3-4
夏休みはまだまだ始まったばかりだ。大したことも起きないが、これはこれで平和ってもんだろ? 人生楽しく生きたもん勝ちだっての。
アニメ、受験勉強、アニメ、アニメ……やっぱアニメだよな。とはいえ、宿題はやらないといけないな……。
夏休みはまだまだ始まったばかりである。
毎日暑い暑いと悶えながら、朝から俺は勉強に精を出していた。高2の分際でよくもまぁ受験勉強ができるなぁと思ってるかもしれねぇが、何のことはない。これはあくまで学校の宿題だ。勉強嫌いの俺が大人しく勉強をすると思ったら大間違いだぜ?
まぁ……なんだ。時間つぶしみたいなもんさ。
この前、家にマキュアがやってきたが、特にそれからあのコミュニティのメンバーと会って遊ぶようなことはしていない。
まぁそりゃあ、みんなやることがそれぞれにあるだろうし、いろいろ大変だろうよ。
もしかしたらあの中に受験生がいたり、成人している人がいたり……まだまだ知らないことは多いが、これからもっと仲良くしていけたらなぁとは思ってるよ。
そんなことよりも……ねぇ。前のあの出来事。
「――ありがとね」
あのとき星乃からそんなありえない言葉を聞いた気がする。
星乃に感謝されるなんて。
あいつ風邪ひいてたんじゃねえのってくらいにな。 …….俺はただ嬉しかったよ。
あいつとの距離が……少しでも縮まったなら結構嬉しい。妹なのに。
これが本来の兄と妹の関係ってもんなんだろう。でもまぁこんなことで気分がのっている俺もどうかと思うが。
シスコン……? まさか俺に限ってそんなこと……なぁ?
この構図を逆にして考えてみろよ。
琴音が俺に感謝の言葉を向けられたとして……琴音の感想。
「あやき……私、すごい嬉しいっ……!」
いや……琴音はそんなこと思わねぇし、たとえ思っていたとしても、今すぐ部屋の扉ぶち破ってやりたいね。
かなりわかりにくい例えだろうが、つまりそういうことだ。感謝の言葉でいちいち反応してても仕方ないんだよ……と、なんとか心で言い聞かせておく。
「んんんんん〜っ…………」
勉強がひと段落つき、俺はその場で伸びをする。
伸びをしたおかげで、若干背が伸びた錯覚を覚えつつ、ふと周りを見渡した。
「相変わらず殺風景すぎやしないか……?」
最近の男子高校生、にしては部屋がスッキリとしすぎている。ただの偏見かもしれないが、勉強大好きなガリ勉風な部屋っぽい。……かなり偏見な見解だけどな?
そりゃもちろん押入れを開ければ、そこそこのアニメグッズなりはあるけども、家庭環境のせいもあって露骨にポスター等は貼れない。無論、エロノーしかり。
「母さんしかこの部屋入んないんだけどなぁ」
基本的にこの部屋は大黒柱である親父は入ってこない。たぶん、俺がこの部屋をもらった時以降から入ってないんじゃねえかな。
親父は自分の目に見えるもの、耳に聞こえるものしか何も信じない。
家庭ルールに厳しく、厳格で、下手な例えでいうなら、福田家の六法全書とでもいえるかな。
親父がルール。親父の怒りに触れるものならそれはすべて従わないといけない。
でも親父が抱く細かいルールまでは母さんも把握していない。
直近で知ったルールに関しては、食べ残し禁止ってやつだな。腹を下していても、次の日までには食べ切らないと怒りに触れるようだ。
食への感謝の気持ちを微塵たりとも忘れない、ということなんだろうけど……ケースバイケースにしてほしいもんだ。例外なんていくらでも見つかるのになぁ?
ちなみに直近といっても3年前に知ったものである。
「彩輝〜? 部屋入るわねー」
「んー」
そんなことを考えていると、母さんが部屋に入ってきた。ったく、いい加減にノックをするっていう常識は身につけてほしいもんだよ。ルールに追加してくれ。
「で、なに?」
「うっかりね、ちょーうっかりなんだけど、今日昼ご飯の材料ないから、なんか買ってきて」
「へーい」
買い出しはよく頼まれるので、俺はさらっとイエスの意を示しておいた。うっかり度半端ないね。
「なんでもいいけど、卵料理は勘弁ね」
食べ残し禁止のルールがあるおかけで、うちの料理には卵料理はほとんど出てこない。母親の特権てヤツだな。なんたるセコさ。
たまには母さんを困らせてやるか。
「オムライス3日分買ってきてやんよ」
「そうね、じゃっ、よろしくー」
ガン無視かよ!!
母さんは、親父と俺への対応は完璧にこなしているようであるな……!
自動ドアを通り、スーパーの中に入る。
半ば、めんどくせぇと思うが、コンビニで済まそうとはさすがの俺でも思わなかった。
買い出しはよく頼まれるがもちろん給料を出してくれる。大人からしたら微々たる金額だが、高校生には結構嬉しいもんだ。
……というか、いま気づいたんだけど、母さんって星乃とか琴音に買い出し依頼頼んだことないよな……見てないだけかもしんないけど。
女尊男卑を垣間見た気がすんな……。
「あら、福田さんのとこの子じゃないの。こんにちは〜」
俺の家の斜め前に住むおばちゃんから声がかけられた。
「こんにちは、いつも母がお世話なってます」
はぁ……買い出し請け負いベテランの俺はスーパーにくるとすぐに顔バレする。俺の地位がかなり侵されてしまっているのだなと心底思うよ。
はぁ〜……アニメ見てぇなぁ。
なに買おうかなぁ。卵料理禁止ってさ、ほぼ料理しない男子からしたらカレーしか思いつかないんだけど?
まぁもちろんカレーにするけどね。
と、肉の販売コーナーに差し掛かると見知った後ろ姿が見えた。
「あれ、桃か?」
「……あ〜、あやきくんだぁ〜」
このとろい感じの女は早見田桃。松岡と同じく俺の幼馴染。
短髪でタレ目の普通のルックスな女の子。身長も普通。顔も普通。女性相手にこんな評価はひどいと思われるかもしれないが、普通すぎるのである。
地味すぎず、垢抜けすぎず。そういった雰囲気だからであろうが、友達は結構多いように思える。
ちなみに俺が俺に対する自己評価は普通のやや下といった感じだ。さすがに自分はブサイクとまでは思いたくないし、この評価は見誤ってはいないぞ?
「よっ、久しぶり。お前も買い出しか?」
「そーだよ〜。昨日はひでおくんにも会ったし、なんかの運命なのかなぁ、えへへへ」
「松岡も買い出ししてたのか」
最近の若者は買い出しに頼まれやすいのだろうか。
その俺の言葉に、桃は首を横に振った。
「ううん。昨日こんびに、で会ったんだけど、なんか本を読んでた気がするなぁ。声かけたら急に店を出ていったけど……」
エロ本の立ち読みかよ。あいつも災難だな。
「ふぅん。で、今日はなにを買うつもりだ?」
「無難にカレーかなぁ〜って」
「へー、どこの家庭もそんな感じなんだな」
俺は少しほっとした。
カレーがありきたりすぎると思ってたところだったから、ちょっとだけ安心感を覚えたよ。
「…………」
桃は俺の感想には答えず、急になにかを考え出した。いつもそうだが、桃は急に何かを考え出すクセがある。正直、これ突然すぎるからビビる。
「あっ、そーだぁ」
桃はなにかを思い出したように柏手を打った。
「このまえねぇ、家族で北海道に旅行に行ったんだよぉ。お土産買ったんだけど……いま家に置いてきてて……」
「そりゃ普段から持ち歩くわけじゃないだろ」
「まぁそうなんだけど……」
察しが悪いなぁこの童貞は、とでも言いたげな困った顔をしていた。頰を少し膨らまして子供っぽい感じ。……俺はどうすりゃいいんですかね?
「だからぁ、今日時間があったらでいいんだけど……お土産取りにうちにきてほしいなぁ、って」
「……あぁ、そゆことね」
最初からストレートに言えばいいのに、とは何となく言えなかった。
「まぁ、買い出しだからすぐに帰らんとダメだけど、ちょっとくらいなら構わねえよ」
「あはっ、やったぁ♪」
桃はにこにこと買い物カゴを上下に揺らしていた。
漫画だったら今にも顔の周りに花がパーっと咲いたような描写になるんだろうな。
何がそんな嬉しいんだろうね?
「とりあえず、買い物済ませっか」
俺たちは買い物を済ませた後、桃の家に行くことになった。桃の家は俺の家からそんなに遠くない、徒歩10分くらいの距離にある。そこでは、本屋の仕事をしており1階にはたくさんの本がずらーっと並んである。品揃えはそこまで豊富というわけではないんだが、昔の本屋の雰囲気というか懐かしい何かがそこにはある気がするんだよな。
最近の本屋は品揃えと綺麗さにこだわりすぎていて、昔ながらの良さとは疎遠になっている。どちらが正しいってわけではないんだが、落ち着くといったらこんな店だろうな。
「あやきくん、中にどうぞぉ」
桃に促され、俺は店の中へと入る。
「おじゃましまーす」
「あぁ、いらっしゃい」
俺が中に入るとそこで待っていたのは、桃のお母さんだった。見た目は桃をそのまま10歳くらい歳をとらせたような感じ。実はこの見た目で桃の30歳上だという。かなり若ーく見える。お母さんはいま本棚の整理をしている途中だった。
「こんにちは。お久しぶりです」
「えーっと……名前はたしか……ひでおくんだったかしらねぇ?」
「彩輝です……」と俺は軽く訂正しておいた。
1年ぶりにここにきたとはいえ、そこまで俺の印象は薄かったかね……?
それを察したかのようにお母さんは、はっ! と何かを思い出した様子を見せた。
「ぁあ! あやきくんねっ! ほんと大きくなったねぇ〜。……って誰だったかしら?」
「……ははっ」
見ての通りボケが半端ない。素なのか、わざとなのかは際どいが。
「もう〜お母さんったら。ほら、あの地味ーな顔した目つき悪い男の子だよぉ〜。覚えてない?」
「あぁ! あのあやきくんかっ!」
柏手打って納得してんじゃねぇよ!? あのってどれのことなの!?
俺ってそんな印象だったのか……ってちょっと泣きそうだよバカ野郎!
まぁ一年会ってなかったら見てくれもちょっとは変わるもんな。時の流れはなんと早いものであろう。
「すんません今日なんも持ってきてないですけど……」
「いいのいいの。どーせこの子が無理言って来させたんでしょ?」
お母さんはニコニコと俺にそう言った。
「む、無理は言ってないよぉ」
あわわ、っと桃は慌てて取り繕った。そこまで慌てんでもいいだろ。
ほんっと、似てる親子だなーっとつくづく感じるね。例えるなら、桃はお母さんからボケを取り除いた奴みたいな? たぶん桃もあと少し歳をとったらボケも会話に混ぜてくるようになるんだろう。少しながら楽しみだな。
「さっ、あやきくん。中にどうぞぉ」
俺は桃に促されるがままに家の奥へと入っていくことになった。
奥といっても店のすぐ後ろにお茶の間とキッチン、トイレ、浴場がある装いである。基本的には2階が中心的な生活となっており、お客が来た時は1階に呼ぶというものだ。古風な家で、うちの親父の実家のような田舎の建築みたいである。
だからだろうけど、ここの家に来るともう既に亡くなった婆ちゃんの家に来た気分になるんだよな。妙な気分だ。
あとさ、徐々に忘れそうになるから、覚えててほしいんだけど、早く帰らないといけないって状況だからな?
「よいしょっ」
桃は隣ですっと正座で座った。それに続き、俺はお茶の間でごろっと寝転がった。
「ぁあ、こりゃ寝れるわ」
……いや、さすがにちょっとくらいゆっくりしてもいいよね? だって中入れてもらったんだもん。仕方ないもんね!
「ゆっくりしてってねぇ、あやきくん」
「はーい」と、俺は桃のお母さんのご厚意をしっかり受け取った。
「あ、お土産もってくるねぇ。ちょっと待っててね」
桃はにこっと微笑み、キッチンの方へ向かっていった。
ぁぁぁあああ。寝れる。まじで寝れる。落ち着く。畳、最高。まじやばいっす。昇天しそう。
俺はこの寝落ちしそうな感覚が一番心地よく感じるんだよね。誰かわかるかなーこの気持ち。
まぁしかし、寝たら死ぬとわかってるのに寝るわけにもいかないので、なんとか瞬きをたくさん繰り返す。
……あぁ〜今気づいたというか、なんだけどさ。買い出しの袋を先に家に置いて来たらよかったんじゃねぇかな。ほんとバカ。俺のバカ。
そんなことを考えていると、お土産の箱を持って桃がやってきた。
「お待たせ〜、はいこれどうぞ〜」
桃は寝転がった俺の隣に座り、ブツを渡してきた。
「おう、サンキュ」
「それ美味しかったよ〜」
俺は箱の表面をちらっと見た。どうやらクッキーみたいだな。
「まじで。じっくり食べさせてもらうよ」
俺は寝転がりながら礼を言った。
……と、当初の目的を果たしたわけなのだが、どうにもこの場を動きたくないな……。
だってよ、家に帰ってもどうせ勉強(昼飯の手伝い)しないといけなさそうだし、いっそこのまま昇天したいよ。さぁ殺せ。
「なあ、桃」
「んっ、どうしたの?」
桃はお茶をずずっと飲み、きょとんとしながら反応した。
「俺、ここに住みてぇわ」
「えええっ!!!??? ………ゴホゴホゴホゴホ!!??」
桃は盛大にむせた。さすがの俺もその反応に対して飛び上がって起きたよ。
「お、おい。どうしたどうした?」
俺は桃の背中をゆっくりとさすってやる。
「ゴホゴホ……はぁ、落ち着いたぁ。もう……突然あやきくんが変なこと言うからぁ……」
あの、ごめん、俺なんか変なこと言いましたかね?
「えと……あんまよくわかんねぇけどごめんよ?」
「もぉ……」
つくづくわからん奴だな。変なの。
しばらくゴロゴロした後、俺は店内の本棚の本を探っていた。古風な本棚に並べられた本たちは、本棚の古風な雰囲気とは関係なく、割と最近の本が立てられているようだ。そのコントラストがこの店の独特な雰囲気を醸し出しているのだろう。
とはいっても、店の広さはそんなに広くない。例えると、商店街の八百屋さんくらいのスペースに本棚が何個か置いてあるといったような感じだ。
だから品揃えが少なく、取り扱うジャンルも多くはない。
「なぁ桃」と俺は本整理をしている桃に声をかけた。
「どうしたの?」
「俺はここの雰囲気が好きだから昔よく通ってたけどさ、今ここって売れてんの……?」
失礼を承知で俺は聞いてみた。
「んー、正直言うとね、あんまり売れてないかなぁ、昔に比べたらねぇ」
桃は感慨深そうに俺のほうを見た。
文面だけみたらマジでババアみたい。
「でも近所のおじいちゃんおばあちゃんはここの雰囲気が好きって言ってくれて本を買っていってくれるんだぁ」
だからね、と桃は続ける。
「ちゃんと生活ができるくらいには売れてるよぉ」
「そっ、か」
なら良かったぜ。俺は少しだけホっ、と落ち着いたよ。
俺は本棚から本を一つだけ取り、
「……これ、買って帰るよ」
最近読まなかった小説の類を買って帰ることにした。
「うん! ありがとうございまぁす!」
にっこり笑う桃の手の上に、千円札を一枚差し出した。
結局、俺は1時間も経たずに桃の家を後にした。
寝落ちして、買い出ししてたの忘れてたー!!! なんてベタなオチになりたくないからね。小遣い減らされそうだしな。
一応買い出しといっても、「給料だすから」ってことで俺は動いてるわけで。さすがに放ったらかしにするなんて無責任なことできるわけないだろ? ……さっき昇天しそうになってたことは内緒な?
「ただいまー」
俺はドアを開けて玄関に入った。
「「あっ……」」
そこでリビングから出てくるところだった星乃とばったり出くわしちまった。うぉっ、気まずっ。
前のあの件を思い出し、俺は心底気まずいと思っていたんだが、
「……遅い。早くして」
そう言って、星乃はスタスタと階段を上っていった。
「……はっ?」
……やっぱあれは夢だったんですかね。
まぁ、わかってたことだけど、そこまで関係が変わるわけないですよね。期待してないからね、俺。
所詮、妹。所詮、姉。
家族だからって、俺たちの関係なんて、"所詮"で片付くんだよ。
そうはわかっていたけども……
「……なんだってんだよ」
割り切れずにいる自分がここにいた。
ふぅーっと大きくため息をつく。
俺は靴を脱ぎ、リビングの扉を開ける。
と、そこで机の上に謎の白い紙きれが置いてあることに気づいた。
……なになに?
――お母さん、友達とお出かけするから、昼と夜はあやきが作っといて。よろしく
「……だからあいつキレてたのかよ!?」
母さん、給料割増にしてくれるんだろうな!?
俺は渋々、キッチンのほうへと向かって料理の支度をし始めた。
かなりお久しぶりです! 3年ぶりにここに帰ってきました。実は2017年にちょこちょこ執筆活動はしておりましたが、投稿まで至ることはできませんでした。。。
更新頻度高いとは一概にはいえませんが、投稿を再開させてもらうつもりでございます!
次回の投稿もお楽しみにしていてくださいね。