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71話 もう一人の王

血の描写入ります。ヴァン視点です。

シリアスです。

 不穏な気配を感じたのは一瞬だった。


 緑竜隊が得意とするのは言えば魔力を使った戦法だ、だからそれによって補助を付け、素早さを上げたり力を上げたりするのはわかる。しかし、補助以外で一瞬膨れ上がった魔力に驚き、黒竜隊隊長ヴァンは後ろへと跳んで間合いをはかった。


 模擬戦での攻撃魔法は禁止されている。

 隊長格はほとんどが剣技で上へとのし上がったものばかりだ、だから咄嗟(とっさ)の時でも魔法を使うことはほとんどない。ましてやこれはデモンストレーションのようなもの、それなのに一瞬膨れ上がった魔力は攻撃性を含み、しかもそれは今まで騎士達が使ったことのなような禍々しいものに感じたのだ。


 緑竜隊隊長イルクは19歳。口調はいつも穏やかで丁寧な敬語を使い、熟年の紳士のごとく振る舞うが、まだまだ内面は血気盛んな若者だということかもしれないな。


 すっと目を細め、ヴァンは隙を(うかが)う。


 イルクは剣を片手で持ち、正眼に構えている。もう一方の手は腰の鞘に触れており、手を離さないのは少し奇妙に見えるが、あれをいつでも抜けるようにしているのだろう。

 あの鞘は特別性だ。かなりの重量があるあの鞘は、もともと両手剣を扱う彼が、両手剣では殺してしまう剣技を封じるために、剣の一本を鞘に替えたのだ。

 

 総隊長がイルクを隊に入れた時にぽつりと言っていた


「あの子は人を殺すのをためらわないかもしれない。そういう剣を使う」


それこそ崖から叩き落されたり、精霊種の竜達に挑まされたり、一番きつかったのが一人対30人の廃墟での模擬戦だ。そういった訓練の中で自分を冷静に保ち、感情を押し殺す術を学んだというのに、イルクは時々タガが外れるらしい。だから剣を一本鞘に替えさせた。恐らくあれを抜くと、本気でかかってくるだろう。


 抜かれる前に片をつけるか。


 こちらは45歳、経験と技術で勝っても体力で劣る。早々にケリをつけることにして身を低くし、床を蹴った。


 スピードはまだ衰えていない。力も大丈夫だろう。後は相手次第だ。


 驚くイルクの目の前に一瞬で詰め、素早く抜きかける鞘を持つ手を片手で抑える。当然もう一方の剣が襲いかかってくるのでそれを回転して避け、そのまま剣の柄をイルクの首後ろに叩きつけた。


「ぐっ」


 勢いよく前に吹っ飛び、そのままイルクが咳き込むその後ろをとって剣を突き付ければ、降参の意味で両手が上がった。


「勝者、黒竜隊隊長ヴァン!」


 わずかに乱れた息を整え、イルクと手を叩きあって舞台から降りると、左肘に走るわずかな痛み。

 よく見れば、ちょうど関節付近に一筋の剣の傷がついていた。かすり傷程度とはいえ、深く入れば腕を切断することもできるだろう。

 

「末恐ろしい奴だ」


 ぽつりと呟き、闘技場の控室に入ると、黒竜隊の隊員の一人が待っていた。


「どうした」


 影、とも呼ばれる黒竜隊の精鋭の一人が、周りに視線をやる。

 知られるな、ということだ。


 ヴァンは周りに認識されぬよう気配を抑えると、そのまま控室を出て城へと向かった。



_________________ 


「マリアが戻りました」


 黒竜隊の隊舎、それも緊急時でも総隊長以外の部外者の入れぬ奥の間に緑竜隊のマリアがいるという。

 王族並みの保護下に置くということは、重大な情報を握っているのだとみていいだろう。


「問題は?」


「重傷です。あまり長くは話せません」


「総隊長に」


「お伝え済みです。すでに部屋へ」


 黒竜隊の一部の者のみ認識される結界をいくつか通り、部屋にたどり着いてドアを開けば、そこはむせ返るような血の臭いに包まれていた。


「遅かったねヴァン」

 

 総隊長はすでに部屋でけがの治療を受けているマリアを鋭く見つめている。


 生活に必要なものは一通りそろっている部屋の中央にあった絨毯は丸めて退かされ、今は汚れてもいいようなシーツ重ねるように敷き、その中央でマリアは腹と足に刺さる折れた槍を抜かれるところだった。


「話は?」


「聞くところ」


 治療をしながら話を聞くつもりらしい。普通なら気を失って終わりだが、この騎士団ではそんな甘いことは許されない。


「マリア」


 冷ややかな声に、頬がこけ、体中傷だらけの土まみれ、それでいて目だけはギラギラしているマリアの姿は、いつもの天使からは大いにかけ離れた魔女のようである。


「マリア、気を失うな。死ぬことも許さん」

 

ウィルシスの非情ともいえる命令にマリアは頷き、黒竜隊の治療士が折れた槍に手をかけた。


「敵の侵入を許し…うああああああああああ!…………騎士団に、裏切者が」


 カランと抜けた槍が床に転がり、溢れ出す血を治癒魔法で止めていく。


「隊員は死んだか」


「はい。私以外は…」


 マリアがしぶとかったのか、それとも生かされたのか。後者であればここでこうしていることも危険を伴う。


「腹の槍も抜きますが…」

 

 さすがに傷の場所が悪いのだろう。治療士が躊躇い、マリアとウィルシス、グレンを見やる。


「さすがに気を失いそうだな。マリア、話せ」


「騎士団の…裏切者は…裏切者は、イルク・ノーウェン! 粛清の民です!」


 仲間を殺された憎しみか、それとも自分を傷つけられた悔しさか、マリアは敵を睨むようにそう告げると、珍しく「抜けっ!」と声を荒げて治療士に命じ、大量の出血によって意識を失った。

 

 全てを見届けて総隊長は動く。


「第一級戦闘準備」


 低く冷たい声は黒竜隊の全てに向けられたもの。

 黒竜隊の真価はこの男の元でこそ発揮されるのだ。


「ウィルシス・エイル・セルニア。初代国王の名において命ずる」


 ざわりと影が動く。


「粛清の民を殲滅せよ」

 

 ヴァンはウィルシスの前で右腕を胸に当て、敬礼した。


「我が王の仰せのままに」


  



 


 

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