57話 王様の祈り
王様視点です
「闘技大会?」
魔穴についての話し合いが終わった頃、隊の報告などの後にアルノルドの出した企画提案書はその場にいた者達の注目を浴びた。
あまり綺麗とは言えないが、無骨な文字で複写された提案書のコピーを文官、武官の皆に行きわたらせ、それについて話を進めるようである。
国王リュシュルリュシュリシュ…、リシュは提案書の最後に書き連ねられた騎士や文官の名前を見て口元に笑みを浮かべる。
名を連ねた者たちの多くは、騎士の中でも脳筋だと言われるような書類仕事や企画提案などにはまるで見向きもしないようなものばかりだったが、書類の内容についてありとあらゆることを想定し、その上での必要経費等の試算がしてあるのである。この企画に対する熱意と努力がうかがえる。
「なるほど。魔穴を減らす、もしくは発生させないための予防策ということか」
こういったイベントは商人達が食いつけば多くの人が集まる。交易面でも利があるし、他国からの観光客も増えれば国が潤うだろう。
「魔穴を予防できれば国が得をすることだらけだな。荒くれ者が集まる故治安についての不安があると言えばあるが、この案を通してみようか?」
「騎士団の対抗戦も行えば他国にその力を示すことができますね。魔穴によって狂わされても、我が国に攻め込もうと思う者が出ぬよう仕向けることができましょう」
ウィルシスが珍しく真面目な表情で同意したところを見ると、この案に乗り気らしい。
騎士団の対抗戦か…。それは確かに見物かもしれない。
「各騎士団の隊長、副隊長による模擬試合もよさそうだな」
ぽつりとリシュが呟けば、ここぞとばかりに同意する文官武官がいる。彼等は将来有望な者達に少しでも近づけるチャンスを得ようとしているのだろう。今回の案が通ればあらゆる部署が交流することになる。豊穣祭などとは違って、これは全員参加型の催しになるからだ。
「腕に覚えのある者達が集まるならば、宿の手配もしておいた方がよさそうですね。ギルドの方に話を通して…」
「子供参加型大会というのがありますな…」
誰かの声で皆が書類をめくり、企画の一つにたどり着く。
「これは…なるほど、面白いかもしれません」
「いや、しかし、平民と…」
いつもの会議よりも皆生き生きと意見を口にし、話し合いに熱が入ったところでリシュは手を叩き、全員の視線を受けて頷いた。
「これについては各部署で話し合い、意見をまとめよ。魔穴の出現数などの変化は引き続き調査し、祭りによる効果も調べることとする。東が安定せぬ時期ではあるが、民の不安をぬぐうのに最適であろう。皆、頼むぞ」
会議を締めくくれば、提案書を抱えてそそくさと出ていくものがほとんどで、リシュは思わず笑ってしまった。
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「此度の案は青竜隊からだったか」
執務室へ向かう間、ともについてきたウィルシスに問えば、彼は少し騒がしくなった城内の動きを感じながら口の端を持ち上げる。
「そうですねぇ」
「その顔ではまたあの古竜であろう?」
この男が表情豊かになるのはあの古竜に関わったときのみである。まぁ、グレンに言わせると、大戦前はこの男も表情豊かだったらしいのだが、今はあの古竜が絡まぬ限りは表情はあまり動かない。
そういえば、青竜隊の隊長アルノルドも最近は表情豊かになってきていた。つい最近までウィルシスによる過酷な特訓の後遺症で無表情に近かったのに。
「最弱などと言ってもそれなりに知恵が回るようだな」
「そうだねぇ。あの子、随分と高度な教育を受けてたみたいだから」
教育を受けてた、ということは拾ってくれたという魔族の王が教えていたのだろうか?
「魔族はそれほど知識が高いと?」
「う~ん。あの子が生まれる前じゃないかな。以前情報を読み取った時に感じただけだから詳しくは聞かないとわからないけど。リアはあれでも40年以上生きてるよ。人間にしてみればおばさんだよね?」
40年! あの小さな幼竜とも呼べる生まれたての竜が40年以上生きている!?
リシュは驚き、聞いていた情報と照らし合わせる。
「いや、しかしアルノルドの話ではまだ生まれて1年もたっていない。2か月になるかならんかではないか?」
この城に来てその存在が発覚したときがまだ数日だったはずだ。どこでどう間違ったら40年という差が生まれるというのか。
「卵時代かな? それとも前世か。詳しくは聞いてないよ」
ふと引っかかるものを覚えてリシュはウィルシスを見た。
「過去を掘り起こそうとは思わんのですな。ご自分がそうだからですか?」
つい幼い頃のように彼に接すれば、ウィルシスの真紅の瞳が深みを増し、表面上人懐こい雰囲気を出していたそれが、ひどく冴えた雰囲気に変わる。
本来の彼の姿だ。
「すまぬ」
すぐに謝れば、彼の表情はいつものように和らぐが、瞳の色はすぐには戻らない。
彼はいまだに過去の自分を許せていないのだろう。いま、この時期だ、特に思い出してしまうこともあるのだろうと思う。
大戦と魔穴は多くの者にいまだ傷跡を残している。
廊下を曲がったところで、青竜隊と小さな竜が同じように廊下の角を曲がって現れた。
「さぁ! 今ですゼノ!」
なぜかいきり立つ古竜。
「マジでやるのか…。俺が悪いんじゃね~ぞ!」
青竜隊副長ゼノが古竜の背を掴み、勢いよく投げた!
古竜は勢いのままウィルシスに迫り、彼が竜を掴もうとした瞬間、体をうまく回転させ、そのまま尻尾でウィルシスの頭を見事叩いたではないか!
ばちんっ!
結構な音が廊下に響き、騎士もリシュもどうなることかとハラハラする。
「リア? いきなり何を…」
わずかに低い声が彼が怒っていることを伝えている。だが、古竜は廊下に着地すると、その指をびしっとウィルシスに向け、はっきりと告げた。
「おばさんじゃありません!」
・・・・まさか先ほどの会話が聞こえていた?
「おばさんってどこかで言ったでしょう! 私のレーダーに引っかかりましたよ!」
「れーだー?」
「ん~、勘です!」
どうやら勘だったようだ。いや、勘で人を叩くのはどうなのだ?
「濡れ衣で人を叩くのはいけないね。お仕置きかな?」
ウィルシスは今度こそその瞳の色までもを和らげると、ピッキャ、ピッキュと叫ぶ古竜を捕まえて、にっこりと笑った。
・・・笑い方はどちらかと言えば怖いが、まぁ、笑えるならば古竜が傍にいるのが良いのだろう。
リシュは彼の笑顔を見ながらひそかに祈る。
古竜よ、できるなら、その寂しい悪魔のそばにずっといてやってくれと・・・
最後の祈りの後にはこう続く
他の人間が被害を受けないためにもぜひ・・と
ウィルシス「幸せになろうね」
リーリア「いやですぅぅ~っ!」




