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65話 胎動 *

残酷描写あります。いつもの軽いのではないのでご注意ください。

 闘技大会の3日間は町の警備や兵、騎士の仕事がおろそかになるかと思われがちだがそうでもない。 

 闘技大会だけでなく、他国から人が入ってくるような祭事の時はいつも以上に細かく仕事が振り分けられている。おかげでどちらかと言えば忙しい方だった。


 サクサクと草を踏み分け、道なき道を通りながら茶色の短髪に同じ色の瞳をした、騎士団の中にあってそれほど特徴のない19才の青年緑竜隊長イルクは、すぐ後ろを無言無表情で付いてくる銀髪碧眼の優しげな少女、副隊長マリアに振り返った。


「マリアも闘技大会を見たかったのではないですか?」


 初日は団体戦、二日目は個人戦、3日目は個人戦決勝と騎士団の模擬戦。3日目は出られるが、緑竜隊は初日、二日と外回りだ。不満も少し出ている。


「いえ、仕事ですから」


 マリアの答えは口癖のようなもので、どんな時もこう返ってくる。それを緑竜隊の皆はわかっていて、それが返るたびに苦笑いを浮かべ、「そうだよな、仕事だよな」と思ってしまう。

 そんな風にすぐに納得して理不尽な仕事もこなしてしまうため、他の隊にはお人よし隊と呼ばれることもある。

 まぁ、隊長が一番年下の隊長なので、仕事が断れないというのを仲間がよく理解しているということも仕事を受け入れる理由でもあるが。


「隊長、今回の試みはうまくいっているかもしれませんね。見つけた魔穴は全部で5つ。それも極小の自然消滅するような穴ばかり。魔穴が人の感情に作用されるから楽しいことをすれば発生を抑えられる。なんておかしなことを考えつくのはあの青竜隊だからですかね」


 破天荒で無鉄砲、竜族の血がそうさせるのか、竜の血が濃い者達の集まる青竜隊はあの隊長アルノルドが抑えなければ敵に突っ込んでいくだけ主義の脳筋集団だ。それでも、時々思わぬことを発見したりするのだから面白い。

 ただ、今回の案は青竜隊ではなく、あの隊にくっついている古竜だとイルクは聞いている。


「古竜が粛清の邪魔をする、か」


「隊長?」


 ぼそりと呟かれた言葉が聞きとれず、隊員が聞き返すがイルクは笑って首を横に振る。


「なんでもないですよ。それより報告にあった魔穴の反応はこちらであってますよね?」


「あってるはずですよ。ていうか隊長、こういう時こそレーラに乗るべきじゃないですか? せっかくの龍が泣きますよ」


 レーラは緑竜隊隊長イルクを主とする龍である。体が蛇のように長いのが特徴で、彼等は精神に干渉することを得意とする。

 ゼノのゼファーやアルノルドのチェルシーのような攻撃力や素早さなど、身体的に特化した能力はないが、精神干渉、魔力干渉など生物の内側に秘められたものを操るのが得意なため、魔力を有する魔穴を探すにも適しているのである。


「ここ最近レーラに乗ってませんよね、隊長」


 思い出したように隊員が言えば、イルクは笑いながら「それも修行ですから」と告げ、隊長副隊長含む15人の隊員は少し開けた場所に出た。



「うおっ、崖ですね」


 少し先は谷になっており、見下ろせばかなり遠くに底が見える。かすかに水の音がするので、底には川が流れているかもしれないが、どう見ても落ちれば死ぬだろう谷だ。その谷の上の崖から下を覗き込む隊員達は、笑いながら言う。


「こんな谷間に魔穴ができてたらどうこうできませんねぇ」


「そうですね。でも、魔穴はそういった人の行けない場所には存在しませんよ」


「あ、そういえばそうですね、人のいないところにはなかったですね。でもなぜですかね?」


 崖には近づき過ぎぬよう気を付けながら下を覗く隊員達の背後で、ぶわりと膨らむ魔の気配。


「それは、魔穴を生み出すのが人だからでしょうね」


 副隊長マリアははっとしてその場から駆け出し、隊員と隊長の間に入ろうとして間に合わなかった。


「うわぁぁぁ!」


「「「ジェフ!」」」


 隊員の一人が驚愕に目を見開いたまま崖から弾き飛ばされ、谷底へと落ちていく。その姿を見た残りの12人が腰の剣に手をかけて振り返り、皆ぽかんと口を開けた。


「マリア副長?」


 マリアが隊員と隊長の間に立ちはだかり、隊員に背を向けて両手を広げていたのだ。


「全員第一級戦闘準備。敵は…緑竜隊隊長イルク・ノーウェン!」


 マリアの常にない鋭い声の響きに、毎日厳しい訓練を積んできた男達は、戸惑いながらもその号令の指示通りに体を動かしていく。

 剣を構え、魔法をいつでも放てる態勢をとって前を見据えれば、敵と呼ばれた自分達の隊長のすぐ前には魔穴がぽっかりと穴を開けている。


「魔穴を操ることは可能ということでしょうか隊長」


 マリアは時間稼ぎをするように尋ねる。

 隊員をかばう仕草で無防備に見えても、彼女は他を寄せ付けぬ魔力を持っている。それを先ほどから練り上げ始めているのはイルクにも感じられていた。


「できますよ。それこそ大戦時には使われていた手ですからね。古竜によって一時は封じられましたが」


 すらすらと答えるイルクはゆっくりとした動作で剣を抜く。


「なぜご存じなのですか?黒竜隊ですら掴んでいない技です」


 イルクは隊員達が自分に対して戦闘準備を整えたのを目にすると、肩を竦めて魔穴に手をかざした。

 ごうと風が噴出し、マリアの隊服を風が煽る。


「そんなの決まってます。私が『粛清の民』だからですよ」


「! 凍てつく氷の息吹よ!」


 魔法を放つキーワードを咄嗟に叫んだマリアだったが、魔法はまるで初めからなかったかのように発動せず、目の前にはイルクの凶刃が迫っていた。


 ガキン!


「いやですね、隊長に逆らうつもりですか?」


 イルクの剣を止めたのは戦闘準備を終わらせていた隊員の一人、マリオだ。彼の眼には戸惑いと、自身の魔法も発動しないことへの驚愕が見て取れる。

 

 イルクはにやりと笑みを浮かべると、その戸惑いごと切り捨てるように隊員の剣をはじき、体の前面に開いた隙を逃さず剣を振り下ろした。


「マリオ!」


 鮮血が噴出し、イルクを血で染め上げる。

 仲間の血を浴びたというのに、イルクは凄惨な笑みを崩すことはなく、マリアと、残りの11人をその赤い(・・)瞳で見つめ、地を蹴った。


 

_________


「あ、遅かったですね隊長。て、あれ?マリア副長と他の皆はどうしたんです?」

 

 ざわざわとざわめく緑竜隊の集合場所に姿を現したのはイルクである。彼は先ほど浴びた血など幻であったかのようないつもの姿で現れ、にこにことほほ笑む。


「少し気になることがあるので調査を任せました。すぐに戻りますから先にセレイルに戻りましょう」


「え、いいんですか?」


 きょとんとした顔で隊員が尋ねる。


「えぇ、模擬戦に出るのは私だけですし、マリアの方が魔力は高いので私はあまり役に立ちませんしね」


 暗に魔力が高いマリアの方が魔穴を探すには適していることを言うと隊員は呆れたように返した。


「たく、マリア副長ばっかり頼ってると後で痛い目見ますよ?」


「それは、ないでしょうね」

 

 クスリと苦笑がこぼれる。


「え? そうですか?」


「えぇ、あのマリアでは無理ですよ」


 脳裏に浮かんだのは、槍に腹と足を貫かれ、地面に縫いとめられた哀れな天使。

 イルクの茶色の瞳は一瞬赤く染まり、瞬き一つで元の茶色に戻る。


「緑竜隊の天使ですからね」


「あぁ、確かに優しいですからね~」


 ほほ笑むイルクは、優しい天使が自分をきつく睨んでいたことをふと思い出し、笑みを浮かべるのだった。

 




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