視した。
白鳥卿は、唖然とする三人の手を順々に取って、懐剣の鞘と柄を握らせた。
「さあ、これで三者同時優勝ですよ。誰も異存はないでしょう?」
やや暫くして、
「イヤ、」と、鷹卿が口を開いた。
「優勝は、」と、コンドル卿が言葉を続け、
「あんたよ」と、隼卿が締めくくった。
それを聞いた白鳥卿は、ポカンと口を開いた。それから、ハッとした顔をして、困ったように言った。「あ、そうか。僕、先に剣を取ってしまった」
それから、心底申し訳なさそうに続けた。
「……ごめんなさい」
次の瞬間、他の三人は吹き出した。
後に四天王と呼ばれるようになる、その四人の友情は、この時から始まったのだ。
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