49話 モ~
結局、毛先の黒髪は元に戻りませんでした。
バケツ、じゃなくて、魔穴という名のあらゆる命を吸い取ってその命を魔獣に返還するという穴が塞がった後、髪先が黒く染まったことで大暴れして、体に残っていた酒がまわり、私は卒倒したようです。
保奈時代はそれほどお酒には弱くなかったはずなんだけどなぁ。まあ、好きでもなかったからたま~にしか飲まなかったけど。
目が覚めた深夜頃、人の姿でお風呂に入れられ、髪先が戻らなかったことを残念に思いながらグレンの部屋のベッドに入り、グレンが朝方に元の姿に戻してくれた気配は覚えているんですよ。
で、目が覚めたら何かがおかしい。
なんでこうなった?
じぃぃぃっと自分の竜のつるっとした鱗を見つめる。
白くて滑らかな竜のお肌、それはところどころ変化していて、なぜか…黒い。
そう、ところどころ黒いのです。水の染みのような黒が体のあちこちに点在していて、もしやとおそるおそる姿見の前に立ってしまいました。
「ギャアアアアアアアアアアアア!」
あまりの悲鳴に寝たばかりのグレンが飛び起き、部屋の外にいた警備兵が槍を手に部屋へ飛び込んできて、メイドと侍従達が緊張した面持ちで短剣を手に駆け込んできた。
「何事…だ?」
グレンが警戒を顕に、部屋を見回し、私に視線を当てたところでぽかんと口を開けた。
部屋に飛び込んできた警備兵、侍従、メイドの皆さんまで呆気にとられた様子である。
「う…」
私は目に涙を一杯溜めてうるうるしながら皆を見上げ、現状を吐き出しました。
「牛になってしまいましたぁぁぁぁ~っ」
私の体は牛柄に染まってました。
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「こ、これはなんと愉快な!」
「わろうては可哀想じゃっ!」
「ほぉほぉ、何の現象じゃろうのぅ」
イル、アル、オル爺ちゃんはぷぷぷと笑いを堪えながら私を眺めまわします。
私はというと、鏡に映る自分をちらちらと見ながら、牛柄の自分に落ち込みます。
「魔族がいたと言っていたな」
竜王セルヴァレートは、体調を見るために3老人に撫で繰り回される私を一瞬見た後、ふいっとそっぽを向いてグレンへと尋ねました。
肩がフルフル震えてるんですよね。笑えばいいじゃないですか。
「黄金色の瞳だったらしい」
グレンもちらりと見た後目を逸らした。
真面目な顔で真面目な話をしてるみたいですが、ちらちら見るのやめてほしいのです。そして、プルプル震えるのもやめてほしいのですけど!
と、それよりも、黄金色の目の魔族って…クロちゃんですかね? 私以外に黄金色の目はあの場所にはいなかったですし、当事者は私とクロちゃんと騎士数名と兵士でしたから。
クロちゃん、黒いエルフだと思ったら、黒い魔族だったんですね。クロフじゃなくて、クロマに改名すべきでしょうか。
「クロちゃんは私のおとーちゃんですよ。最初に拾ってくれました。ちなみにグレンさんがママです」
私の中の位置付けを告げれば、セルヴァは私を驚いたように見た後、「ぶふっ!」と吹き出しました。
なんて失礼なっ!
「す、すまん。今その姿は見せないでくれ」
「ひどいっっ!」
「竜王は女心がわからんのー」
「だから嫁がこんのじゃ~」
「子供じゃのぉ」
「ジーさんの意見は余計だ」
セルヴァは年相応に拗ねたような表情を浮かべ、マントを取り出すと私にかけた。
私はマントで身をくるんで顔だけだし、出したところで再び全員の笑いを買ったようです。
お~の~れ~
怒りに震えていると、部屋のノックがされてウィルシスとアルノルド、それに黒竜隊の隊長さんですね。短い黒髪に青い瞳の45歳、騎士団のロマンスグレー、ヴァンです。
元々昨日の魔穴について意見を聞きたいとセルヴァに申し出ていたそうで、グレンは私の変化の原因を調べるために先に来ていたのですが、騎士団の皆さんは先に王様に報告に行っていたのです。
「遅くなった。リアがモーウになったって?」
モーウって…ひょっとして牛ですかね?
私にもなんとなくこの世界の動物がわかってきました。この世界に存在する地球の生物に似た動物たちは、鳴き声で名をつけられるようです。
猫はニーコ、羊はメーラ、牛はモーウって感じですね。ブタだとなんでしょうね、ブッヒ~?
「そこにいる」
グレンが私を顎で示すと、ウィルシスはマントの中から顔だけ出す牛柄の私と目を合わせ、「うぐっ」と口を押えました。
笑いたければ笑えばいいさ…。
諦めモードの私は拗ねたまま、ふと一人、笑いを堪えている様子でもないヴァンと見つめあいます。
なんでしょう? 笑われていないのは嬉しいですが、別の何かを堪えてらっしゃる?
しばらく見つめあっていると、ヴァンは私を抱き上げ、ギュッと抱きしめました。
な、なにごと?
「なかなか可愛いな。貰っていいか?」
小動物好きでしたね…。
「リアは僕のだからダメ」
ウィルシスがすぐに私を取り上げると、私の頭を撫でます。
「お二人とも、報告が先では?」
アルノルドが脱線しそうな雰囲気を戻すと、ウィルシスは私をテーブルの上に降ろし、私の目をじっと見つめて爆弾を投下しました。
「君のお父さん、魔王だよね?」
・・・・・・・・
なんですと?!




