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75話 禍乱

 その情報はすぐに影からもたらされた。


 闘技場からいち早く非難し、王族を安全な場所に避難させてすぐのことだ。

 

「粛清の民が動き出したと? しかもイルクがそうであったというのか」


 国王は沈痛な面持ちで吐き出すように告げる。その表情に、必死に恐怖を堪えているらしきアマリーア王女がびくりと身を震わせ、王妃にしがみついている。8才でありながらこの混乱に泣き出さないのは王族として評価すべきだろう。


「我らが王より伝言です。前線には出るな、民を救うことを優先せよ」


 我らが王、そういうからには黒竜隊はすでにウィルシスの元で任務に就いている。となれば、こちらはこちらの王の指示を仰がねばならない。


 赤竜隊隊長レイファスは、すっと視線を王に向けると、王は頷いた。


「レイファス、赤竜隊、緑竜隊を率いて」


 すべて言い終わる前にこちらの伝令がノックもなく飛び込んできた。

 思わず全員が身構えるが、顔を確認して皆剣から手を放す。


「陛下っ、セレイル周辺に多数の魔穴の出現を確認! 現在外周警備兵、ギルド、総出で対処に当たっております!」


「次から次へとっ!」


 国王が忌々しげに吐き捨てると、席を立ち、剣を手にする。その姿に王妃が青ざめ、アマリーア王女が目に涙を溜めはじめた。


「父上。国内の民の誘導は私が行います」


 王太子の言葉に国王は頷き、即座に警備兵、一般兵の指揮を王太子に預ける。

 王太子は普段あまり目立たなければ自ら動くのは不得意である。しかし、冷静に場を見て人を動かす力だけはずば抜けて高い。ならば、臨機応変に動くことを求められる現場よりも、状況を見ながら民の誘導を任せるのが得策だろう。


「赤竜隊半数と緑竜隊はわしが預かる。レイファスは残りの半数を連れて闘技場へ向かえ」


「王族の護衛が手薄になりますが」


「ふん、祖王自身が渦中におるのにわしらが護られとってどうする。最悪誰か残ればよいわ。ディーシャ、アマーリアを頼むぞ」


 国王が娘の名前を間違えつつ王妃に目を向ければ、王妃がニコリとほほ笑んで立ち上がり、陛下の耳を勢いよく引っ張った。


「アマリーアでしてよおバカなあなた」


「うおぅっ、すまん、すまんかったから離してくれっ。痛いっ」


 王妃はそのままひっぱりながら指を離し、国王の頬にキスをする。


「お早くお帰りくださいませ」


 国王の20歳年下の王妃が柔らかく微笑むと、国王が鼻の下を伸ばしたので、即座に部下に連行させた。


「おいっ、ちょっ、わしからの熱いキスをだなっ」


 扉が閉まり、騒がしさが扉の向こうへ消えると、レイファスも王妃に一礼する。


「では王妃様、御前失礼いたします」


「あなたも気をつけて」

 

 頷くと、即座にレイファスは部屋を飛び出し、いまだ騒ぐ国王を追い抜いて竜舎へと向かう。

 

 本来ならば王族第一の赤竜隊だが、その王族は緊急時こそ民を守れと命じるのだ。ならば、早く終わらせて任務に戻るのが赤竜隊のすべきことだろう。

 


_____________ 



竜舎に飛び込むと、すでに竜舎番は仕事を終えていた。

 影の仕事は早い。ここにも影が来て準備を整えるよう指示がいきわたっている。


「総隊長がお待ちです」


 竜舎番の伝言に顔を上げれば、そこには銀糸の髪に、深い真紅の瞳の黒衣の男が立っていた。


「まだ城を出ておられなかったのですか」


 騎乗すれば彼はその背に便乗する。一瞬彼から漂ってきた香りは血の臭いだ。すでに一戦した後なのかもしれない。


「フルース伯以下、牢の亡霊に襲われたからな」


 古竜暗殺事件で捕えたフルース伯が粛清の民とかかわりがあるとの情報で情報を引き出し後、断罪したはずだったが、それを指示したのは緑竜隊イルクであったと思い出せば、彼らが(かくま)われていたことがわかる。


「兵の中にも敵が紛れ込んでいるのでは?」


「奴らはヴァンに任せた。裏切者はかなり吐かせた、王に被害は少ないだろう」


 兵の中にもいるだろう裏切者、王を狙えるような奴らもすぐに捕えられるということだ。


「残念な知らせですが、国王はセルニアの外へ向かいました」


 一瞬背中に言いようのない恐ろしいオーラを感じたが、ここは黙っておくことにする。

 ウィルシスはため息を吐くと、表情を変えた。


「外にはグレンがいる。何とかするだろう」


 国王は神竜の奥方の血筋だ。なんとしても守ってくれると信じて闘技場へ向かった。






「民を逃がせ! 敵は殲滅しろ!」


 レイファスの命令に、ついてきた赤竜隊の半数が「応」と声を上げ、レイファスは竜を旋回させる。

 闘技場の中央、舞台の上にはなぜか巨大な木があり、そこにはピンク色の美しい花が咲いている。

 こんな時で無ければ愛でるものを、とその木の幹辺りに目を凝らせば、そこにはウィルシスの執着する古竜の姿があった。ただし、敵に挟まれている。

 

「総隊長!」

「イルクは任せる」


 舞台に竜を近づければ見えてくるのは青竜隊の姿。しかし、アルノルドの姿が見当たらない。

 よくよくみれば、舞台近くで戦うゼノの傍らに冒険者となったレイナの姿があり、治療を受けている。


 おそらくはあの闘技大会の優勝者にやられたのだろう。


 舞台上空から飛び降り、古竜と敵との間に入って剣を振るう。


「おや、あなたが来るとは。国王陛下の命は良かったんですかね?」

 

 つまらん揺さぶりだ。


「国王がこれぐらいでくたばると思うか」


 思わないのだろう。イルクは押し黙る。

 

「まぁ、でも、どの道全滅は決まっていますから」

 

 そういうと、ちらりと視線が別の者へと移され、それを追えばそこにいたのは魔王と古竜。

 イルクはその一瞬の隙をついてナイフを古竜に向かって投げた。


「リア!」


 ウィルシスの声に魔王が反応する。しかし、ナイフは彼等の手前で魔穴へと姿を変え、古竜のみを飲み込んだ。


「なっ」


「さぁ、粛清を始めよう」


 イルクと優勝者の男が身を翻し、追おうとしたレイファス達の頭上の昼の光が消える。

 見上げれば、空一面を覆う闇。

 いや、あれは魔穴だ。

 

「総員退…」


 次の瞬間、空一面を覆う魔穴は、セレイルの都を飲み込んだのだった――――。



 



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