77話 否定はツライですね
「「「最弱ってなんじゃあ~っ!」」」
あ、黒古竜達が仲間割れはじめました。どうやら最弱の部分は間違いだったようです。
彼らがひとしきり暴れている間、私はリアーナと緑の牛柄古竜に近づき、魔穴の中で何が起きているのかの確認をすることにしました。
「つまり、魔穴というのは人間達の負の感情を封印する手段だったのだ」
緑の牛柄古竜、アイノスさんは古竜の中でも格別なインテリ古竜なのだそうで、歴史にも詳しかったです。
いわく、魔道王国というのは魔力を多く保持した者達が集う国だった。しかし、魔力が多ければ多いほどそのコントロールというのは難しく感情に左右される。そのために生み出された技が魔穴。
初めは心の乱れとなる負の感情を魔力で封じ、閉じ込める技だったというのだ。
「恐怖、怒り、悲しみなど単純な負の感情よりも、己を否定する感情こそが多く集まると後に気付いたのだ」
「己を否定?」
「そうだ。たとえば自分は役立たずだ。自分は取り柄がない。自分はなにもできない、といった感情だな。ちなみに古竜はそういった感情はほとんどないので食える」
いや、私その感情山ほど持っております。古竜ですがその感情だらけで生きておりますよ?
ショックを受けつつも話は進む。
「それらが吸い込まれる生き物を変容させる。それが魔獣で、噴出すそれが狂化の風となる」
えぇと、己を否定する感情に煽られるとおかしくなるということでしょうか。ですが、狂化に関しては、怒りならともかく、自分を否定する感情というのはどちらかと言えば自殺を考える絶望などを引き起こすように思えます。
それを言えば、アイノスは首を横に振った。
「役に立たない自分に腹を立てたりする、それが狂化の元だ」
なるほど。確かに人間は役立たずだったり取り柄がなかったりする自分にイライラしますね。
「ですが、それだと自分に怒るだけかと」
「勝手な話だが、そういう人間がいると腹が立つという者もいる」
う…それはこういうことですね? あいつ役に立たないのにいい給料もらってる的なやっかみとか、ニートで就職活動、ものすごい頑張ってるのにそんなの24時間で見てるわけでないから、あいつら努力してねーんだよとかいう上から目線的なあれですね?
「人間は同じものなのに格というものを作りたくなるらしい。それが否定の心を産むのだそうだ」
いつからか魔道王国の民はそのような心を消し去り、誰もが幸せで心安らかな日々を送れるようにと魔穴を操るようになったという。
そして吸い上げすぎたその心の力が逆に国の崩壊を招いた。
「我等古竜には格を作りたいといった心がない」
え~と、わたしにはありますよ、たぶん。
「生きていればそれでいいの」
リアーナがにっこりと告げます。
「生きてれば?」
「えぇ。生きてればお金があってもなくても、取り柄があっても無くても、誰かの支えになったり誰かを助けたりする日が来るわ。今の私達みたいに。だから、生きてればそれでいいの。自分の幸せだけ考えればいいの。それが必ず誰かも幸せにするから。古竜はそれだけを考えて生きてるの」
・・・・・・それは、確かにそうかもしれない。
日本でも災害があったとき、いろんな人が人を助けてきた。そこに取り柄や生まれや職業云々は関係ない。己の幸せを作るために自分ができることで周りを支えていく。そうして周りも幸せになっていく。
うん、そうか、生きるものの本質だ。人にはとてもとても難しいけれど、自分の幸せのためにどこかでそっと幸せを分け与えられればいいのだ。
それは、ただその人が生きているだけでいつか、どこかでなされていく。気づくことは少ないけれど、どこかで支えになっている。
生きている人が多ければ多いほどその数は増えていくのだ。
「難しい…」
環境が人と人とを争わせる。人の間に優劣を作る。本質を本当は皆知っていて、それでも人を否定するのだ。
「あら、難しくないわよ~。我儘に生きろってことだもの」
いや、それは駄目では…。
「だって人間60年ぐらいでしょ。たったそれだけよ。自分のやりたいことやって生きればいいじゃない。他人なんか見てたら時間がもったいないわ」
うぉう、確かに。まさにそんな感じかも。この世界は60年ぐらいが平均なのですね。ならば余計にそうかもです。
「人間には決まりがあるから、それだけ守って勝手に生きてればいいと思うわ~。悩むだけ損よ。悩んだ数年損するわっ、もったいないわっ。ありたいようにあるべきよ」
まぁ、そうと言えばそうですね。結局のところ、誰しもが自分の行動通りに生きているわけで…
「後悔は?」
「それまでの自分を否定してるだろう?」
そ、そういうことか。確かに今までの自分を否定して生きてたら苦しいですね。魔道王国が魔穴を使ったわけがよくわかります。
私だって後悔し続ける心は苦しくて持ちたくない。
「魔道王国万歳って感じです」
後悔や否定の心からおさらばできるなら…。うぅぅ、私もプチ裏切者にっっ
「なぜそうなる?」
「後悔って重いと思います」
「え、でも昔のことでしょう? 今と関係ないわよ~」
ものすごい勢いで流された! 正論ですけど!
「これからどうしようかだけ考えとけばいい」
了解です。プチ裏切者終了です。
というわけで、私にできることと言えばキューブについてですね。
「とりあえずあの黒いのが魔力でできているということでいいですか?」
「そうだな」
では、魔力で具現化した物は別のモノに変えてしまいましょう。
ウォッホン、と咳払いを一つ
「枯れ木に花を咲かせましょう~っ!」
キューブがみるみるうちに巨大な・・・・
「薔薇?」
「薔薇だな」
「薔薇ねぇ…。動いてるけど」
薔薇はその棘のある蔓をうねうね動かし、ピシーッピシーッと鞭のように床を叩いて襲いかかってきました!
「「「「ギュアアァァァァァァァ~!!!」」」」
白い空間に古竜の叫びが木霊した…




