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88話 選択せよ

「陛下!大量の虫、いえ、見張り塔の話では虫のように小さい竜が大群で北上しているとのことですっ」


 黒髪黒目の少年、竜王セルヴァレートはその報告を受けた時、ここぞとばかりに立ちあがった。

 先日のセルニア国での古竜のお披露目以降、各地で増える魔穴の対処に奔走したため、たまった書類にサインを書き続けることになったのだが、すでにそれに飽いていた。


 執務室からバルコニーへ飛び出し、空を見上げると、確かに虫の大群のようなものが帯状の形を作りながら北上している。

 竜族は目が良いので、よく見ればそれが虫ではなく、小さな虫のような竜だと知れた。


「誰か長老どもを呼べ! いや、待てん。北だ。おそらくセルニアで何か起きた! そう伝えておけ!」


 バルコニーの手摺を乗り越え、その姿を竜体へと変えて虫のサイズの古竜の進む先へと飛び立つ。


 あの古竜でありながらスピードはかなり速い。先回りできればいいと全速力を出せば、それに付き従う若い竜が二頭。

 セルヴァの近衛である。


『陛下』


『お前達にも感じるか?』


 風の音に邪魔されても聞こえるよう念話で尋ねれば、どちらも『血が騒ぐ』と答えを返してきた。

 そう、血が騒ぐのだ。

 三頭は駆り立てられるようにしてセルニアへと急いだ。



___________________


 セルニア王国首都セレイル


 人の国で最も栄える巨大な国に、雪、いや、綿毛のようなものが舞っていた。しかし、それは町を取り囲む壁を境に外側には出ていない。

 そして、町の外側には争いの爪痕生々しい大地で呆然と立ち尽くすこの国の王と、騎士、それから空を見て祈る人間達がいた。


 セルヴァは息を整え、人型となってセルニア国王の背後に降り立つ。あまりの強行に地面に足をついたときふらついたが、近衛達が支えて立たせてくれた。


「セルニア王、これは一体何が」


 セルニア王はゆっくりと振り返り、セルヴァを見た後、首を横に振る。

 

 彼にもわからないということか。


 この場の他の誰かにはわかるだろうかと説明を求めて首を巡らせれば、そこには黒づくめの男、今代魔王クラウスが空を見上げていた。


「魔王。これは貴公にもわからぬことか」


 魔王はやはりゆっくりと振り向くと、首を横に振った。

 ではあの町の中へと一歩踏み出せば、魔王の声がかかった。


「町には入れんぞ。あの綿に触れれば苦しみ抜くことになる」


 魔王はそう告げて指をさした。その先には騎士達に介抱されている男が一人。同じ騎士のようだが、胸をかきむしり、唸り声をあげている。

 今わかるのは、どこかで生きていたらしいあの古竜達が空を覆い、寄り集まっていることだけのようだ。


「町に綿毛が溢れた後、あれが集まってきた」


「古竜が…」


 空に集う古竜はこれでもかというほどぎゅうぎゅうに寄り集まり、やがて、光を放った。






 景色が全て光に塗りつぶされる


 音という音が全て消え、真っ白の世界に影が生まれた


 

 影はやがてバサリと大きな翼の音を立て、続いて響いた咆哮に世界の色が戻った。


「な…」


 これを見たものは絶句したろう。

 一都市の空を覆い尽くす巨大な影。

 巨大な翼をもち、バサリバサリと音はするのに、風が起きていない。よって風圧に襲われることもない。不可思議な現象。


 そこにいたのは、巨大な白き竜だった。


 鋭い牙、鋭い爪、おおよそ見た目は竜族と同じだが、その大きさと威圧感がまるで違っていた。


『そこに在るは人と魔と竜か』


 念話であると思うのだが、その声は重く、思わず膝をつきかける。


「お前はなんだ?」


 魔王とてこの重圧を感じているであろうに、毅然としているどころか、どこか尊大な態度でもある。


『お前の子ならば我が内におる。心配はない』


 お前の子、というのはおそらく魔王の拾い児であるリーリアのことだろう。魔王の尊大な態度はどうやらあの古竜を心配してのことだったようだ。

 魔王は一瞬たじろぎ、それを見て目を細めた竜は告げる。


『我は何か。我は始まりの竜、我は終わりを告げる者。我が司るは全ての破壊』


「お、おぉ、粛清の民の言葉だ」


 騎士達とは離れた所で祈りを捧げていた者達からぽそりと声が上がった。

 粛清の民というのは魔道王国の民のことではなかったろうか?


『なるほど。確かに我は人から見れば粛清の民とも呼ばれよう。だが、我が司るは浄化などではない。一切の破壊だ。人の子よ、汝らはそれを望むか?』


 ぜひに、ぜひにと(こいねが)う声が耳障りだ。

 一切の破壊を望む? 馬鹿か


「勝手に壊してくれるな始まりの竜よ! ここは俺が護るべき国だ」


 セルニア王の声に竜がかすかに笑みを浮かべる。


『では、人間が必要か?』


 必要と答える国王と、不要と答える男達。


『竜は必要か?』


 セルヴァはぎくりとして空の竜を見上げ、その瞳に貫かれるような錯覚を覚えながら頷く。


「必要です」


『魔も?』


「おそらくな」


 魔王が答えると、竜はわずかに笑ったようだ。


『さて、ここで面白い返事を聞かせてやろう』

 

 竜はにやりと笑みを浮かべると、国王、魔王、セルヴァをそれぞれ見た後、実にすがすがしい表情で告げた。


『どちらでもよいそうだ』


 「そうだ」ということはこの竜の答えではない。では、誰の答えかと目を丸くして見上げれば、竜が見ているのは魔王。


『お前の子の答えだ。命の責任は各々にあるとそう言ってのけた』


 唖然とする我々を見て竜は笑い、一度羽ばたくと、そのまま上昇した。


『我の答えも同じ。我は滅びの竜の欠片なれど、すでに世界を滅ぼすほどの力はない。だから各々で選べ』


 

 望むは―――― 

 

 滅びか

 

 再生か



 

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