四話「パンツは被り物」
俺は、現在進行形で幻想郷から洗礼を受けている。
あの東方projectで有名な“弾幕”が、俺に向けて放たれているのだ。
ゲームなら、飛んでくる弾に当たってもピチューンという独特な音を発生させて、残機が一減るだけだが、今は現実だ。
さっき肩に弾がかすめた時に、少し痛みのような感覚があった。
その感覚から考えるに、直接当たってしまうとそれなりの痛みが発生すると予測ができる。
東方projectの中では、妖怪と人間の力量差を埋めるために、考えられた戦法と言われているが、俺は外の世界の人間だ。幻想郷で妖怪と弾幕ごっこを行なう人間は、一般の人間とは言えない。
一般ピーポーなんだ!だから、当たってしまうとピチューンなんて可愛い効果音を出すことなく、絶命する危険性があると考えた方がいいだろう。
やべぇ!そう考えると背中に嫌な汗が出てきやがる…
「こいしさん!少しは、この馬鹿げた弾幕の密度を抑えてもいいのですわよ」
「私の…私の…パンツ返して」
んん~、話が通じないようだ…彼女の冷静さを誰があそこまで、低下させてしまったんだろう?
答えは簡単だ!犯人は俺なんだから。
俺がこの洗礼を受けている理由は、こいしのパンツを頭に被っているからだ。
うん、被り心地は悪くないね!
この状況になった経緯を思い出しながら、逃げていたら更に弾幕の密度が濃くなってしまった。
こいしは、大量の弾幕を俺に容赦無く浴びせてきたのだ。
ピンク色の弾幕が俺の後頭部に迫ってきた。
それを避けるためにも、少し屈んで避け、立て続けに俺の体の中心部に向けて弾幕が迫ってきたので、屈んだことで膝が曲がっていたので、そのまま前方に飛び退け、前転をして立ち上がった。
その流れのついでに、二、三個の弾幕も避けることに成功した。
(なかなか切羽詰まっている状況だけど、弾幕を避けることは成功しているな!よし、もう少し冷静さを失わせて、力任せに弾幕を放ってもらおう)
大きく息を吸って
「地霊殿の皆さーん!心を閉ざした妖怪こと、古明地こいしのパンツは淡い黄色でハートの柄がチャームポイントの可愛らしい下着ですよーー」
「ちょ、ちょっと!黙って!!」
こいしは顔を真っ赤にして、更に弾幕を俺に向けて放って来た。
その弾幕を側転しながら、躱してさとりの部屋まで向かった。
なぜ、俺がこいしの弾幕をここまで避けられているのかというと、能力が影響している点を除いて、弾幕の性質にある。
弾幕は通常、迫ってくる相手に向けて行う防衛方法だ。
それを逃げている相手に放っていることで、弾幕のメリットである密度で迫って撃墜するという特徴が失われている。
だから、密度が濃い弾幕を発生させても、それはこいしの周りだけであり、広がって逃げ道を防ぐ弾幕の性質上、俺のところに到達する頃には面は点に変わっており、避けるのが容易となっているのだ。
「ふははは!当たらん、当たらんのだよ!」
「ぐぬぬ……」
そんな攻防をしばらく続けていると、さとりの部屋まで数mのところまで来ることができた。
だが、ここであるミスに俺は気付いてしまった。
先ほどまでは、できるだけ広いフロア内を逃げ回っていたから、弾幕は点になり、避けやすくなっていた。
しかし、さとりの部屋の中に入るためには狭い廊下を突っ切るしかない……面を点にする作戦が上手く働かないのだ。
「…追い詰めたよ」
おっと…冷や汗が出て来たよ。
「そんな怖い顔、君には似合わないさ!笑顔になろう!」
「私のパンツを返してくれて、数十発弾幕を受けてくれたら笑顔になるよ」
いやん!エンジェルの提案はとても厳しいですね!
俺は、ここまで来るまでも散々走ったから、体力はもう限界に来ていた。
でも、ここで足を止めてしまうと弾幕の餌食になってしまうという恐怖で、限界点を超えて再度全力疾走をして、さとりの部屋まで走った。その距離残り100m
こいしは狭い廊下で弾幕を撃ってきた。
弾幕は、映画によくある探検者がトラップを起動してしまい、壁が迫ってくるシーンのように、俺に迫って来た。
しかも、なかなかに早い!
(あんなのに飲み込まれたら、マジで洒落にならん)
「うおぉぉぉ!目の前にバスタオル姿で、俺に手招きをしている美少女が居ると思って走れ―――!」
さとりの部屋まで、残り50m
残り半分ってところで、こいしが放った弾幕に変化が起きたのだ。
壁のように迫って来ていた。弾幕だったのだが、その中の数十発が敵を我先にという勢いで飛んで来た!
弾幕の密度が濃いことで、こいし自信も俺の姿をしっかりと見えてないのだろう。
だから、飛んで来た弾の何発かは俺の横を通り過ぎた。
それでも、俺に向かって飛んで来た弾はあった。
頭、手、足、胴体それぞれに飛んで来たので、僅かな動きで躱す。
そうしないと、弾幕に飲み込まれそうになってしまうからだ。
そのため弾幕は俺の体を容赦無く、削っていった。
弾幕って削られるだけでも痛てーじゃねーか!
得点が欲しいからといって、グレイズをずっとしてごめんよ。
東方projectのゲームで操作した。霊夢や魔理沙に心の中で謝った。
さとりの部屋まで、残り10m
残り少しで目的地だ!
酸欠状態で顔が青白くなりながら、俺は目的を達成できる高揚感で心臓のリズムが軽快なステップを踏んでいた。
「もう…いい加減に返してよ!」
そんな声が聞えて来たから、俺は後ろを振り返ってしまった。
こいしは怒りからなのか、恥ずかしさからなのか顔を真っ赤にしていた。
そう、先ほどまで弾幕の壁で見えなかったこいしの顔が、弾幕の隙間から見えていたのだ。
壁になるほどに密度が濃かった弾幕が一斉に襲って来ていた。
お目当てが目の前にあることで、俺の心に少しの油断が生まれたんだろう。
その一瞬俺の逃げ足のスピードが遅くなってしまったのだ。
俺は、弾幕にすぐに囲まれた。
前方、後方、真上、横全てから弾幕が迫って来た。
やべ!
眼前に迫って来た弾幕を体制を屈めてグレイズしながら、スライディングで廊下を滑り弾幕の囲いから逃れることができた。
すぐに立ち上がり、さとりの部屋のドアノブを回して部屋の中に入ろうとした時に、立ち上がったばかりで、体制が整っていない状態で壁に跳弾して、向かって来る弾が視界に入ったのだ。
無理だ!避けきれない!
俺と弾の距離は数cm、体制は崩れたまま…
すぐに避けきれないと判断ができたので、俺は腕を弾の軌道上に合わせてガードをすることにした。
ドン……腕に触れた感覚から一拍置いて、痛みが腕を中心に俺に警告を知らせてくれた。
「くっ!!」
痛みに我慢しながら、弾の勢いのままさとりの部屋の中に入った。
そこには、こいしにも負けない美少女が口と目を広げて俺の方を見ていた。
うん、可愛い!今俺は、弾の勢いに任せて飛んでいる最中だから、さとりに抱き着かないと勢いは止まりそうにないな!これは不可抗力だから、仕方が無いことだから、他意は無いよ!
「さっとりーん!会いたかったよー」
両手を広げてさとりに抱き着こうといた瞬間、さとりから放たれた弾によって俺の勢いはすんなりと止まった。
何か館の中が騒がしいですね?
先ほど、こいしが部屋の中に入っていたみたいなので、ヒワイさんの話を途中で中断させてしまいましたが失礼でしたね。
でも、こいしが何かに悩んでいるかも知れない状況で、私だけが楽しく話しているのは良く無いと思っての行動でしたが……ヒワイさんには後で謝っておきましょう。
そんなことを考えている最中に、さとりの私室の外からドン、バンなどの騒音が聞えていたのだ。
(何?何?何が起きているの?)
(うお!危ない!弾が通り過ぎたぞ)
(何だろう?命が危険というのに、美少女に責められていると考えると不思議な高揚感が生まれるぞ)
……一名を除いて何か大変なことが起きているみたいですね?
でも、変だ。
少なくても身の危険を感じているペットや人間の声は聞こえるけど、攻撃者の心の声が聞えてこない。
私の部屋からでも騒音が聞えて来るのだから、地霊殿内のトラブルってことは間違いないだろう。
なら、私の能力の範囲になるはずですけどね。
しかも、先ほどと比べて騒音は部屋に近づいて来ている。
「目的は私の部屋ってことですかね?」
出向く準備をしないといけませんね。
そう考えて私は、椅子から立ち上がり、扉の前に立った。
来訪者が、この部屋に入って来る予定なら扉を開けてくるだろう。
だから扉の前に立って、迎撃できる体制を整えた。
僅か数分で扉が勢いよく開かれた。
「!」
私は絶句した。入って来たのは予想していた人物で、先ほどまで会話をしていた人間だったのだが、数十分前と姿が少し変わっていたのだ。
頭に被っているのだ。ビニール袋は会った時から変わらないが、更にその上からパンツを!
女性が身に付ける下着である、パンツを頭に被っている……いえ、正確にはビニール袋に被せている。
紛うことなき変態と目が合った瞬間、私に不可抗力で仕方なく抱き着くという考えが読めた。
彼は両手を広げて「さっとりーん!会いたかったよー」っと言ってたが、私は自分の本能に従って弾を放って当てた。
「ゴフッ…激しい愛情表現だね」
「邪な考えで抱き着こうとしたからですよ」
俺は、さとりから受けた愛情表現で、部屋の中で四肢を投げ出して寝転がっていた。
「……それで、ヒワイさんは何をしているのですか?」
「それはねえ…」
「もう逃がさないからね!」
事の成り行きを説明しようとしたところで、さとりに会わせたかった当人が部屋に入って来た。
「こ、こいし!」
「!…お姉ちゃん」
二人は目を合わせた瞬間、嬉しそうな表情をしていたが、すぐに不安な顔に変わった。
「こいし、あの…」
「あはは、ごめんね!お姉ちゃん、すぐに地霊殿から離れるから」
「!!?」
さとりは、こいしから衝撃的な発言を受けて驚いていたが、どこか理解していたのような諦めた顔をした。
「…じゃあね、お姉ちゃん元気でね」
お別れを言ってこいしは、さとりの部屋から出て行こうとした。
さとりは、こいしを止めようとして手を伸ばしかけたが、こいしの手を掴む前にさとりの動きは止まってしまった。
「はーい、ストップ」
俺は二人の成り行きを見て、お互いに遠慮している雰囲気を感じたから、間に立とうと思い扉の前に仁王立ちでこいしの逃走ルートを防いだ。
「あのね、君達お互いに勘違いしているっぽいから、しっかりと話し合った方がいいよ!こんな可愛い姉妹が二人共悲しい顔のまま過ごして欲しくないからね」
こいしとさとりを見ながら、俺は二人に向けて間違いを正すために言葉を掛けた。
「…ヒワイさんお気持ちは嬉しいのですが、まだ、パンツ被っている状態ですよ」
おっと、これはいかんなあまりの着心地の良さに頭の一部に感じていた。
「確かにヒワイさんに言われた通りに、話し合うことは大事ですね。どこかでこいしと話すことを諦めていた気がします。」
「お姉ちゃん?」
「こいし、すみませんでした」
さとりは、そう言ってこいしの目の前で頭を下げた。
「何?どういうこと?」
こいしは、かなり動揺しているのだろう。目を泳がせている。
「今もそうだけど、こいしが第三の目を閉じた時も私は貴方の悩みを聞いてあげることができてなかった。ヒワイさんが止めてくれなかったら、一生後悔するところでした」
「え?お姉ちゃんは私のこと迷惑じゃないの?迷惑だと思って出て行こうと思ったのに」
「…何を言っているの、こいしは私のたった一人の妹よ。もし、迷惑に思っていても家族のすることを許してあげられないほど、器は小さくないですよ。」
「お姉ちゃん!」
こいしは、涙を浮かべながらさとりに抱き着いた。
その後、二人の勘違いについて話し合った。
こいしは、さとりや家族に迷惑を掛けていると思い、出て行こうと思ったがなかなか出て行くことが出来なくて、近くに居るが姿を現さなかったことを話、さとりは、こいしの悩みを気付いてあげられてない自分に対して悩みを抱えており、こいしに対して迷惑なんて思っていないことを優しく告げていた。
そうやって、二人の姉妹の勘違いと昔から心の中に溜め込んでいた悩みを打ち明けて、泣き顔から笑い顔に変わった二人は見つめ合っていた。
「ふむ、美少女の笑顔はやはり良いものですね」
「ヒワイさん、ありがとうございました。こいしと会話を出来る場所を設けてくれて」
「うん、私からもお礼言っとくね、ありがとう!」
「あはは、いいさ!俺は美少女の笑顔が見たくて行動しただけだからな」
これは俺の好感度かなり上がったな!どうしよう二人から、告白されて仲直りした
二人が俺を取るために争ったら、ふっ、モテる男は辛いぜ。
「それはそうと、お兄ちゃん、私のパンツそろそろ返してもらえる?」
「え?それ、被っている物はこいしのですか?」
「うん、お兄ちゃんがいきなり私の目の前で被って、地霊殿の中を走り回ったんだから、とっても恥ずかしかったよ」
「へぇ~、それはそれは」
あれ?さっきまで、俺に対して感謝していたはずなのに、今は二人から汚物を見るような目で見られているぞ。
「では、大切な妹の下着ということで取り返さないといけませんね」
「うん!ありがとうお姉ちゃん!私も一緒に手伝うね」
その後、俺はさとりとこいしのルナティックモードでボコボコにされた。
「痛てー」
俺は、体中の痛みを感じながら重たい体を起こした。
ルナティックモードで襲われたことで気絶して、そのまま朝まで眠っていたようだ。
昨日は走り回って、弾幕避けまくって、最終的にボコボコにされたから、筋肉痛や痣など体に残ったダメージは大きいな……でも何かスッキリした気分だ。
俺は、外の世界で自分の力で人の役に立ったと実感が湧いたことがない、でも、今回の件は少なからず、二人の姉妹の仲を戻した。それは、あの二人の役に立ったと考えてもいいだろう。
「はい、その通りですよ」
そんな振り返りをしているところに、一人の少女の声が聞えて来た。
「私とこいしは、貴方の行動のお蔭で、お互いの勘違いを無くすことができましたからね」
「どうも…さとり今日も可愛いね」
こんな真正面からお礼を言われることが滅多に無いから、照れ隠しと本音を交えながらさとりを褒めることにした。
「ふふ、ありがとうございます。でも、次こいしの下着を被ったら、手加減無しで弾幕放ちますよ」
いや、あれはこいしをさとりの部屋まで連れて来るための作戦であって、自分の趣味で被ってたわけではない、だから、もう被ることを禁止にされても悲しくないんだからね!
「…その割には悲しそうな顔をしていますよ」
俺が気絶した後、こいしが地上に出て見た面白い話をさとりの私室で話をしたそうだ。
こいしは今まで我慢していたからか、少し興奮気味に話を行なっており、その楽しそうな姿のこいしを見てさとりも嬉しくなったそうだ。
そんな、のほほんとする話を聞かされて、俺は自然と頬が緩んだ。
やはり、美少女が仲良くする姿を想像するといいですな!
ある程度の経緯を話してくれた後、さとりは真剣な顔で俺の方を見て来た。
何だ?告白か?
「違いますよ……あの差し出がましいお願いがあるのですが」
「おう!いいよ!引き受けた」
「…まだ、何も言ってませんよ」
「美少女のお願いなら何でも叶えるさ」
「ふふ、そんな性格だと、いつか痛い目見ますよ」
「可愛い子からの痛い目なら、それはご褒美さ」
そう、男にとって可愛いは全てのことを許してあげられる、ほどに貴重なものなのだ。
「こいしのお目付け役をお願いしたのです」
そう言って、さとりはお願いの内容を俺に話してくれた。
「お目付け役?」
「はい、お燐とこいしから聞きました。ヒワイさんはこいしのことを見つけられる力があるそうで」
「まあ、俺の能力なら簡単だな」
でも、こいしならお目付け役なんて付けなくても、上手く生きていけそうだけどな?
「こいしは賢い子なので、何かトラブルに巻き込まれることはそこまでないでしょう。でも、何かしらの理由でトラブルに巻き込まれた時、すぐにこいしを見つけることは私にはできません。だから、保険としてヒワイさんにお願いしているのです」
なるほど、妹を心配する姉の心ってやつですたい!
「勿論、報酬無しで行ってもらうつもりはありません。ヒワイさんの食事と寝床をこちらで用意します」
「おお!高待遇だね!正直地霊殿から追い出されたら、行く当てが無いから助かるよ」
「では、受けてくれるってことでいいですか?」
「最初から言っているだろう、美少女の願いは叶えるって!」
俺は、親指を立てながら宣言した。
「ふふふ、そうでしたね、では、もう一つお願いをしちゃいましょう」
「お!何だい?」
「こいしを見かけたら、出来るだけ声を掛けてあげてください。こいしは能力の影響で、他人から認識されづらいので、自分から話し掛けないと会話ができないです。だから、昨日ヒワイさんから、話し掛けてくれたことを嬉しそうに言っていたので、そちらもお願いします」
ああ、確かに俺がこいしに声を掛けた時、一瞬だけ嬉しそうな顔をしていたな
「勿論OKだぜ!寧ろ話し掛けても大丈夫という許可をもらえて嬉しいよ」
「変なことは禁止ですよ」
「あはは、俺にとって美少女を見つめて話ができるだけで満足さ」
「…何だかお願いしたことが急に不安になって来ました」
「オイオイ!信用ねえな!」
「ふふ、冗談ですよ。これからよろしくお願いします」
「はは、ああ!よろしく」
俺はこうして地霊殿でお世話になることとなった。