仲間
「ハル、おはよう」
「…おはよう」
いつも通り朝の挨拶をする空だったが、あの日以来ハルの様子がおかしい。
空が優雨に放課後に町を案内してほしいと頼まれた日からだ。ハルは空と目を合わそうとせず、立ち止まる。空はゆっくりと歩きだし、すれ違う際にハルの頭をポンポンと優しく二回たたく。
優しい空の手の感触にゆっくり顔を上げるハルだったが、そこにはもう空はいなかった。
なんでこんなにもやもやするんだろう?
ハルは自分の気持ちのやり場に困っている。今まで誰にも関心を示さなかった空が優雨に対しては積極的に動いているように見える。
空については少なくとも自分が誰よりも理解していると思っていたハルは自分が知らない空が見えて戸惑っていた。
きっとこれは私のエゴなんだろうな…
ハルは空の暗い時代を知っている。両親が殺され、絶望していた空はこの世界のすべてを拒絶するかのような目をしていた。それが最近では少しずつだが笑顔を見せてくれるようになり、本来の優しい空に近づいてきているような気がしていた。
全てが自分のおかげというつもりはないが、一番近くで空を見続けていたハルは嫉妬していたのだ。転校してきてすぐに空に近づいてきた優雨に。
ハルは空に触れられた頭を撫でながら呟く。
「それでも空はあのとき私を救ってくれた…」
次の瞬間には顔が晴れ晴れとして先ほど空がいた先を見つめていた。
どんな空でも空なんだ。それは変わらない。だってさっきいた空も私のことをそっと気遣ってくれる不器用な空だった。
ハルは微笑みながら空の後を追い、追いつくと空の片腕に抱き着いた。
「空、おはよう」
満面な笑顔を浮かべるハルに少し戸惑った空だったが、すぐに優しい笑顔で見つめるのであった。
学校の昼休み、空に優雨は近づいてきた。
「空さん、一緒に昼食を食べませんか?」
「別にいいぜ。その代わりハルも一緒にいいか?」
ハルという名前を少し思案した後、思いついたように優雨は空に尋ねた。
「高崎さんですか?別に良いですが、少し今後のことでお話ししたいこともあったのですが…」
「ハルなら大丈夫だ。少なくとも俺の生い立ちをある程度は知っているからな」
そう言い優雨に簡単に説明した。両親が殺された後、高崎家に引き取られ育てられたこと。今後活動していく上で協力は不可欠になること。
「でも良いのですか?危険なことに巻き込むことになりますよ」
「俺が責任もって守るさ」
「わかりました。空さんがそこまでおっしゃるのでしたら、高崎さんにもご協力していただきましょう」
優雨の返答にうなずき、ハルを呼んだ。
「ハル、ちょっと来てくれ」
突然、空に呼ばれハルは驚いたが、横にいた優雨をみてこわばる。
「どうしたの?」
「いや、これから厳島と昼食を一緒に食べることになったんだが、ハルも一緒にと思ってさ。駄目だったか?」
少し心配そうに尋ねる空にハルはすぐに笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。ちょっと準備するから待っててね。屋上で食べる?」
「そうだな。屋上で食べよう」
ハルの準備が終わり、三人で屋上に向かうため教室を後にすると、後ろから怒号が響いていた。
「潮見の野郎、ハーレム気取りか!」
「あいつ、殺す!エロゲーの主人公か!」
「あれは三角関係だわ」
「鬼畜よ、鬼畜!」
言いたい放題言われているが空は無視して屋上を目指した。
屋上に着くとそこには誰もおらず、ベンチに腰をかけた。
「えっと、私まだ事態をよく呑み込めてないんだけど、空…」
不安げな表情で空を見るハル。
「ハルは俺が両親について調べていることを知ってるよな?」
「うん、知ってるよ…」
ハルは空が両親についていろいろと調べていることを知っていた。ハルの父親はジェネシス政府高官ということもあり、普通では知りえない情報を持っている。空は恩もあることから無理やり調べようとしたりしなかったが、よく父に自分の両親のことについて尋ねていた。もちろん、当たり障りのないことしか教えてもらってなかったが。
ハルはずっと空が両親の敵をとろうと考えていると思って、不安に思っていた。危ないことに巻き込まれるのじゃないかと思って。
「その件で厳島と協力関係を結ぶことになった。厳島の本当の名前は神輿…メシア日本支部代表の一人娘だ」
その言葉に驚きを隠せないハルはすぐに優雨に視線を向ける。ハルの驚きを受け止めるようにゆっくりうなずく優雨。それが事実だとわかったハルの表情が徐々に驚きから憤りへと変わる。
「どうして…空に近づいたの?」
「えっ…」
「空は両親を亡くしてからずっと辛い思いをしてきた…それなのになんで今になって…それもよりにもよってメシアの…」
悲痛な表情を浮かべるハルに優雨は毅然とした表情をして見つめた。
「私が空さんを巻き込んでいることについては否定しません。そして私の父がメシアの人間であることも事実です。空さんに近づいたのも少しでも協力者が欲しかったからです」
「だったら…」
優雨にくってかかろうとしたハルの頭を空は優しくなでる。
「ハル、これは俺が望んだことだ。父さんと母さんが残そうとした未来は何なのか。俺はそれを知りたいし、知らなきゃいけない」
「でも…」
涙目で見上げてくるハルに空は優しく微笑む。
「ありがとう。ハルのおかげで俺はいつも救われている。そんなハルだからさ、正直に話しているんだ。お前に隠し事はしたくなかった。本当は巻き込んじゃいけないと思うけど、手の届かないところで大切な人を失うようなことはしたくない。迷惑かも知れないけどな…」
空の優しい笑顔を見ているうちに我慢していた涙がこぼれた。
「そんな言い方ずるい…迷惑なんて…思うはずない…私は何があっても空の味方だよ」
そんな二人のやりとりを優しい表情で優雨は見守っていた。
ハルは少し落ち着くと恥ずかしそうに涙をぬぐった。ふっと疑問に思ったハルは優雨に視線を向け尋ねた。
「厳島さんは協力者が欲しいと言ってたけど、どういうことなの?」
「実は私、神輿の家を離縁して逃亡しているのです。今頃、父たちは私を血眼になって探しているでしょうね。メシア日本支部代表の一人娘が突然離縁して逃げていることが世間に知れたら、とんだ笑いものですから」
笑顔で少しおどけるように言う優雨にハルは固まってしまった。
「ねぇ、空…それってかなりやばい状況じゃない?」
「ああ。やつらが本気で探したらまず隠れ続けることは不可能だ。それに抵抗しようとしたら殺されるだろうな。神輿は身内だからって容赦するような家じゃない。それに厳島の正体を知っている人間もすべて消すだろう」
ハルはとんでもないことに巻き込まれたことを後から聞かされ、再び泣きそうになる。そんなハルを落ち着かせるかのように背中を撫でる空。
「私は父の考え方に賛同することが出来ません。そしてこの世界のあり方にも…だから私は戦うことにしたのです。父ともこの世界とも」
自分の理想をまっすぐ迷いなく語る優雨の姿は見るものを魅了する力があった。
「優雨、理想を語るだけなら誰でも出来る。何か計画でもあるのか?」
空の鋭い指摘に苦笑しながら答える優雨。
「今、私の味方となってくれるのは、共に神輿から出てきた世話係の真矢、そして空さんたちだけです」
「絶望的な戦力差だな。それでもやるのか?」
「はい。何もせず諦めるようなことは二度としたくないのです。空さん、あなたにもご両親から背負うものがあるように、わたしにも譲れないものがあるのです」
毅然と答える優雨を見て空はにやりと嬉しそうに笑った。
「大丈夫だ。少なくともお前は俺を協力させることに成功してる。俺はお前がつまらない人間だったら手なんて貸そうなんて思わない。まずは体制を整えるしかないだろう。それまでは神輿の追ってから隠れ続けなければいけない。今はどこに滞在してるんだ?」
「ホテルを転々と…ただ資金も有限ですし、隠れ家を探して活動の拠点を作らないといけないですね」
「うちは?」
ハルが手を挙げると空はすぐに首を振る。
「ハルのお父さんはジェネシスの高官だぞ。もし優雨をかくまったことがばれたら、反逆罪で処刑される」
その未来を想像したのかハルの顔が真っ青になる。三人ともあてがないか考えていると空が何か思いついたように立ち上がった。
「ひとつ、俺にあてがあるぜ」
「本当ですか?」
期待に声を弾ませる優雨をよそに、空はあまり気がすすまなそうな顔をしながら、エセ神父の顔を思い浮かべていた。




