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72話 幕開け

血の描写ありです ご注意ください

「あり?」


 闘技大会騎士団模擬戦、大盛り上がりでしたが、シード選手のウィルシスが出てきませんでした。最終戦は勝ち残った赤竜隊隊長レイファスとウィルシスの戦いのはずだったのですが、ウィルシスが腹を下して棄権したそうです。

 

 やはり半分竜と言えども古竜の血が入っているのでお腹も壊すんですかね。そのうち誕生日には腹巻をプレゼントいたしましょう。


「残念だったね」


 リオン君が意気消沈した私を見て慰めてくれました。

 こう、なんていうか、あんな人でも好きだ好きだ言ってくれる人ですので、他の皆より贔屓目に応援する予定だったんですよ。もちろん勝ったならばご褒美のちゅうをほっぺにお見舞いしてやろうかと思ったんですよ。

 

 なんだか珍しく久しぶりにどきどき、わくわく、きゅんとして最終戦を楽しみにしていただけあって、反動が大きかったです。そう、それだけなんです。なんかちょっと切ないとか、そういうのは錯覚だと思います。


「ほら、次は一般の決勝戦だよ」


 闘技場の舞台に昨日の浮浪者とさわやか青年が立つと、観客席からものすごい声が響きます。

 「うおーっ」とか、「勝てよーっ」とか、「夢のマイホーム―!」とかいろいろ聞こえてきますが、とりあえず盛り上がっているようでよかったです。


 開始の合図とともに、瞬き一つした後の世界は真っ赤に染まっておりました。

 

 ゆっくりとスローモーションのように倒れていくさわやか青年。その胸からは大量の血が噴き出し、その姿の向こうには、剣に血を滴らせ、にやりと笑みを浮かべて立つ魔道士風の浮浪者男。


 し…ん


 先ほどまでの興奮が掻き消え、静まり返った場内で、青年が倒れる音だけが大きく響きます。


 まずい、と感じました。何かがまずいと。


 次の瞬間には闘技場に立つ男の前に、黒い穴が染みのようにぽつりと開きます。


「魔…穴」


 誰かが呟いたのをきっかけに、悲鳴が上がりました。


 そうです。私は見落としていました!

 喜びと興奮を生み出し魔穴を抑制するのならば、その興奮の中で恐怖を生み出した時どうなるか、ということをっ!


 正の感情の中で、負を生み出せば、それは先ほどの私の落ち込み同様倍になって返ってくるのです。

 こんな時になんですが、例えるなら苦いチョコレートの後に食べる甘いチョコレートは甘さも二倍、逆だとコーヒーの苦さが二倍のような感じです。

 ふぉぉぉぉぉぉっ。私ただ今冷静に見えてパニックですよっ。


「お前らリーリアを護れ!」


 ゼノの声がしてリオン君が私を素早く抱き上げ、非番の皆さんが周りを固めます。

 

 ガキン!


 すぐ傍で金属音。

 目を剥ければ、ゼノが浮浪者男と交戦。しかもあのゼノが押されています。


「リオン、行くぞっ」


 皆が声をかけて移動開始。ゼノの邪魔にならない場所、皆の足手まといにならない場所へと向かいます。


「こちらへっ」


 緑竜隊隊長イルクの誘導のままに駆け寄り、その横を通り過ぎて一際大きな金属音が響きました。


 振り向けば、私とリオン君の目の前でイルクの剣が止まっています。

 剣を止めたのはアルノルド。その表情には苦いものが浮かんでいました。


「「「「うわああああああああ!!」」」


 会場内に(とどろ)く悲鳴。怒声と助けを求める叫び声。それから…魔獣の咆哮。

 魔穴から魔獣が現れたようです。


「貴様、民すらも犠牲にするのか!」


 アルノルドの怒りにイルクは優しいほほえみとは程遠い、凄惨な笑みを浮かべて剣をぶつけ、一度離れると、片方に剣を、もう片方に鞘を持った。

 

「お前達はリーリアを逃がせ。こいつの狙いはリーリアだ。総員第一級戦闘態勢!」


「「はっ」」


 騎士達の動きが驚きと戸惑いに揺れる動きから、確固たるものへと変わった。


 走り去る皆の中で、私の心に浮かんだのは『裏切り』という言葉だ。

 国を守るべき騎士の、その隊長が敵だった!?


「! ダメです! 怒りや憎しみも逆効果ですよ!」


 そうだ。同じ隊長、同じ仲間として騎士達にも怒りや憎しみが湧いてしまう。それこそ普段から自分を抑える訓練をしているような人達だ、その感情が爆発すれば、相手の思うつぼです。


「リオン君、皆さん! 会場に戻って! 魔穴を壊してみます!」


 (かじ)りますっ、食べますともっ。たとえこのお腹が膨れすぎて転がるしかできなくなっても、必ず魔穴をやっつけてやります!


「我らの仕事はリーリアを安全な場所に避難させることだっ」

「我慢してリーリア、今はとにかくここから離れなくちゃ」


 我慢ですと?…しませんとも!

 

 古竜は自由な竜です。我慢しては生きていけないと、真実とは違うでしょうが言い伝わっておりますから!


「とうっ」


 私はリオン君の腕から飛び降りると、騎士達の手をすり抜け、足をすり抜け、闘技場に向かって走り出したのでした。




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