53話 今夜はローストビーフ~
「今夜はローストビーフ~」
適当な歌を歌いながら生い茂る草を結んでいるのはワタクシ、リーリアでございます。
魔穴事件からさらに数週間。何も起きません。つまり、暇です。
ちゃんと騎士訓練には参加してますし、お掃除、洗濯はもちろんのこと、最近では料理も時々しているのですが、お仕事というのは慣れてしまうと時間に空きができてくるものなのです。その間、やれることと言ったら本を読むとか、散歩するとか、ボーっとするとか、時間を持て余すのです。
市民の皆様に比べたら優雅な生活で殴り倒されそうですね。
貧乏暇なしの生活を送っていた頃が懐かしい。日本人は働きすぎですよ。
ちゃきちゃき手を動かし、今も作る草で敵を引っ掛ける罠。今回のターゲットはクロちゃんではありませんよ。あの人は神出鬼没で騎士団の皆様も探していますが見つからないのだそうです。
魔王なんだから城にいるでしょと思ったのですが、最近は魔穴封じで城にもいないご様子、王様の親書の返事は「主はいません」みたいなことが書かれていたそうです。
それでいいんですかね、魔王って?
あ、暗殺事件には進展がありました。あれはやはり反竜族の一派が仕掛けたもので、竜王や長老といった倒しにくいものよりも、幼児である私を倒そうという意見から襲いかかったということです。
犯人は伯爵様だったそうですが、会ったことも見たこともないので、黒竜隊の猫好きヴァンに後をお願いしました。この国の政治も法律もまだまだよくわかりませんので口は出さずにおきます。
「私はあなたが食べたいの~」
せっせと草を結び終え、適当な歌を締めくくったところで、ふわりと抱き上げられました。
「いつでも食べていいよ」
砂を吐きそうな台詞を言うのは当然ウィルシスです。この人仕事しているんですかね?
「食べたいのは牛じゃなくて、モーウに似た魔獣シウです!」
ぎゃああああっ、近づいてきましたっ、迫らないで、顔近いです、顔っ!
「外での訓練についてきて何を始めるかと思えば…。魔獣を食べるの?」
ただからかわれていただけの私はすぐに顔を離したウィルシスにほっとしてそのまま腕の上に居座ります。この場所は慣れてしまうと居心地いいのです。
今日は青竜隊が町の外で演習をしておりますので、私は彼らの見える範囲で罠を仕掛けていたのです。
町の東側の草原地帯にはちらほらと魔獣が見え隠れするのですが、その中に茶色い牛を発見しましたので罠作りに至ったというわけです。
「美味しいと思いますよ? 猪…トンガは美味しかったです」
大抵の魔獣は意思のない凶暴な獣ですので(鳥犬のフィーラは別)、獲ることができればぜひ皆さんで分けて食べようと思います。
「魔獣って食べられるのか…。で、どうやっておびき寄せるの?」
「そうですね~、あ、じゃあ私が囮になって」
「アル! 隊の皆でシウを狩ってこい!」
えぇぇぇぇ~!? いきなり青竜隊の邪魔をしましたよ、この人っっ。
アルノルドが何事かとこちらに駆けてきます。
「今度は何の特訓のつもりですか総隊長」
「食糧確保だよ」
ウィルシスがしらっと答えれば、アルノルドが目を丸くして草原を暴走するシウに目をやる。
シウは凶暴ですが、獲物として認識されていない間は何の被害もないただの暴走牛ですので近くにいてもそれほど問題がない魔獣なのです。
「魔獣を食べると?」
「らしいよ。リアが」
人をゲテ物好きみたいな目で見るのはやめてほしいですね。これでもグルメ大国日本で育ったという自覚があるのですから。
「食べられますよ。フィーラは駄目ですが、トンガとシウは食べられます!」
猪肉と牛肉ですからね。
「へぇぇ、面白そうだねぇ」
突然上空で声がしたかと思うと、空に影ができ、そこから一人の女性が飛び降りてきました。
飛龍便という町から町への割高タクシーに乗ってきたようですね。降りてきたのは波打つ金髪に青い瞳、小麦色の肌をしたナイスプロポーションの美女。今日はビキニアーマーではなくおへその見えるチューブトップにジャケット、短パン姿の冒険者レイナさんです。
「ちょっと姿が見えたから降ろしてもらったよ。報告したいこともあってね」
「東、か?」
アルノルドとウィルシスの表情が曇ったところで、レイナさんが前方を指さします。
ふと視線を前方に戻したところで、ウィルシスは体を反転。アルノルドとレイナは剣に手をかけて数歩分下がり、私達の側すれすれのところを駆け抜けたシウを避けます。
「行ったぞ~っ、て、よぉレイナ!」
いつの間にかシウ追い込み作戦を行っていたようです。ゼノが暢気に手を振ってくれています。が、こちらはびっくりしましたよ。
シウはそのまま結んだ草に足をとられて宙を飛びます。猪の時と同じですね。ただ、前方に木はないので倒しにかからないと駄目です。
後方から騎士達が駆けてきて…
「うわっ」
「なにっ?」
「ごふっ」
・・・・・・・見事に罠にかかりました。
罠、作りすぎましたかね?
その後、何とかシウを仕留めて町から台車を持ってきて運ぶことになりました。
その間、なぜか私は罠の作りすぎで叱られるという理不尽な目にあっておりましたが、ナゼ??
剣を持てない、本格的特訓にはついていけないリーリアは、外に出ると暇ですので、シウを見てから延々と罠を作っておりました。
リーリア「罠のエキスパートになれるかもです」
ウィルシス「その場合被害にあうのは青竜隊だね」
アルノルド「・・・・・」




