42話 ケイン君の不幸な一日
黒竜隊副隊長ケイン視点です
深夜に近いその時間、諜報や隠密活動を主とする黒竜隊の隊長室で、黒竜隊隊長ヴァンの眉間に一本皺が増えたのをケインは見逃さなかった。
「隊長?」
尋ねかけるケインを視線で黙るよう命じ、ヴァンが鼻で息を吐くと同時に、扉はノックもなくガチャリと開く。もちろんここにその人物がたどりつくまで、足音など一切しなかったし、気配もほとんど消されていたが、ヴァンにだけはわかったようである。
「何の用だ総隊長」
さすがは総隊長と隊長である。実力重視の騎士団の中で、最年少で頭角を現したケインにも気配を感じさせなかった総隊長と、その気配を感じ取った隊長にケインはただただ感服した。
総隊長ウィルシスは、不機嫌に青い目を細める黒髪の騎士団最年長の、渋みを増したヴァンから目を離し、執務室の中を動き回るものに目をやってやれやれと肩をすくめた。
「また増えたよね?」
部屋の中には、時々「にゃ~」と声を上げるニーコ(猫)がいる。この部屋の主、ヴァンは、見た目こそ渋くてダンディーだが、ああ見えて大のニーコ好きなのである。
おかげで黒竜隊の執務室、宿舎、職務棟は隊長が任務後に拾ってきたニーコで溢れ返っていたりする。
「エサはやっているし避妊もしているぞ」
「僕ら混血に避妊とか恐ろしいこと言わないでくれるかな?」
竜族にも避妊手術とかできるのだろうかと一瞬考えたケインは、なぜか心を読み取ったようなウィルシスに睨まれて「ひっ」と身を縮めた。
「うちの隊員をいじるな。で、何の用だ?」
「用って、今は警備計画以外に用がないでしょう。黒竜隊はまだ計画書出してないんだけど?」
ヴァンはピクリと動きを止める。次いでケインも動きを止め、おかしいな?と思い巡らせた。
黒竜隊の警備計画書は確かほかのどこの隊よりも先に書かれて提出するようにとケインが預かったはずである。その辺りは隠密行動で常に忙しい黒竜隊の隊長ヴァンのこと、抜かりはないのである。
では、預かった計画書はどこに行ったかと言えば?。
「ケイン、提出はしたのか?」
ヴァンが尋ねる間も思い出そうと受け取ったところから計画書の行方の脳内再生を行っているのだが。
どこへ行ったかと言えば…。言えば…。
「ああ! 出し忘れてました!」
あろうことか、自分の机の引き出しにしまって2週間近く忘れていたことになる。
チラリとヴァンを見れば、明らかに青筋がたっており、その体から発せられるのは恐ろしいほどの殺気である。
俺、殺されるかも…。
あたふたと机の中から計画書を取り出し、ウィルシスに手渡せば、ウィルシスはそれにざっと目を通して「ふぅん」と一言。そんな彼からもほんの少し不機嫌オーラがにじみ出ていて、ケインの背には冷や汗が吹き出ている。
「今回は僕のリーリアもお披露目されるのにこの体たらく。許せないよねぇ?」
ぞくぅっと今度は寒気が走った。
「叩き直してくれて構わないぞ」
隊長までも俺を見限った!?
ケイン自体は師事したことないが、ウィルシスと言えば現在の隊長格を叩き上げてきた恐怖の大魔王という噂である。そんな人を怒らせて、さらに隊長に見放され、叩き直された日には…骨まで残らないような気がする。
「じゃあ、今度メレンテにうちのリーリアを連れて行って嫌われてくれるかな?」
メレンテと言えば町で有名な激マズ料理の店だ。見た目は何やら華やかで普通なのに、味付けが原始的だとか、予想の斜め上をいくとか、それなのに食べられるとか、よくわからない噂の飛び交う挑戦者のための隠れ家的料理店。
そこへあの今日紹介された激可愛い純白の髪に黄金色の瞳の美少女を連れて行けと? そして嫌われろと!?
「そんな鬼畜な!」
いずれ成竜になったら美女になるだろう彼女と、一番若い幹部騎士のケイン。誰よりも近しくなることを夢見ていたのに!
そう思った瞬間、なぜかケインは意識を失って朝を迎えていた。
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気を失った理由はわからないままだが翌日、二人のお遣いに護衛としてついていき、予想外の情報により流れが変わったと思っていたのに、ウィルシスに白々しく案内を頼まれた時ケインは硬直した。
涙を浮かべながら必死にご飯を食べる愛らしいリーリアに絶対嫌われたと思って、ケインも涙ながらにまずい食事を完食したのは言うまでもない。
だが、神は存在した!
リーリアは「ごちそう様でした」と告げて、吐き気と戦う俺の頭を撫でにっこりほほ笑んだのだ。
「ケイン君も完食おめでとう」
優しい!
・・・・・・・
・・・・・・
スイマセン、調子に乗りました。
俺はその夜、謎の暗殺者に追い回され、一生分の運を使い果たして朝を迎えたのだった。
ケイン「隊長…俺死んでますか?」
ぼろ雑巾のごとく床に落ちている部下を見て、ヴァンはふっと苦笑する
ヴァン「まだ序の口だぞ」
ケイン「続きがあるんですか!?」
どうなるケイン!?
こんな感じでヴァン達も鍛えられたのかな?




