51話 古竜の祝福
「私、あなたの子供を産んでもいいかしら?」
ふわりと長いピンクの髪が宙に踊り、くすくすと笑う鈴のような声が響く。
古竜の里で鳩尾タックルをかました古竜は、人の姿で、無表情で、時にぼ~っとしている黒づくめの男の首に腕を回すと、その膝の上にすとんと座ってほほ笑む。
「きっと可愛い子供が生まれるわ。そしたらたくさん可愛がってね」
とてもうれしそうに笑う20歳くらいの女性、リアーナはチュッとクラウスの唇にキスをしてまた微笑む。
「名前は何にしようかしら。きっと女の子よ」
「リルファーナ、興奮しすぎだ」
クラウスはリアーナの真名を呼んで諌めたが、リアーナは笑うばかりで懲りていない。そして、また我慢できないとばかりにクラウスに抱き着き、頬にキスをする。
「ルディウス、名前は考えてね。私とあなたの子供。楽しみね」
リアーナはお返しとばかりにクラウスの真名を呼び、クラウスは眉をしかめる。
クラウスの真名は魔力の少ないものが呼ぶと危険だと何度も言ったのに、彼女は時々悪戯するのと同じように呼ぶのだ。
教えるべきではなかった…。
そんな声が聞こえた気がして、リアーナはクラウスの頬をむにぃ~っと引っ張った。
「あなたの名前は番の私のモノよ。呼ぶのも私の自由だって言ったでしょ? 呼ぶ度にその顔はやめて頂戴」
ぷぅっと頬を膨らませて訴えれば、クラウスはリアーナをなだめるようにチュッと軽く唇にキスをした。
「んふふ~。大好きよルディウス。この名を呼んだら笑ってね。愛し合ってる時もよ」
愛し合っているときに極上の笑みで笑われたら…。想像してリアーナは鼻血をふきそうなほど興奮。じたばたと暴れてクラウスに迷惑そうな顔をされた。
幸せというのは邪魔が入るもの? そんなことないわね。
世の中がきな臭くなってくると、古竜の里でも暢気なはずの古竜達が忙しなく動くようになってきた。
リアーナは古竜達の集会で、以前から古竜に発現した力をもっと効率よく使う方法を話し合っていた。
「ただ、これはたくさんの人を救うが、我々は消えることになる」
物騒な話が多いこの頃、話し合いの内容も自分達の未来がなくなるというのに、古竜達は皆ニコニコ。
「でも、たくさんの生き物が助かるなら私達の存在意義もあるわ」
弱くて脆くて足手まといな最弱の竜族。暢気に生きて愛玩竜と呼ばれ、人々に愛されるだけの自分達に初めてできることがある。
しかも、それは世界を救うかもしれない大業だ。
古竜達は、自分達が役に立てることの方が嬉しくて、ずっとにこにこにこにこ。
「あ、リアーナは参加しちゃだめだよ。子供が生まれるんだから」
幼馴染が、竜化しているリアーナのぽてっとした腹を見て告げると、皆が同意して頷く。だが、リアーナはそれに首を横に振った。
「大丈夫。この子を産むまでは死なないわ。力も抑えて参加する。あ、この子のこと、あの人にはまだ内緒よ?」
古竜達は無表情で魔力の高いリアーナの夫を思い出し、皆心の中でつぶやく。
絶対ばれてると思う…。
リアーナはお腹が大きくなってきたころからクラウスを驚かせたい一心で人型から竜に戻り、ぽてっとしたお腹を誤魔化しているのだ。
生まれるまであと少し。この子の為にも世界を残したい。
リアーナはその決意から儀式に参加した。
初めは子供と生きるためにも力を抑えていた。けれど…
ぽこっ…
「あ、生まれちゃった…」
儀式中の出来事に古竜達唖然。
「なんで!?」
「きっと私達が残す未来で生きるためね」
生まれた卵。それを見て古竜達は驚きながらも、どこか嬉しそうに古竜の歌を紡ぎだす。
「残しましょうか、この世界」
「残しましょう、未来に」
「毎日に幸せを」
「未来に希望を」
「「皆に愛を」」
光は柱となり、世界中を照らす。
リアーナは、産んだ卵が光の中で化石化していくのを見ながら、にっこりとほほ笑んだ。
「愛してるわ、必ず生まれてきてね、私のリーシェリア…」
その日、世界から古竜は姿を消した。ただ一つ、化石となった卵を残して…




