XIV
ピコの孔雀の両翼が、視界から消え去ってから、 ハルが感慨深げに言った。「人によって、色んな思い出があるもんですねえ」
「……そうだな」
「皇子の空獲りって、どんなでした?実際やってみて」
カイは答えずに唸った。考え込んでいるのだ。
少し経ってから、言葉を選び選び、カイは「……ハルが、」と口を開いた。
「僕が?」
「一緒に闘技場にいて、祭事神官をやっていたのが、良かったな」
ハルは驚いたように目を瞬かせた。「そうでしたか?」
「ああ。ハルが儀式をやっているのを見て、色々わかったことがある。本当なら、闘技場にはいなかったんだろう?だから、ハルが今年の祭司役になって良かった、と思った」
「色々分かったって?」 ハルが不思議そうに尋ねた。
カイは、再び顔を顰めて考え込み、それから、ゆっくりと話し出した。
「さっき、大烏伯のところで、四天王とは違って、俺たちにとっては、成人が色々な終わりだったって言ってたろ?俺も飛武術の稽古をしている時には、よくそう思ったが、空獲りの時に、それは違うなと分かった。やっぱり色々始まるんだと思った。ハルは、俺の知らない事を知っているし、俺は、ハルが出来ないことが出来る。そういうことが、一人だけ祭壇の上にいるハルを見ていたら、よく分かった。無いものを補えあえる奴と一緒に生きていられるのは、すごいことだと思った。
「そうしたら、覚悟が決まった。昔は、世継ぎなんてのは面倒くさいと思っていたのが、恥ずかしくなった。俺は、俺のやるべきことをやらなけりゃいけない。何か、大きなものを背負わなけりゃならないんなら、背負ってやる、やってやる、と思った。そうしたら、物凄く力が沸いてきた。太鼓が鳴って、飛び出て、飛んでいる時は、何も考えなかったな。
「ただ、俺は空を飛んでいるのが好きだ、と思った。でも、早く地上に帰りたいとも思った」
「へえ、地上に?」
「ああ」
「なんでですか?皇子らしくもない。ほぼ鉄砲玉っていう異名まで持ってるのに」
そう返されて、カイはもう一度唸った。眉間に皺を寄せ、頭を抱えている。何か言葉にならないことを、言葉にして絞り出そうとしているのだった。
暫くしてから、カイは再び口を開いた。「……飛んでいる時、下の方から沸き起こってくるような、押し上げてくるような力がずっとあって、これはハルなんだ、ハルが俺と一緒に飛んでるんだ、と気付いた。そうと気付いたら、何だか突然、空も地上も、俺の居る所だ、と分かった」 そこで、カイは一旦言葉を切った。
再びウーンと唸って「……よく分からんが、」と言ってから、納得調子で付け加えた。「まあ、要は、俺は俺というものに生まれて、ハルという奴がいて、結局のところ四天王と同じくらいに幸運なんだろう、と思った。だから飛び終わったら、俺の居るべきところに帰ろうと思ったんだ」
ハルは、少しの間、目を瞬かせていた。 それから気味悪そうに言った。「……皇子、ずいぶん僕のことを誉めますね。何か僕の物でも壊しました?」
カイも、ふと、当人を前にしていたと気づいて、バツが悪そうに舌打ちをした。それから、ぶっきらぼうに答えた。「空獲りがどうだったか、聞いたのはハルだろ」
「そりゃ、そうですけど」
「素直に聞いておけ」
「いえ、ずいぶん有り難がられてるなあ、と」 ハルがしれっと言う。
カイは仏頂面で言った。「それより、自分はどうだったんだ。空獲りを見てたんだろ?」
が、ハルは答えずに、ただニッコリと笑った。
カイがそれでも催促すると、すました顔でさらりと答えた。「時間の無駄ですよ。どうせ皇子と同じようなことを繰り返すだけなんだから。前にも言ったでしょ。僕こそ、僕の為に翼を探そうなんて我武者羅に思いついて、後先も考えず冒険旅行を始めるような、向う見ずな皇子がいて幸運だったんです。でなけりゃ、数十年後には、僕も搭獄送りになってますよ。賢者の一族なんて呼ばれているけど、翼のない翼族なんて、基本的には情緒不安定なんです」
それから、笑いながら付け加えた。「まあ、皇子、短気だから、上手くやっていくのには苦労も多いですけど」
カイは不機嫌そうに唸った。「……我武者羅で、後先も考えない、向う見ずな短気で悪かったな」
「悪かないですよ、皇子はそれでいいんです。あとは僕がなんとかしますから」と、ハルは涼しげに笑った。




