45話 危機
酔っ払いだというのならば、今の状態はゴミの山に突っ込んで眠る頭にネクタイ巻いたサラリーマンですかね?
バルコニーから庭に出て、途中で眠くなってきて木の根元に座り込むと、何とも優雅な音楽が響くパーティーホールの方を見てふにゃあとほほ笑みます。
あんな豪華なところにいたんですねぇ、私。よくよく考えればお金のかの字もないようなパートの暮らしの女が王様と一緒にパーティーだなんて笑っちゃう~。
「うへへへへへ~」
夜の静けさ広がる中庭に、何とも不気味な笑い声が響きます。
その笑い声を聞いてしまった人でしょうか、茂みでガサッと音を立てて一瞬身を引いたような気配がありました。
今の私はチートですからね。酔拳の達人ですから人の気配には敏感ですよ。
「誰ですかぁ? そこの人、隠れてないで出てきなさ~い」
んふぅ~と変な笑いを浮かべて茂みを指させば、ゆらりと立ち上がったのは…
黒子?
あの、舞台とかで仕掛けを作動させたり影のように付き従っていろんな効果を生み出す黒子さんです。
衣装は洋風ですが、頭に被っているのは紙袋を逆さまにしたような形の被り物ですので黒子と呼んで差支えないでしょうね。
「おぉ~、舞台やるのね。楽しみです~」
ぱちぱちぱち~
手を叩いてみていれば、黒子は鈍く青色に輝く刀身を持った短剣を取り出しました。
殺陣の演目でしょうか? いや、これはひょっとしたら黒子ではなくて変質者役の人かもしれませんね。
あぁ、眠くなってまいりました。彼の演技を見ていたいのですが…。
とろとろと落ちてくる瞼に必死に抗いつつ、カクリと舟を漕いだところで、風を切る音がしました。
バチッバチバチバチバチ!
「なっ!?」
「んあ!?」
驚いた声は黒子のモノ、その後は辺りを輝かす光と、電撃のような音に驚いて目を開けた私のものです。
目を開いた私は、目の前の光景に首をひねります。
上げた顔の目の前に迫る短剣の切っ先。それを止めるかのような薄い膜が短剣とぶつかり、火花に似た光を散らしています。
男は驚きながらも短剣を持つ手を両手に変え、短剣を止める薄い膜を押し破らんと力を籠めます。
ミシッ
私は今の今までその存在を忘れていたクロちゃんの腕輪が奇妙な音を立てたのに気が付き、ちらりとそれを見て一気に酔いが覚めました。
腕輪にひびが入ってます!
一度しか使えないと言っていた竜殺しの武器を防ぐ腕輪です。それにひびが入るということは、この目の前にいる人は黒子でも、変質者役の人でもなくて…
暗殺者
ぶわっと全身に鳥肌が立ちました。
私は命のやり取りができるほどこの世界になれたわけでも、恐怖に慣れたわけでもありません。ガチガチとなる歯の根と、鈍すぎる動きは、頭がいくら逃げろと叫んでもどうにもならないものです。
そうしている間に腕輪にはさらにひびが入り、今にも割れそうです。
治癒魔法も効きにくいという体質の私ですから、深く刺されれば致命傷です。そんな考えだけはなぜか浮かんでくるのです。
這うように逃げ出すと、その背に向けて再び大きく短剣が振り上げられました。
「やぁっ!」
ドスッ
鈍い音がしました。
ですが、私に衝撃はなかったです。
恐る恐る振り返れば、私と暗殺者の間に黒い影が立ちはだかって…
「うぃるしす?」
震える声で訪ねますが、ウィルシスの衣装は黒ではなかったです。だから、これは…
影は振り返り、そこには冴えた美貌が存在した。
「う~。う~」
「相変わらず鈍いな」
彼は、低い優しい声でそう言うと、腰が抜けて動けない私をそっと抱きしめてくれました。
私は震える手でその服をぎゅうううっと掴み、ぼろぼろと涙をこぼしてその人を呼びます
「クロちゃん…」
と。




