6話 観察中
クロフさん視点です 読み飛ばしても可です
「しばらく休む」
本日の分の書類に印を押し終えると、一言告げておもむろに席を立つ。その姿に驚き、焦ったように近づいてくるのは四六時中へばりついている側近達だ。
ここ最近は地方貴族達が余計な動きをしているせいで彼等の顔を見飽きるほど長くそばにいる。いい加減うんざりである。
「お待ちください!」
男は執務机の傍らにある剣を掴むなり、彼等の制止の声を振り切り、その場から姿を消した。
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男が次に姿を現したのは、人里離れた森の奥深く。側近達も知らない隠れ家の一つである。
ここを訪れるのは随分久しぶりだ。
小さな丸太小屋の扉を開けば、案の定ぼろぼろの内装が広がる…ことはなく、以前訪れた時と同じ魔法で保たれた埃もない状態の空間が広がっていた。
ここでならしばらくは仕事を忘れて休める。
部屋に置かれたベッドの枕そばに剣を置き、横になってしばらくうとうとしていると、コツコツと小さな音が響き、目を開けた。
「フィーラ。お前まだこの界隈にいたのか」
紅色の鳥の頭に銀色の獣の体。以前森を訪れた時に拾った魔獣は、あれからかなり経っているというのに主の気配を覚えていたらしく、小屋に訪れた男をわざわざ訪ねてきたようだ。コツコツと窓をつついている。
男は窓を開けると、鳥の頭を撫でてやる。フィーラは嬉しそうにクルクルと声を出しながら目を細めていた。
そんなフィーラの足元に、おかしな石が落ちているのに気が付いたのはすぐだ。
「何を拾ってきたんだ」
剣を携え、ひらりと窓から飛び降りれば、窓は元の状態を保つために勝手に閉まる。家の中に誰もいなければ戸締りも完ぺきである。
男はフィーラの足元の丸い石を持ち上げてまじまじと見つめた。
見た目よりも随分と軽い石は薄い殻のようなものの化石だ。その表面を叩くが、簡単には割れそうにもない。
フィーラは男が持つ殻の化石を咥えると、そのままついて来いとばかりに先を進んだ。
そして、出会ったのだ。あのおかしな竜に。
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共に暮らし始めて3日目あたりから自分の名がおかしな呼び方になった…。
『クロちゃんクロちゃん、できましたよ。リーリア特製森のキノコシチュー』
4日目、お玉片手にクルキュルキュルル~と鳴きながら念話で語りかけてくる古竜は、リーリアと名付けた森での珍しい拾いモノだ。彼女いわく、生まれる前は人間で、こことは違う世界にいたというから珍しく興味を抱いた。まぁ、存在自体がすでに珍しいが。
とりあえず自分を親だと刷り込まれてしまい、仕方なく独り立ちできるまではと付き合うことにした。(一週間ぐらいは)
だが、さすがは絶滅した最弱竜というべきか。
フィーラに付いて狩りを学ばせれば無理だと鳴き叫び、その鳴き声に動物達の方が集まった。
これなら捕まえるだけだろうと言えば、意思疎通のできる生き物を殺せないと喚く(どうやら会話ができるらしい)が、すでにフィーラに狩られ、肉と化した生き物は平気で調理し、食べる。
『現代っ子ですから』
ならば料理人のいる家で飼ってもらえといえば
『努力します。あ、できればクロちゃんみたいな美形がいるといいですね~。目の保養~』
とのたまう始末。
肉に関してはそうだが、野菜や果物は教えたものを自由に食べるし自分で採っても来る。そして変わった味付けの料理を作るのだが…。
「その森のキノコは腹を下すと教えたろうが」
覚えはあまり良くない。
あとは文字や世の中の常識を軽く教えてやったが、こちらはもともと教育を受けたことがあるためか、覚えは良かったように思う。
そして5日目の朝。そろそろ人間のいるところへ連れて行くかと考えていたところへ、リーリアが散歩から帰ってきた。それもかなり興奮し、目をキラキラと輝かせてだ。
開口一番
『猪を仕留めましたー!』
どうやら初めて狩りができたらしいが、猪なんて獣は知らない。
フィーラと連れ立って現場へ行けば、そこに倒れていたのは、茶色の体毛を持つブタよりも一回り大きなトンガと言う名の凶暴な魔獣である。
『今日は鍋ですね!』
リーリアはまぶしいぐらいの目を輝かせて歌うように「クルッ」「キュアッ」と鳴いていた。
どうやら古竜は獣よりも魔獣を好むらしい…。
隣に立つフィーラがブルリと全身を震わせたのだった。