Ⅺ
二人は、盆を手に炊き出しの中庭を抜け、次の庭で腰を下ろした。
やがて、ピコも自分用の盆を抱えてやってきて、「アタシもご一緒するわ」と、二人の横に座った。
「舞台の稽古はいいんですか」と、ハル。
「愚問ね、継承君らしくもない。本番の準備なんか前日までに終わっているわ。開幕当日は、本番までゆっくりと精神と身体を休めるのが準備なんだわ。優美優雅は余裕から生まれるの。アタシの信条よ」 と言って、ピコは、ホホホ、と笑った。
「……それにしても、」とピコは続けた。「殿下と継承君とこうやって食事をするなんて、数ヶ月ぶりねえ。あの、楽しくも恐ろしい旅を思い出すわ。……でも、言っておきますけどね、アタシは二度と砂漠にも草原にも行きませんからね!近頃やっと日に焼けちまったお肌の調子が戻ってきたのよ!」
ハルが、「それは良かった」と微笑んだ。
カイは、一心不乱に食物を口に詰め込んでいる。
ピコは機嫌よく、特に意味のないことをペラペラと喋り続けた。
すぐに、カイはおかわりを貰いに立った。皿を一杯にして戻ってくると、「本当に良く食べるわねえ、殿下は」と、ピコがまんざらでもなさそうに言った。
カイが、「旨いものは旨いから仕方がない」とブツブツ呟くと、ハルが「じゃ、ピコには一生かないませんね、皇子」と声をたてて笑った。
こうしていると、三人で草原を旅していたのが、つい昨日のことのように感じられる。
やがて三人とも食べ終わり、盆を片付けたピコが、茶を入れて戻ってきた。
「……そういえば、殿下、この間、空獲りに勝ったんじゃなかったかしら?」と、湯のみ茶碗を渡しながらピコが尋ねた。
「ああ、勝った」
「おめでたいことだわ!さすがね、殿下!まあ、アタシの目から見ても、殿下に対抗出来そうな若者はいなかったものね」
ピコは上機嫌でそう続けた。カイの旺盛な食欲を好意的に受け取ったようだった。ただ、その食べっ振りは少々お品がなかったようだわと、文句を言うのを忘れてはいなかったが。
が、腹がくちくなって満足したカイは、それを軽く受け流した。
「……それにしても懐かしいわ、空獲り!アタシも、アタシの空獲りの時には、結構いいところまでいったのよ!」
「そうなのか?」カイは驚いてピコを見た。ピコが「いいところまでいった」ことよりも、空獲りに興味を抱いていた、ということ自体が意外だったのだ。
ピコは、飛武術をはじめとするあらゆる武術が嫌いだ。競技や勝負ごとにも興味がない。だから、空獲りという競技そのものに関心などなかったのだろうと、カイは思っていた。
カイが、本人にそうと告げると、ピコは、「そうねえ」と案外真剣な表情で答えた。「アタシはアタシなりに、空獲りという儀式に意義を見出していたのよ」
カイとハルは顔を見合わせた。ピコの空獲りの思い出というのは、なかなか興味深い。
「どんな意義だ?」 カイが尋ねる。
ピコは小首を傾げて考え込み、暫くしてから答えた。「やっぱり、無責任で情けなかった幼い自分と決別するっていう意義かしら。アタシはね、芸術とアタシ自身の才能に対して、無責任だったのよ。結局のところ、成人の儀式なんですものね、空獲りって。だから、けじめというか、決意というか、アタシの中でそういう区切りをつけるための行事として、結構意味深かったんだと思うわ」
「……無責任で、情けなかった?」カイが眉を顰めた。
「ピコが、ですか?しかも、芸術に対して?」ハルが意外そうな顔をした。
「そうね。初等学校が終わってから、アタシの人生は変わったのよ。……ああ、違うわね、アタシが、成人を機にアタシの人生を変えようと思った、というのが正しいわ。生まれて初めて、アタシはアタシの意志というものを知って、宮廷役者になろうと決めたのよ。空獲りは、そういう新しい自分を実感するという意味でも重要だったの」 としみじみと続けて、ピコは茶を啜った。




