Ⅵ
<コンドル卿>
三人の弟たちに見送られ、館を出て空を飛びながら、コンドル卿は今日の空獲りのことを考えていた。
順当にいけば、勝つのは自分だろう。面倒な相手と言えば、やはりあの高慢な鷹卿だが、負ける気はしなかった。確かに、飛武術の練習試合を行うと、今のところ勝敗は五分五分になる。だが、群衆の中を掻き分けて飛ぶには、やはり自分に分がある。何しろ自分の方が、直線の飛道を作りやすい。
ともかく、絶対に勝たなければならない、とコンドル卿は思った。
皇家鷲族闘技場に着いた時、目に飛び込んできたのは、人込みの中を一人ウロウロと頼りなく歩き回る白鳥の翼の人物だった。「珍しいな」と思い、近くに下りて、コンドル卿はその人物に声をかけた。
「白鳥卿?」
クルリと振り返った顔は、少女のように美しい。間違いなく白鳥族の王子だ。
「コンドル卿!」顔をほっと綻ばせて白鳥卿は叫んだ。
「一人か?」と、訝しそうにコンドル卿は尋ねた。
白鳥の王子の隣には、いつも隼族の女卿がいる。その女卿に、どうやら嫌われているという自覚がコンドル卿にはあった。女の身でなかなか良い飛武術をするので、こちらは一目おいていたのだが、話をしようにも、どうにも取り付く島がない。理由は知らないが、相当強く嫌われているようだった。
そういう事情で、いつも女卿と一緒にいる、この白鳥族の王子とも話をする機会は少なかったが、コンドル卿は人当たりの良い白鳥卿に好意を持っていた。気性の激しい隼卿の引き起こすいざこざを、いつのまにか丸く治めて何気ない顔をしているところが心憎い。
「隼卿が見つからなくて」と、悲しげに白鳥卿は言った。
「へえ、隼卿に放っておかれるなんて、珍しいこともあるんだな」と、意外そうにコンドル卿が言う。
すると、白鳥卿は、目を瞬かせてコンドル卿を見た。それから、少し言いにくそうに続けた。「……あのね、僕、さっき鷹卿に挨拶に行ったの。そうしたら、怒ってどこかに行っちゃた」
それを聞いて、コンドル卿は思わず苦笑いをした。その時の、隼卿の態度を想像するのは全く難しいことではない。隼の女卿が、鷹卿に対しても敵意を持っているらしいことは、飛武術本館に通うものなら誰でも知っている。
もっともこの件に関しては、コンドル卿も納得がいくし、女卿に共感も出来る。
鷹族の王子というのは、どうにも鼻持ちならない人物だった。翼族最大の鷹族だか何だか知らないが、とにかく高慢でいつも人を見下したような態度をとる。
口先だけの者なら相手にもしないが、鷹卿は全てにおいて出来がいいとくるから、またタチが悪かった。自分が他よりも優れていることを知っていて、上からものを言うのが、当然だと思っている。
こと、同じ四大公家であるにも係わらず、小部族であるからとコンドル族を侮蔑する態度には、元来寛容であるはずのコンドル卿も辟易していた。
猫も杓子も掻き集めたような大所帯の鷹族よりも、少数精鋭である自らの部族を、当然、コンドル卿自身は誇りに思っていた。何しろ、コンドル族は、もともとが皇家狗鷲族と覇権を争った禿鷲族の縁戚なのだ。本流から離脱して小部族とはなったが、他の三公家に見劣りするような部族では決してない。むしろ、腹黒い本流から、正義を貫いたが故に決別した誇り高い一族なのだ。
大体、鷹族には、いつ謀反を起こしてもおかしくないような、いかがわしい経歴の家が多く含まれている。それに比べると、清廉潔白のこと限りないのがコンドル族だ。その辺り、あの鷹族の王子はまったく理解していない。腹立たしい。
「それにしても、お前が、あの鷹卿と面識があるとは知らなかったな」と、再び意外そうにコンドル卿が言った。
白鳥卿は、困ったように笑った。「僕ね、卿の弟君と友達なの。それに、あの鷹卿は、そんなに悪い人じゃない」
それを聞いて、コンドル卿は思わず吹き出した。そんなに悪い人じゃない、とは言ったものだ!悪い人ではなくて、単に横柄で高慢で鼻持ちならないだけだ、ということだろうか!白鳥卿の人の良さは、筋金入りのようだな、とコンドル卿は腹の中で思った。
「おい、何か鷹卿に弱みでも握られているのなら、俺が相談に乗るぞ」と、冗談めかして言う。
と、意外にも白鳥卿は悲しそうな顔をして、「そんなんじゃないよ」とため息をついた。「……どうして、皆、そう仲が悪いんだろう」
その反応に驚いて、コンドル卿は慌てて言い訳をした。「いや、俺ばかりが悪いのではないと思うがな」
すると、白鳥卿は、一度考え込んだ後で、真面目な顔をして頷いた。「……うん、そうだね、多分コンドル卿のせいではないや」
それから、ふと、いつものように愛らしい笑みを浮かべて言った。「調子はどうですか?皆、卿が優勝候補だって言っているね」
「ウン?……ああ、まあ、調子は悪くない」と、コンドル卿は曖昧に答えた。あまり、触れられたくはない話題だった。
……そうなのだ。誰もが、今年の空獲りに勝つのは自分だと予想を立てている。それを、本人も痛いほど良く知っていた。鷹卿の優勝を予想するものもいるにはいるが、それでも、やはりコンドル族の王子の方が身体的に有利だというのが、大方の予想だった。面と向かってそう言われたこともある。褒め言葉なのだろうが、余計なお世話だと、言われる度に当人は思った。
事実、コンドル卿は、今年の新成人の中でも一人ずば抜けて大きく、既に並の大人よりも優れた体格をしている。翼も、もうほぼ成熟していて、要は、体格差で勝って当然なのだ。だからこそ、万が一にも負けるわけにはいかない。当然のことをものにしなければ、三人の弟たちにも、多くの後輩達にも示しがつかない。もちろん、父上にも申し訳が立たない。
と、急に難しい顔をして黙り込んだコンドル卿を見て、白鳥卿は笑い出した。「あのね、そんなに気負わなくてもいいと思うな」
コンドル卿は、驚いて相手の顔を見た。「……そうか?」
「そうだよ。普通にしていれば勝てるんだもの」
白鳥卿は、声をたてて、心底可笑しそうに笑っている。
暫く、その笑い顔をじっと眺めていたコンドル卿だったが、突然「そうだな」 と答えて、自らも豪快に笑った。
(……白鳥卿というのは不思議な奴だ。もしかして、生まれつき、負の感情と言うのを知らないのかもしれんな)
笑いながら、そんなことを頭の中で考えていた。
と、白鳥卿が、笑いを止めて、小さく「あ、」と言った。
「うん?どうした?」
「隼卿だ!」白鳥卿は、嬉しそうに東の空を指差した。特徴ある尖った形の翼が、こちらに向かって飛んでくる。
「……おっと、俺はもう行ったほうがいいな。一緒にいるところを見られたら、また怒られるんだろう?」コンドル卿が笑いながら言う。
「そうかな、」と、白鳥卿は困ったように首を傾げてから頷いた。「……うん、きっとそうだね」
「じゃあな」と、元気づけるように軽く肩を叩いて、コンドル卿はその場を離れた。
少ししてから振り返ると、案の定、女卿が白鳥卿に説教をしているのが目に入った。白鳥卿は、気の毒なほどしょげ返っている。
どうせ、あんなのと話をしちゃあいけない、とか何とか言っているのだろう。俺たちが、白鳥卿を取って食うとでも思っているのかもしれない。まったく妙な女だ。関わらずにいた方が賢明だ、とコンドル卿は思った。
・〜・〜・〜・〜・




